空色のお菓子




――― 喜んでくれるかな♪

籠いっぱいに入れたお手製のお菓子を持って彼は上機嫌で廊下を歩いている。
空色の髪に大きな青紫の瞳、華奢ではあるが彼――― 普賢真人は十二仙の1人。
もちろんその地位は単なるお飾りというわけはなくそれ相応の実力の持ち主だ。
「あ♪」
目的の人物を見つけて足を速める。
闇を溶かし込んだような長い漆黒の髪を持つその男性はちょうど帰ろうとしていたところだった。
1つ息を吐いて胸を撫で下ろす。

―――・・・よしっ

「ぎょ――――・・・」
「玉鼎!」
自分ではなく そのさらに後ろからかけられた別の声が彼を呼び止めた。
「・・・太乙か。」
玉鼎が振り向く同時に普賢の横を風が通り過ぎる。
肩口で真っ直ぐに切り揃えられた黒髪を風になびかせながら、彼は悠々と彼を追い越していった。
「玉鼎、今から暇?」
あっ・・・!
今から自分が言おうとしたセリフを言われてしまった。
普賢はちらりと玉鼎の表情を窺う。
なんて答えるんだろう?
「・・・ああ。」
そう言って彼は穏やかに笑った。
「じゃあさ、ウチに来ないかい? 下界で珍しいお菓子を手に入れたんだよ♪」
「・・・お前はまた下界に行っていたのか。」
朝から姿が見えないと思っていたら・・・ と呆れたため息をつく。
「いいじゃないさ。で、来るの来ないの?」
断ってよ!
心の中で普賢が叫ぶ。
太乙が断られたら自分も断られるという考えは今の彼にはない。
とりあえず今は彼ががっかりすればいいと思った。
「・・・そうだな。久しぶりに太乙がいれたお茶を飲みたい。」
けれど返ってきたのは普賢が1番聞きたくなかった返事で。
「そう♪ じゃあ1度キミんち寄ってく?」
楊ゼンくんに言わなきゃいけないんじゃない?と太乙が言う。
「いや 直接で良い。今夜まで帰ってこないと言っていたから。」
「えー? 楊ゼンくん居ないの〜?」
それを聞いた途端に太乙は心底不満そうな表情になる。
どうやら彼も誘う気だったらしい。
「・・・私1人では不満か?」
「そうは言ってないけどさぁ・・・」
多い方が楽しいんだけどなー とぶちぶち言いながら視線を巡らし、ちょうど普賢と目が合った。
!
普賢は思わず持っていたバスケットを後ろに隠す。
「ねぇ 普賢くん!」
言って彼はこちらへやって来た。


背 高いなぁ・・・
見上げながら普賢はふとそう思う。
玉鼎の隣に立っている時は気づかないけれど、近くまで来ると目線が合わない。
こっちは見上げなきゃいけないからかなり辛くて話し難い。
しかもそれはつまり 普賢より太乙の方が並んで立つと似合うわけで。
確かにさっき並んでる時はいいなぁなんて思っちゃったけど。

ム〜〜〜ッ

けれどそれと感情とは別問題。
思いっきり困らせたい! という心が生まれる。
「・・・あの〜 首、痛いんですけど・・・・・・」
「あ、ゴメンゴメン。」
意地悪だとは気づかずに正直に謝って、太乙は軽く腰を曲げて目線を合わせた。
「これでいいかな?」

・・・子ども扱いされてる・・・・・・

確かに彼にとっては自分は孫みたいな年かもしれないけど。
「わざわざスミマセン。(良いわけないよ)」
ウソの笑顔で返すと太乙もにっこり笑う。
「良かった。あ、ねぇ普賢くん。キミも来ないかい?」

え―――・・・?

思いがけない突然の誘い。
返答に困って向こうにいる玉鼎の顔を見る。
いつもとたいして変わらないが こちらを睨むように見る表情は明らかに機嫌が悪い。
察しが良い彼はそれで言うべき答えを見つけることができた。
気がつかないフリをしてついて行っても良いが、それで気分を害するのは太乙ではなく玉鼎の方だ。
それにどうせなら2人の方が良いし・・・
「―――ごめんなさい。僕 望ちゃんと約束してるんです。」
そうして玉鼎にあげるはずだったお菓子の籠を見せる。
それを聞いた太乙は「そっか・・・」と一言残念そうに言って、手を振りながら玉鼎の所に戻っていった。



いつものように修行をサボって昼寝をしていた彼を見つけ出し、普賢は隣に腰掛ける。
「食べて」と籠を渡された太公望は1つを取り出して口に放りこんだ。
「おおっ あいかわらず美味いのう♪」
もう1つ、もう1つとどんどん増やしていく。
「全部食べちゃっていいよ。」
パクついている太公望の隣にボーっと座って普賢は空を見上げた。

空がキレイだな〜・・・

「・・・・・・のう 普賢。」
はた と食べるのを止めて太公望が彼の方を見る。
「これはもしや玉鼎にやると言っておった物ではないのか?」
昨日そんな事を言っておったような気がするのだが・・・
「え? 何か言った?」
「な、なんでもない・・・・・・」
有無を言わせぬ笑顔と何故かその笑顔から感じる威圧感で太公望の顔が引きつる。
何かが彼の後ろに視える気がした。

渡せなかったのだな・・・

「――― 望ちゃんになら言ってもいいかな。」
さっきとは一転、はぁ と深いため息をついて抱えた膝の上に顎を乗せる。
「どうして僕よりあっちの方がいいのかなぁ。」
「・・・・・・はあ?」
「そりゃ僕より付き合い長いかもしれないけど 僕の方が若いのに・・・」
それから延々と、どういう理屈だ と言いたくなるような言葉を普賢は次々並べていった。
「はあ・・・」

ああ 太乙の事か・・・・・・

2人の仲の良さは誰でも知っている。
見ていて気づかない者がいるなら、それはよほどの鈍い感覚の持ち主か周りに全く興味が無い者くらいだろう。
「しかし玉鼎は出会った頃から太乙を気に入っておったよう・・・」
言いかけてハッと口を押さえるが後の祭り。
普賢の表情が変わってじりじりとこちらに近づいてきた。
「・・・誰がそれを言ってたの?」
出会った頃の事は僕と同期の望ちゃんは知らないはずだよねぇ?
正直に言わないと・・・ と脅しに近いというかモロに脅しをかけた言い方で詰め寄る。
「・・・道、徳・・・・・・」
「ふ〜〜ん・・・」

スマン 道徳・・・

後に訪れる彼の不幸に心から同情し謝罪した。






←戻るにおうち帰るに次行くに→