夢に囚われる




「―――こんな所に…」
 ようやく見つけた花嫁の姿に黎翔は深く溜め息をつく。
 
 妃の姿が見えないと探していたら、浩大が上から教えてくれた。
 それに従い四阿に向かうと、すっかり夢に囚われた様子の妃が備え付けの長椅子に横になっ
 ていたのだ。
 

「無防備だなぁ…」
 黎翔が近づいても起きる気配も見せない彼女に苦笑いする。
 浩大が見ているから刺客なんかの心配はしていない。心配しているのは別の意味。
「―――狼に襲われるよ。」
 
 目の前には君に飢えた狼がいる。
 なのにね、そんな隙だらけじゃ何されても文句は言えないよ。
 
「ねぇ、夕鈴。」
 けれど顔を寄せ耳元で囁くも、少しむずがっただけでそれ以上の反応はない。
 これは好機と見るべきか。
 じゃあ遠慮無く…と、滑らかな白い頬を撫で、柔らかで指通りの良い髪を梳く。
 どこで目が覚めるのかと楽しみにしながら。
 
 ――――ねえ 早く目を覚まして、その大きな瞳に僕を映して。
 


 …けれど、しばらく経っても彼女が目覚める様子はなかった。
 規則正しく肩は上下し、瞳は固く閉ざされたまま。
 
 つまらない。
 真っ赤な顔で怒る彼女も可愛いのに。
 
「…まあ 仕方ないか。」
 慣れない宮中では気疲れしてしまうことも多いのだろう。
 こんな場所では風邪を引いてしまうし、柔らかな寝台の上で彼女の目覚めを待つとしよう。
 
 部屋に連れて戻ろうとそっと抱き上げる。
 「…まるで羽根のようだ。」
 彼女は相変わらず軽くて、本当にこの手の中にあるのか心配になるくらいだ。
 だから そのまま飛んでいってしまわないように腕に力を込めた。
 

「ん…」
 黎翔の方に頭を傾けた夕鈴が肩口に擦り寄る。
 ふわりと甘い香りが薫ってドキリとした。
 
「陛下、にやけ過ぎ。」
 屋根の上からからかう声が降る。この声は 絶対ニヤニヤと笑っている。
 それに視線で煩いと返し、彼女が楽なように抱き直してやった。
 
 彼女の部屋はすぐそこだが、もう少しこのままでいたい気もする。
 彼女から近づいてくれるなんて機会はほぼ無いに等しいのだ。
 

「――――き…」
「え?」
 漏れた小さな声に彼女の顔を覗き込む。
 楽しい夢でも見ているのか、彼女はふんわりと笑った。
 
「だい すき…」
 舌っ足らずな甘い声。
 瞬間ドクリと心臓が脈打つ。
 

「……誰を?」
 何を? 好奇心から耳元で囁くように尋ねる。
 
 子犬とか子猫とか花とか、そういう可愛いものなんだろうとは思う。
 "誰"と尋ねたのは、ほんの少しだけ期待を持ちたかったからだ。
 

「… あ、―――……」
 言いかけて口を開いたものの、答える前に彼女は再び夢の中。
 
「え、ちょっ "あ"って何!? 誰!?」
 中途半端に答えを聞かされた黎翔は、その衝撃に目眩がしていた。
 夢を相手に何をと思うが、"あ"で始まる何かに全く覚えが無くて焦る。
 
「とりあえず、陛下には付かないね。」
 屋根の上からまた的確なツッコミが入った。
 
「!! ゆーりん!?」
 

 けれど、爆弾を投下したまま深い眠りに落ちた兎は目覚めない。
 



2012.7.11. UP



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七夕ネタが書き上がらなくて、代わりに突然降ってきたネタをUP。
夕鈴は「貴方です」って言いたかったんだと思いますよ 陛下。



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