会いたくない人いつものように日向ぼっこをして過ごす午後。 普段は日が暮れるまで寝ているのだが、この日浅い眠りから意識を引き戻されたのは 誰かが歩いてくる足音がしたからだった。 「―――……?」 自由気ままに毎日を過ごす太乙の元へ人が尋ねてくることは少ない。 たまに楊ゼンが相談に来たり 四不象や武吉が遊びに来たりするくらいだ。 でも来るとしても休日か夕方、今はみんな仕事に行っているはずで。 不思議に思いながらハンモックから起き上がって、立ち止まった音がした方を見る。 ―――そこには、1人の長身の男性が立っていた。 「太乙」 風に流れる長い黒髪、黒曜石を切り取ったような漆黒の瞳。 そして自分の名前を呼ぶ低く甘い声、目が合うと 相手の瞳が優しげに細められる。 今朝に見た夢の続きかと思った。 「…ッッ!?」 半分降りた状態で 驚きに目を見開いたまま太乙は固まってしまう。 夢、じゃない。 でも 楊ゼン君でもない。 じゃあコレは… 彼は本物の……? 「ど… どうして君がここにいるのさ!? ―――玉鼎!!」 何とかハンモックから足を下ろして、けれど彼の所まで駆け寄ることはできなくて。 微妙に距離を開けて立ち止まったまま それ以上太乙は彼に近づくことができない。 近づけばどうなるか、自分のことはよく分かっていたから。 「仕事で来たんだ。」 「だ、だったら 用が済んだら帰りなよっ こんなところ来てないでさっっ」 平然と言ってのける彼に真っ赤になって怒鳴り返す。 可愛げがないことを言っている自覚はある。でも、今はまだ彼に会いたくなかった。 顔をそれ以上は見れなくて、太乙はぐるっと背を向ける。 楊ゼン君に心配されても拒んだのは、 会いに行けるのを知っていても行こうとしなかったのは、 君に会いたくなかったからなのに。 会ってはダメだと、分かっていたからなのに――― 「お前に会いたかった、と言っても信じないか?」 彼の声はどこまでも優しい。 久しぶりに聞く生の声に意識がぐらつくのを感じ取りながら それでも必死で耐えた。 「〜〜〜だからっ どうしてそーゆーことを平然と言うのかな 君はっ!?」 きっと今の自分は耳まで真っ赤だ。 けれど 分かっていても自分ではどうにもできない。 「…太乙」 すぐ近くで彼の声が聞こえて、次の瞬間には後ろから抱きしめられていた。 力強い腕、慣れ親しんだその感覚。 彼の身体はちゃんとあたたかい。夢でも幻でもない彼がそこにいる。 それに涙が出そうになった。 「…早く帰ってってば……」 でも、口をついて出るのは心とは正反対の言葉ばかり。 手で彼の腕を押しのけようとするけれど 力の差は歴然でびくともしなかった。 「何故?」 幾段低くなった彼の声が耳に注がれる。 拒まれて機嫌を悪くしたらしいが、太乙の方はそれだけで抵抗する力も完全に奪われてしまって。 …限界だ。もう耐えられない。 「…だから会わないようにしてたのに。君のせいだよ……」 首だけ振り向いて 近すぎる彼を真っ赤な顔で睨む。 分からないといった顔をする彼が何だかとても悔しい。 ここまでしておいて どうして肝心な部分に気づかないのか、この天然。 「一度会えば離れたくなくなるじゃないか…」 悔しい。すっごい悔しい。 きっと玉鼎はあっさり帰ってしまうのだ。 その後太乙がどんな気分で会えない日々を過ごすのかも知りもしないで。 「―――やっぱり太乙は誰にも渡せないな。」 しばらく目を瞬かせていた玉鼎は ボソリと呟くと後ろへと視線を向けた。 「頼めるか?」 「…そんなことだと思ってましたよ。」 分かっていた風に返答をしながら影から現れた彼はどこか呆れ顔だった。 玉鼎はそれに仕方ないだろうと苦笑いで返す。 「師匠のこちらでの仕事を増やせば良いんでしょう?」 「ああ。頼む。」 「って、え? 楊ゼン君!?」 普通に会話する2人の間で驚いてしまったのは太乙だ。 玉鼎に気を取られすぎていて彼の気配に気づけなかった。 見られた!と恥ずかしさでいっぱいになるが、離れようにも玉鼎の腕の拘束は強くて。 「僕が連れてきたんじゃありませんよ。師匠が会いたいと言うから仕事の後で案内しただけです。」 小さい頃から見慣れているせいか さほど気にも止めずに楊ゼンは話しかけてくる。 恥ずかしいのは太乙だけだ。それが余計に悔しいというか。 「玉鼎! 離してよっ!」 本気でもがきだした太乙を、けれど玉鼎はあっさり封じ込める。 彼が腕に少し力を込めれば 太乙にはどうしようもなくなってしまった。 「…今更だろう。」 「そういう問題じゃなーい!!」 だから君には会いたくないんだよ。 幸せの後には寂しさがどっと押し寄せてくるんだから。 ←「会いたい人」へ ------------------------------------------------------- ほのぼのラブラブ後編です。 シリアスはどこ行った、って感じですね。