―――・・・声が聞こえる。

・・・お願いだ、その声で俺の名前を呼ばないでくれ。
思い知らされる。目が覚めた時あいつがもうここにはいないことを。

夢の中でくらい会いたいなんて言うもんじゃない。
夢から覚めた時の虚しさは俺を苦しくするだけだから。

その声で俺を呼ぶな・・・こっちを見て笑うなよ・・・・・・


Vision

「―――・・・」 コクリと頭が下を向く。 そこで慌てて目を覚ましてもまた目が自然に閉じてしまう。 「随分眠そうですね、武王。」 「!・・・あ、なんだ邑姜か・・・・・・」 肩の力を抜いてイスに体重をかける。 「なんだではありません。今日中にしなければならない仕事は山のようにあるんですよ?」 そう言ってどさどさっと机の上に書簡をおろした。 「・・・最近眠ってらっしゃらないようですが。」 「―――ちょっと夢見が悪くてな。」 姫発が小さく苦笑いして言う。 しかし彼の場合は眠れないのではなくて眠らないのだ。 眠れば夢を見てしまう。そしてその夢には必ず彼が現れる。 それが耐えられなかった。 「だからといって今のように執務に影響されては困ります。少し仮眠でもなさったらいかがです?」 「・・・そうだな。」 今なら夢も見ずぐっすり眠れるだろうか。 立ち上がるとあまりしっかりしてはいない足取りで執務室を後にした。 ゆっくり目を開けるとなんだか部屋がほんのり赤い。 よほど熟睡したのか夢は見なかった。 (・・・もう夕方か――・・・・・・) ベッドの上で寝転がるように寝ていたからすぐに起き上がれることは起き上がれるが、体が動かない。少々寝すぎたようだ。 「―――って夕方!?」 慌ててがばっと起き上がる。 仮眠のはずがすっかり寝過ごした。 「やべっ! 今日中に終わらせる仕事があるって邑姜が言ってたのに!」 「おや、小兄様。もういいのですか?」 ばたばたして来たのに意外に旦は全く怒ってなくて拍子抜けした。 「・・・あれ?」 「邑姜どのが『武王は疲れているご様子なので休ませてあげて下さい。』と言われたのです。 その上絶対小兄様がしなくてはならないもの以外は全部彼女がなさったのですよ。」 旦は心底感心している。 「・・・そっか。だったら礼言わねーとなぁ。・・・でその邑姜は?」 「小用でお出かけです。」 「―――後ででいいか。今から仕事でもすっか。」 彼の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったので、旦は珍しく驚いた表情を見せた。 「・・・なんだよ。俺だってたまには真面目にする事だってあるんだよ。」 彼の顔から彼が言いたい事を読み取って姫発がスネたように言った。 「あー・・・やっと終わったーっ。」 思いきり腕を伸ばし、後ろに背伸びして姫発は一息つく。 仕事が終わりそうになかったので自分の部屋に持ち込んでやっていた。 「・・・今何時くらいだ・・・・・・?」 窓の外は真っ暗な空。星だけが明るく輝いている。 夜もかなり更けているようだ。人の気配は全くない。 「まだ朝にはなんねぇか・・・・・」 このまま朝になってくれれば楽だった。夢を見ずに済むから。 昼間寝ていたおかげで眠くもならない。 「散歩にでもいくか・・・・・・」 夜の廊下は涼しいというより少し冷えていた。 空には煌々と青白い月が輝いていて周りに影を落としている。 手すりに手を置いてその月を見上げ、ふと昔を思い出す。 ―――あいつがいた頃。 あれが恋かなんて知らない。今となっては自分にとってあいつがどんな存在だったかさえ解らない。 けれどあいつがいなくなってから心の奥に穴が開いたような闇が在る。 何を見ても楽しくない、美しいと感じない。 まるで心がその闇に飲み込まれてしまったように。 「・・・もう 会えないんだよな・・・・・・」 きっと死んでも・・・・・・ 「俺っちはここにいるさ。」 「っ!?」 姫発の隣、手すりの上に座って天化がこちらに笑いかけていた。 体全体が月の光に透けていて、その体が実在していないことはすぐ解る。 「―――・・・夢?」 そうだ。きっといつの間にか眠ってしまったんだ。 そしてまた朝起きた時のあの虚しさを味わわなくてはいけないのか。 「・・・出てくんなよ・・・・・・そんなに俺を苦しめたいのかよ!?」 天化が少し驚いた顔をした。 わかってる、これはただの八つ当たり。夢を見ているのは自分自身だ。 謝ろうと口を開くより先に天化が笑った。 「・・・夢じゃないさ、王サマ。俺っちはずっとここにいたさ。王サマが気づかなかっただけで。」 ―――・・・ずっと? 「王サマが忘れない限り俺っちは王サマの隣にいるさ。」 そばにいた―――・・・? 「・・・随分と都合のいい夢だな・・・・・・」 自嘲気味に笑う。 俺はそんなに会いたいのか、あいつに。 「―――夢じゃないさ。目を覚ましても隣にいる。嘘じゃないさ。」 そう言って彼を抱きしめるような格好をする。 触れる感触はなかった。 けれどその時もう何もかもがどうでもよくなった気がした。 天化は嘘じゃないと言っている。 だったら本当なんだとなぜか納得してしまっていつのまにか何も考えられなくなっていた。 「おはようございます。」 いつもの事務的な口調で邑姜が挨拶をして執務室に入ってくる。 「邑姜。」 笑顔で姫発が挨拶を返したが、それを見た彼女は何かとてつもない違和感を感じてその場に立ち尽くした。 「・・・・・・?」 確かに彼はこちらに笑いかけて言った。 けれど瞳は自分を見ていない。どこか遠くを見ているようで光のない、虚ろな瞳。 一体何を見ているのだろうか。 「・・・どうかしたか?」 「・・・いえ・・・・・・」 けれどそれだけでは終わらなかった。 そばにいる。 今は姿が見えなくてもそこにいるのをちゃんと感じる。 あれは夢じゃなかった。 ・・・確かに天化はそこにいる・・・・・・俺のそばに―――・・・







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