「さよなら 望ちゃん!!」
 それは止める間もない一瞬の出来事。
 悔やんでも悔やみきれない本当に瞬きの間―――・・・


夢語り



「・・・・・・」
 楊ゼンは何も言わずに自分の隣で黙々と仕事をこなす太公望を見ていた。
 彼の目の下にうっすら見えるのはクマだろう。

 師叔・・・

 仙界大戦が終わって周に戻って来てからというもの、太公望はほとんどと言っていいほど休んでいない。
 不在だった分の処理のせいでもあるが、何より彼自身が休むことを拒んでいるようだった。
「・・・太公望師叔。」
「何だ?」
 筆の手も休めず竹簡を見たままで聞き返す。
「・・・少し、休んだらいかがです? 顔色もあまり良くないですよ。」
 太公望が顔をあげて2人の目が合うと、彼は少し困ったように苦笑いした。
「今休むわけにはいかぬよ。それに・・・今はゆっくり物事を考えたくない。」

 ―――ああ、そうか。
 そこで楊ゼンは全てを理解した。
 忙しくしていれば他の事は考えなくていい。悲しい事も辛い事も。
(・・・そうだった、師叔は仲間と親友を失ったばかりだった・・・・・・)
 しかも彼はそれを自分のせいだと責めている。
 でもその気持ちは自分と同じ。
 自分自身も師匠をこの戦いで失った。自分を助けるために師匠は命を落とした。
 それでも立ち直れたのは師叔がいたから。
(けれど僕は普賢師弟の代わりには、師叔の支えにはなれないようだ・・・)

「・・・でもこのままではたとえ道士でも倒れます。」
 このままでは見ている方も辛い。
 けれどそれでも太公望は平気そうに笑う。
「心配してくれるのは嬉しいが、このくらいではまだ倒れたりせぬよ。」
 そう言ってとうとう聞き入れはしなかった。


 目の下にクマができても、どんなに疲れていても、太公望は絶対に止めなかった。
 楊ゼンができる限り手伝っていても彼は次々仕事をもって来る。
 楊ゼンとしては少しでも休んでほしいから手伝っているのにこれでは全く意味がない。
 さすがに楊ゼンも困り果ててしまった。



「武王!」
 別の部屋で仕事をしていた彼のもとに切羽詰った様子で楊ゼンが入って来た。
何事かと思って姫発が顔をあげると楊?が肩をがしっと掴む。
「?? 楊ゼン?」
「武王、師叔を止めてください!」
 明らかに彼は焦っていた。
 しかし姫発は少し考えてから彼の瞳をじっと見て聞いた。
「・・・いいのか?」
 それは静かな声で、ただ一言の疑問。
 楊ゼンには彼が何を言いたいのか理解できなかった。

「いいのか」だって? 
 どうしてためらう必要がある?
 これ以上無理を続けさせるわけにはいかないことくらい彼にも解っているはず。
 今師叔を止められるのは彼だけなのに。

「―――言っている意味が僕にはわかりません。」
「・・・俺が止めていいのかよ。確かにアイツは周の軍師、オレ王がいえば止められるかもしれない。だけど・・・・・・」
 瞳はそらさない。さっきより強い瞳をして覗き込む。
「だけど俺ができるのはそれだけだ。それでもいいんだな?」
「!」
「・・・ダメだろ? 俺は詳しい話はわからねーけど、今アイツに必要なのはもっと別のモノだと思うぜ。」
 だから言わねーよと言って肩に置かれた手から離れた。

 ―――もっと別のモノ。それはどういう意味だろう。
 そして付け加えに彼は、それは「お前にしかできないモノ」だと言った。
 僕が師叔にしてあげられる事? 何かあるだろうか。



 ―――君が太公望? 僕は普賢、ねぇ 友達になろうよ。

「――――・・・・・・」
 ゆっくりと目を開ける。
 ずいぶんと昔の夢だった。初めて会った時の、懐かしい想い出。
「・・・いかん、うたた寝をしてしまった・・・・・・」
 座ったままで眠れるとはやはり寝不足は無理があったか。
 しかし楊ゼンにああ言ってしまった手前、ここは意地でも休むわけにはいかない。
 気を引き締めるために首を強く振って目を完全に覚めさせる。
「・・・うーむ・・・・・・進軍のルートは―――・・・」
 再び机に向かい仕事を再開する。
 今は考えたくない。普賢の事も他の十二仙の事も。

 普賢・・・何故おぬしはわしを置いていった。

 ―――友達は1人で死んだらダメなんだよ。だから望ちゃん、死なないでね。

 封神計画を実行するために人間界に行く時、そう言ったのはおぬしではないか。
 おぬしの方が約束を破ってどうする。
 普賢、おぬしにとってわしは・・・・・・


「いかん・・・・・・」
 椅子の背もたれに体重を寄せて深いため息をつく。
 思いとは裏腹に考えてしまう友の事。
 忘れようと必死で仕事に没頭しても頭の片隅では考えている。それはいつしか大きくなって思考のほとんどを埋め尽くす。
「―――どうしたものかのう・・・」
 
 カタン

「師叔?」
「楊ゼン。ちょうど良い所へ来た。」
 書簡の1つを持って入り口に立つ彼のところまで行く。
「ここの事なのだが・・・・・・―――!?」
 楊ゼンまでもう少しのところでめまいがして足がよろけた。
「師叔!?」
 慌てて駆け寄った楊?が腕で支えて受け止める。
「大丈夫ですか?」
「ああ・・・少しよろけた・・・だ―――・・・」
 
 ズルッ
 
 力の抜けた太公望の体が腕から滑り落ち、驚いた楊ゼンがそれを両腕で受け止めなおした。
「師叔? 太公望師叔!!」

 声が遠い。楊ゼンの呼びかけがだんだん遠ざかっていく。
 少し無理をし過ぎたか・・・・・・
 楊ゼンの言うとおり少しは休むべきだったのかもしれぬな―――・・・

 そこで意識は途絶えた。






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