失うモノ⇔得るモノ




お気に入りのピンクのワンピース。レースのリボン。
ウェーブのかかった金色の髪を風になびかせて、彼女は上機嫌で街の中を歩いていた。
あまり目立つ容姿でもないので気にとめる者もいない。


「こんな空気は久しぶり♪」
1つ1つショーウィンドウを覗き込んでいる彼女は本当に楽しそうだ。
前はこうやって よく休日には友達と来てたっけ。
「ずっとここに居たいなぁ・・・」
呟いて、すぐ静かに首を振った。
触れたウィンドウには自分の姿が映っていて、後ろにはたくさんの人が行き交う。
「そんな事言ってちゃダメよ。私は今、女王なんだから・・・」

まだ信じられないけれど。
少し前まで私は女王候補として、もう1人の女王候補のロザリアと女王試験を受けていた。
ケンカしながら2人で競って、そして――― 選ばれたのは私だった。
だけどロザリアは私におめでとうを言ってくれて、私のために補佐官になってくれた。
今だってドジな私を支えてくれてる。
頼りになって完璧に何でもこなせて、私が女王になったのが不思議なくらい。

「―――って その彼女に黙って抜け出してきたのは私なんだけど・・・・・・」
かんかんに怒って私のことを探してるだろうなぁ・・・
帰った後の覚悟は決めておかなくちゃいけないかも。
ホントはそうしてまで聖地を抜け出す必要はなかったんだけれど。
「だって女王になって1ヶ月だもの・・・」

そう、1ヶ月。
ロザリアや守護聖たちの助けもあって仕事にもだんだん慣れてきたわ。
失敗だってしなくなって余裕も出てきた。
今の宇宙は安定もしていて平和だし 特に事件と呼べるものも無いし。
「だって退屈だったんだもんっ!」
ここにロザリアがいたら絶対「アンジェリーク!」と叫ばれて怒られるであろうセリフを力を込めて言った。
「たまには外に出ないとつまんないじゃない。」
私は女王だけど女の子だもの。
おしゃれもしたい、もっといろんな事して遊びたい。
私だって普通の女の子と何にも変わらない。
「早く帰れば済むことだし ちょっとくらいはいいよね♪」
あくまで楽観的に言ってアンジェリークはまた歩き始めた。


別に何か買いたい物があるわけでもないけれど。こうして歩いているだけでもとても楽しい気分になる。
まるで女王試験を受ける前に戻ったみたいだ。普通の女子高生だった頃の自分が呼び戻されたような気がした。
むしろ女王であることの方が夢のように感じてくる。
「そうだ・・・!」
ふとスモルニィに行きたくなった。
私たちの母校、久しぶりに行ってみよう。

「でも・・・ 道がよくわからないわ。」
今居るところは初めてでよくわからない。
とりあえず近くの人に道を尋ねてみた。
「ああ、それならそこの角を曲がって真っ直ぐ行った先にあるよ。」
親切そうな男性はそう言って右の方を指し示す。
「ありがとうございます♪」
笑顔でお礼を言ってそちらの方に駆け出した。



見覚えのあるレンガ造りの高い塀が見える。
間違いない、スモルニィ女学院の校門近くの塀だ。もう少し行けば校舎も見えてくるはず。
はやる気持ちを抑えきれず歩調は自然に早くなる。
どうやらもう放課後らしく、校門から大勢の生徒が出てきた。

「――――!?」
それを見た瞬間、愕然としてアンジェリークはその場に立ち尽くす。
「どう、して―――・・・?」
彼女達が着ている制服は自分が候補時代に着ていた物とはデザインが全く変わっていた。
急に現実に引き戻された気分で彼女は動けなくなる。
ここで間違っているわけではないのにどうして・・・
「っ!!」
どうして今まで気が付かなかったんだろう。
今まで歩いてきた街も学校帰りに寄っていた所じゃない。いつも通っていた道だった。
あまりに変わり過ぎてわからなかっただけ。
そう すぐ近くにあるというところで気づくべきだったのに。
「時間の流れが違うんだっけ・・・」
そんな当たり前の事さえ忘れてしまっていた。
いつも見ていたじゃない。
なのにこうして自分の目の前に突きつけられないと気づかないなんて。
「成長してないね 私って・・・ またロザリアに怒られちゃうわ・・・」
楽しそうに笑って話している生徒達を1度寂しげに見つめてから彼女はその場から離れた。



「そろそろ帰らなくちゃ・・・」
でも 帰りたくない・・・
ぼーっとしながらふらふらと街の中を歩く。
ロザリアに叱られるとかそういう理由じゃなくて、突然現実を突きつけられて意欲だとかそういうのが無くなってしまったのだ。
前に1度覚悟したはずなのに・・・ こうなると知っていてこの道を選んだはずだけど・・・
「私って弱い・・・」


「!!?」
自分の横を通り過ぎた人物に彼はギョッとなった。
見間違いじゃないようだ。
「アン・・・じゃなかった女王が何でココに居るんだ!?」
彼女と同じく聖地を抜け出して来ていたゼフェルは、驚いて買おうとしていた品物を落としそうになってしまった。
「・・・なぁ コレ買うぜ。」
店の親父に金を急いで渡して買ったそれをポケットにしまい込む。
そしてふらふらと今にも何処かにぶつかりそうで放っておけない彼女の後を追いかけた。


「ったく 何やってんだアイツは!」
とりあえず追いつかなくては話にならない。彼女の姿は今にも人ごみに消えてしまいそうだ。
けれど呼び止めようとして一瞬迷った。
今の彼女の立場からすると女王とか陛下とか呼ばなきゃいけないんだろうけど。
今ココでその名を呼ぶのはいくらなんでもヤバイだろう。
その上 自分自身そんな名前で呼んだことも無いし呼びたくもない。

チッ・・・







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