それは 金色の髪とエメラルドの瞳を持つ少女が女王になった少し後の事。
 聖地の日の曜日は今日もゆったりとした時間の中で過ぎ去っていた。
 穏やかな雲の流れ、優しげな光で創られる柔らかな影、何処からともなく聞こえてくる小鳥の歌声。
 全ては女王陛下の恩恵がもたらすもの。
 新しい女王は今、輝かんばかりの力に満ち溢れていた。





 Calm Sunday

日の曜日に限った事ではないけれど 庭園は聖地に住む人々の憩いの場。 老若男女問わず誰もが集まる場所がここであり、常に人が絶えない。 そこでは子ども達がはしゃぐ声も含めて、全ての音が上手く混ざり合って 庭園という場に溶け込んでいた。 ――――けれど今日は、不自然・・・とは言わないけれど 少しいつもとは違う部分があった。 ・・・それは 今日が初めてというわけでもなかったけれど。 ―――ねぇ・・・ ―――あら。 若い女性達がしきりに気にする場所がある。 誰かは小声で囁き合いながら、誰かは喜び黄色い声を上げながら。 それらの視線の先には 燃えるような赤い髪の男性がいた。そのアイスブルーの瞳は 今は閉じられている。 今日はもちろん正装ではなく、気を張らないラフな服装だ。けれど誰もが彼だと気づく。 壁に背を持たせかけて、1人佇む姿はまるでそこだけが別世界のよう。女性達は皆それに見惚れているのだった。 彼はどこか深く考え込んでいるようにも見えたが、彼女達に気がつくと 忘れずにこやかな笑みで手を振る。 その度に彼女達は顔を赤らめ、また黄色い声を上げながら去っていくのである。 「―――モテモテですね オスカー様。」 「・・・!?」 真横で聞き覚えのある声がして振り向いた途端、彼はギョッとして固まった。 そして姿を確認すると彼の血の気が失せていく。 普通ならつられて返してしまいそうな、そんな笑顔の持ち主。 見間違えるはずも無い。 「陛・・・・・・!!」 言葉は皆まで言う前に 口を背伸びした彼女の手で塞がれた。 そして笑顔でプレッシャーをかけられる。 「心配なさらなくても大丈夫ですよ。聖地の人々はほとんど私の顔を知りませんから。」 悪びれた様子もなくそう言って彼女は笑う。 「そういう問題では・・・っ!」 「ふふっvv」 慌て、当惑するオスカーとは対照的に彼女はとても楽しそうだ。 「せっかくの休日ですから 私だって散歩くらいはしてみたかったんですv」 笑顔の彼女を前にして、オスカーは顔に手を当てたまま深い溜息をついた。 どうしてこう この人は後先を考えずに行動するのか・・・ その度にこちらの気が休まらない。 それでなくても、候補時代からこの方に振り回され続けたというのに。 「―――とりあえずこちらへ来て下さい。」 「え?」 耳元で囁いたかと思うと、彼女の意見は無視して手を引いて「外」へと向かいだす。 「ちょ・・・ "こちら"って何処・・・・・・」 けれど、為すがままに 2人は庭園を出て行った。 「・・・何処に向かってるんですか?」 先程とは対照的なほど人気の無い森の中、そこに2人の姿はあった。 小路には茂る木々が影を落とし、けれど思ったよりは明るい。 「・・・・・・」 歩調は合わせてくれているものの、もうずっと、庭園を出てから全く口を利かないまま歩き続けている。 1度も振り返らない背中は何も語ってはくれなかった。 「・・・オスカー様・・・っ」 「――――・・・」 その呼びかけに応えたのか何なのか、彼の足がそこでピタリと止まった。 強く握られていた手が同時に離される。 「ここなら誰も居ないな・・・」 「・・・?」 辺りを1度確認してから彼は振り向いた。 その表情は複雑で、最も近いというなら焦りだろうか。 「陛下・・・ 補佐官殿はどうなさったんですか!?」 「・・・はい?」 「こんな事をしてバレないはずがないでしょう!」 彼女が外出の許可を出したとは思えない。抜け出して来たのならきっと今頃探しているはずだ。 けれどそれに対して 彼女は可笑しそうに笑った。 「オスカーったら。ロザリアはジュリアスと一緒に昨日から聖地の外に出張してるじゃない。」 「!」 それを聞いた途端にオスカーの顔が強張る。 忘れていたから ではなく、「まさか」に思い当たったからだ。 「だから、抜け出したのですか・・・?」 「うふふv」 実に楽しそうで少し悪戯っぽい笑みだ。 「もしバレたらどうなさるおつもりなんですか・・・」 「あら大丈夫よ。オスカーさえ黙っててくれれば良いものv」 はあぁ・・・ 思わず地の底を這うような重い溜息が出てしまった。 でも、やはりこの俺も この笑顔には敵わないんだ。 女王になろうとも変わらない、この幸せそうな笑顔にだけは。 「―――レディの頼みなら断れません。」 苦笑いだったけれど、それは優しい、優しい笑み。 それに彼女の笑顔が華やいだかと思うと、勢いをつけて彼の腕に飛びついた。 「ありがとう オスカーv」 錯覚を起こしそうだった。 あまりに変わらない彼女の仕種に。愛しい笑顔と、愛しい声音に。 飛空都市に居た頃に、彼女が女王候補に戻ったような錯覚を・・・ 「ついでにデートしましょう♪」 「へ、陛下!?」 驚いた表情をオスカーが見せると、彼女の瞳に寂しげなものが過ぎった。 すぐ視線を逸らされてしまったので ほんの一瞬ではあったけれど。 「・・・飛空都市に居た頃は こうやってよくデートしたわね。」 遠くを見るようにして彼女は言う。 「公園も森の湖も・・・ 何処でも行ったわね。」 どきりとした。 さっき 自分が考えていた事を悟られたのかと。 「もう 忘れてしまった?」 「まさか・・・!」 即座に彼は応えを返す。 忘れるはずがない。いや、忘れられるはずがない。 この俺が初めて、全ての女性を対等に守るという信念の中で、1番に守るべきだと考えるようになった、 その女性との思い出。 すぐに切り替えができるほど、俺は冷めた男じゃない。 「―――でも 忘れたいとは何度も思いましたよ。」 刺があるわけでも、責めているわけでもないけれど、彼の言葉は彼女にぐさりとくる。 「・・・ゴメン・・・・・・」 惹かれ合っていても 叶わない事もある。 当時の彼女は女王候補であり、次代の女王となる為に選ばれた天使だったのだから。 「・・・ゴメンね。でも、陛下の、そして皆の期待は裏切れなかったの。」 「・・・・・・」 心の何処かでは知っていたさ。 誰よりも彼女が女王に相応しいという事、宇宙にも愛される魅力がある事。 この俺が愛した女性なのだから。 そしてそれは他の守護聖にも・・・ 誰もが彼女に惹かれていた事にも気づいていた。 お子様達と楽しそうに遊んでいる姿を見た事もある。 ジュリアス様が俺の前で彼女を褒めた時も、平気な素振りを見せても内心では心が休まらなかった。 そんな自分に驚いたりもした。だが、溺れる自分が嫌ではなかったのも事実だ。







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