幼馴染




「……誰だ、コイツに酒飲ませたのは。」
 苛立ちも露わに几鍔は周囲を睨む。


 ―――今宵の宴会の主旨は、先日結婚した友人達を祝うためのもの。
 几鍔やその子分達、明玉その他の女友達も含め、下町の若い連中のほとんどが参加してい
 る。
 そして夕鈴もこの日のために帰省して駆けつけていた。


「んー… ふふ」
 その夕鈴は今、人の膝の上に頭をすりつけて幸せそうに夢を見ている。
 コイツ相手に何を思うわけでもないが、―――周りの視線が、かなり煩い。


「あらら、寝ちゃいましたか。そんなに強くなかったはずなんですけど。」
 明玉が杯片手に笑いながらやって来た。
 お前か…と睨みつけるも相手はどこ吹く風だ。
「…早くどうにかしろ。」
「はいはい。」
 低い声にも全く動じずにからかう視線を向けた後、明玉は夕鈴の肩を少し強めに揺する。

「ゆうりーん? 起きなさーい。」
「んー… ぅー……」
 起きたかと思った。
 ようやく開放されると安堵したのも束の間。
「え、ちょっと、目ぇくらい開けなさい。」

 ―――ところが、反応はすぐまた消えた。

「夕鈴。こんなところで寝ないの、風邪引くわよ〜」
「――――ぅ ん……」
 それから明玉が何度呼んでも頬を軽く叩いてみても、生返事が返るのみ。
 すっかり夢の住人になってしまった幼馴染は目すら開けない。

「…こりゃダメだわ。」
 しばらく粘った明玉もついには降参と手をあげた。


「仕方ねーな…」
 軽く舌打ちしてからひょいと夕鈴を抱き上げる。
 目を丸くしている明玉に「送ってくる」と告げて背を向けた。
 宴会はもう終わり頃だ。先に帰っても問題ないだろう。

「送り狼にならないでくださいね〜」
 明玉が面白がってそんな言葉をかけてくる。
「コイツ相手になるかよ。」
 振り向きそう答えてから宴会場になっていた酒場を出た。










「ったく、何で俺がこんなこと…」
 宴会場から汀家まではそれほど遠くないが、それでもしばらくは歩く。
 元来酒には強い方だが酔いもすっかり醒めてしまった。せっかくの美味い酒だったのに宴
 会の余韻もあったもんじゃない。

 腕の中の幼馴染は憎らしいほど幸せそうに眠っている。
 しかしその顔は年より幼く見えて、昔を思い起こさせた。

「…寝てれば大人しいんだがな。」
 変わらない寝顔を覗き込みながら苦笑う。
 今では顔を合わせる度に睨まれて目の敵にしてくるが、昔はそれほどでもなかった。
 こんな風になったのはいつからだったか。
「まあ、どうでも良いことか。」
 几鍔の中ではいつまでだって変わらない、危なっかしい幼馴染だ。


「……ん、」
 不意に少し身動ぎした夕鈴が肩に擦り寄る。
 流れた髪が白い首筋に落ち、細い指先が几鍔の服をきゅっと掴んで、、
「――――…っ」
 ふるりと伏せた長い睫が震え、ふっくらした唇からは甘い吐息が漏れた。

 ―――それは、見たことがない貌。
 不覚にも几鍔さえ一瞬言葉を失った。


「…いっちょまえに色気出しやがって。」
 いつの間にか足も止まっていた。
 それに気付いて少し戸惑ったが、すぐにまた歩き出す。


 昔と違うところに気付いていないわけじゃない。
 驚くほどに軽くて華奢な身体もそれらが描く線も、間違いなく年相応の一人の"女"だ。
 そんなことは知っているし気付いている。

 放っておかない奴が現れるのも当然だ。―――あの男のように。
 ついでにあの胡散臭い笑みを思い出して 苛立ち紛れに舌打った。


 …いずれコイツは捨てられる。相手は貴族だ。

 それでも、あの男のそばを選んだ。
 泣くのも傷付くのも覚悟で。

 小さかった幼馴染は、いつの間に女になったんだか。


「…せいぜい泣いて帰ってこい。馬鹿女。」

 それでも帰る場所はここにある。
 だから、後悔しない選択をすればいい。







*







「―――どうして君が夕鈴を連れてくるのかな?」
 しかもお姫様抱っこで。
 後ろに黒いオーラを背負った男が笑顔で睨んでくる。

「そっちこそ、何でこんな時間にコイツんちにいるんだよ。」
 仕事じゃなかったのかよと睨み返してやった。

 冷気漂う2人の間で、青慎が青い顔でオロオロしている。
 そんな中でも腕の中の夕鈴はまだ目覚めない。


「後は僕が連れてくから、君は帰って良いよ。」
 だから渡せと手を伸ばしてくる。
「気にすんな。これくらい慣れてる。」
 それを無視する形でどけと顎で指し示した。

「へぇ…?」
 ピシリと空気が割れる音。
 すっと目を細めたヤツの表情から笑顔が消えた。

「几鍔さんっ 李翔さんっ 落ち着いて…!」


 汀家の玄関先でそんな一悶着あったことを、夢の中の夕鈴だけが知らない。

 
 


2013.8.31. UP



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几夕ではないです。アニキの中で夕鈴はあくまで妹的な感じ。
最後に李翔さんがでたのは謎ですがwww

小説の書き方を完全に忘れていたのでリハビリしてました。
どうやらアニキが書きたかったようです。
某コミュのこともありますしね。早く書かなきゃ…!



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