誤解




 ―――その日、夕鈴は彼の秘密を知ってしまった。
 
 それから、彼のことが頭から離れないでいる。
 







「どうしよう…」
 四阿に夕鈴がいると聞いて黎翔は早速やって来たのだが、彼女は1人で何やら思い悩んで
 いるようだった。
 侍女達も遠ざけて、一体何に心奪われているのか。
 
「私は、どうしたら良いのかしら…」
 呟く夕鈴はまだ黎翔の存在には気づいていない。
 

「夕鈴」
 こちらに背を向けている彼女を呼んでみた。
「夕鈴?」
 しかし、彼女は気づいていないようで何度呼んでも返事がない。
 ぼんやり景色を眺めたままだ。
 
「―――どうした?」
「私、どうしたら良いんでしょう…」
 問いかけるとようやく応えが返ってきた。
 視線は外に向けたままだが、返ってきたことにひとまず安堵する。
 
「…私以上に心奪われるものがあるとは。些か妬けるな。」
 隣に座り、腰を引き寄せ、甘い声で再度問う。
 普段ならここで赤くなったりするところだが、今日は特に反応がなかった。
 それに拍子抜けしながらも、彼女の横顔を見つめる。
「君の心をそれほど占めるものとは何だ?」
「……李順さんです。」
「―――え?」
 思わず小犬になってしまった。
 彼女はそれにも気づいた様子なく、ふぅと憂いの息を吐く。
「知らなければ何も気にせずにいられたのに… 知ってしまった今、どうすれば良いのか分
 からなくなってしまって…」
「……へぇ?」
 冷たい冷たい、池の氷も凍らせるほどの低い声が黎翔の口から漏れた。
 
 …李順、ねぇ。
 それは予想外だったな。
 
「どうしたら、李順さんとの仲は認められるのでしょう…」
 
 しかも、話は思った以上に進んでいたらしい。
 よく今まで、私に気づかせないでいられたものだ。
 
「…残念ながら、認められない。」
 
 私が認めない。
 君が、私以外の誰かを選ぶなんて。
 
「…そう、ですか。」
 彼女は落胆した顔をして、また深い溜息をついた。
 

「では、私はどうすれば良いのでしょう…」
「―――君は何もしなくて良い。」
 滑らかな頬に手を添えてこちらを向かせる。
 
 澄んだ榛色に映るのは自分。
 李順ではない。
 
「へいか…?」
 ようやく目が合った彼女がぱちぱちと目を瞬かせた。
「え? あれ?? いつの間に ここに…」
「君はただ黙って私の傍にいれば良い。」
 
 逃がさない。私の花。
 夕鈴は私だけの愛しい花だ。
 

「で、ですが、私は李順さんに」
 
「夕鈴殿!!」
 珍しく息を切らせた李順が四阿に駆け込んできた。
 チッと舌打ちしてそちらを睨み付ける。…もちろんそれでたじろぐような相手ではないが。
 
「夕鈴殿ッ やはり誤解していましたね!?」
「え? ええ? でも、確かにあの時 抱き合って…」
「抱き…?」
 夕鈴の言葉にぴしりと空気が割れる音がする。
 
 2人が抱き合っていただと?
 想像しかけて、そのあまりの不快さに切り捨てた。
 
(…本当にどうしてくれようか。)
 深い闇が心を浸食していく。
 夕鈴はまず後宮の奥深くに閉じ込めて、それから李順を―――
 
「違います! あれは躓いた女官を受け止めただけですよ!!」
 
(ん?)
 今、女官とかいう名が聞こえたような気がした。
 
「え、でも、女官さんの方は顔が真っ赤でしたし…」
「あんなことになれば誰でも恥ずかしいでしょう!」
 戸惑う夕鈴に対して、李順は青筋を立てながら反論を繰り広げる。
「とにかく誤解です!私と彼女の間には何もありません!!」
 

 …つまり、女官が躓いて李順がそれを抱きとめた場面を夕鈴が見たらしい。
 そしてそれを、男女の逢瀬だと誤解した。
 さらに2人の仲を応援しようと、思い悩んでいたようだ。
 上の空になるほど、黎翔の存在にも気づかないほど一生懸命に。
 
 ―――あまりの夕鈴らしさに思わず吹き出した。
 


「―――李順。」
「何ですか。」
 にやりと笑う黎翔を李順が胡乱げに見てくる。
 あまり良いことは言われないだろうと、もの凄く嫌そうな顔だ。
 まあ、確かに間違ってはいないが。
 
「私は応援するが?」
「面白がらないで下さい!!」
 
 普段は静かなはずの四阿に李順の怒声が響き渡った。
 
 


2013.4.28. UP



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うーんとですね、李順さんに妬く陛下が書きたかっただけです。
そしたら何か黒認定いただきました(笑)
陛下の応援が怖いとのことです。確かに怖そうww



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