―――兎の夕鈴と出会ったのは、日差しが強い真夏の午後。 庭先で丸くなっていた彼女を拾った。 ―――夕鈴が"人間"になったのは、秋の気配が少しずつ感じられる頃。 満月の夜の翌日だった。 そしてそれから数日後、雲がないほど晴れた日のこと。 黎翔と夕鈴は後宮奥の水場に来ていた。 夏が過ぎたとはいえ、まだ9月。昼間は日差しも強く気温も高い日が続いていた。 そんな中、着慣れない妃の衣装のせいもあってか、夕鈴が暑さにバテてしまったのだ。 食欲も落ちてぐったりしている夕鈴に黎翔が慌てるのは当然のこと。 即座に休みをもぎ取ると、彼女をここに連れ出した。 「…!!」 足先で蹴り上げる度にぱしゃぱしゃと上がる水しぶき。 少しでも涼しくなるようにと高い位置で結ばれた髪がその度に尻尾のように揺れる。 来る前までは元気なく下がっていた耳も、今はピンと立っていた。 元のように元気な姿に周りも安堵し、黎翔も連れてきて良かったと表情を和らげる。 黎翔と女官達が見守る中で、夕鈴は陽を反射してキラキラと揺れる水面にはしゃいでいた。 「♪ ♪♪」 夕鈴は飽きずに水面を蹴り続ける。 できる限り捲り上げているとはいえ、裾はすっかりびしょびしょだ。 女官長辺りに後で怒られそうだが、彼女が楽しそうだから今は何も言うまい。 大事なのは彼女が元気であることだ。 「夕鈴」 「!」 黎翔が呼ぶと、彼女は振り返ってにっこり笑う。 ※ 50%縮小サイズです。原寸はクリック。 冷たい水に浸れることがよほど嬉しかったらしい。 声はまだ出ないが、「ありがとう」と言っているようだった。 可愛い可愛い 兎の夕鈴。 李順はお妃教育だ何だと言うが、できれば変わらずにいて欲しい。 彼女はただここにいて、自分の癒やしであればいい。それ以上は望まない。 「夕鈴、楽しいか?」 黎翔の問いに、彼女は眩しい笑顔でこくりと頷く。 手を差し出されたのは、こっちに来いということだろう。 くすりと笑ってその手を取った。 ―――思う存分涼を取った後に待っていたのが李順の小言だったことは……忘れることに しよう。 2014.11.3. UP --------------------------------------------------------------------- 絵本の宣伝用に急遽書いたお話でした。 夕鈴が兎耳生えてた期間は9月〜2月頃までの予定です。