花火の音に・・・




 日も暮れかけた赤い空の下で、夏の風物詩「祭り」が幕を開けた。
 神社に並べられた様々な屋台、色彩豊かな浴衣姿の客、
 人々がひしめき合って祭りは賑わいを見せている。

 いくら夏でも夕方となれば涼しいはずだが、人の多さ、そして白熱電球と鉄板の熱で屋台の周りは「涼しい」とは程遠い。
 それでも香ばしいにおいと音に誘われて客はやって来るものである。


「ごめんなぁ、今1つしか残ってないんだよ。片方はもう少し待っていてくれないか。」
 たこ焼き屋のおじさんがタネを混ぜ合わせながらすまなそうに言うと、2人は敵意を剥き出しにして睨み合う。
「俺が先に来たんだかんな!」
「オイラだもん!!」
 争っているのはピンクの浴衣姿の女の子と藍色の甚平を着た男の子。
 背の高さだけでなく性格も似ていそうなこの2人、相性はあまり良くなさそうだ。
「俺が先!」
「オイラ!」
 どちらも食べ物となると負けてない。
 お互い折れるはずもなく決着はいつまでもつきそうになかった。
 そんな状況を見ながらどちらでもいいから早く決めてくれないかな、と呆れながらおじさんはタネを型に流し込む。
 ジューという音がすると慣れた手つきでタコを素早く入れていく。
 言い争っている間には出来上がりそうだ。
 しかし今の2人にはそういうのは関係ない。
「勝負!」
 最終的には実力行使。

 チリン
 
 彼女の髪についている鈴が鳴る。
「げっ!まだ準備してな――・・・」

 がしっ
「うにゃ!?」

 がしっ
「へ!?」

 ほぼ同時に掴みあげられた。
 身動きが取れなくて2人ともじたばたする。

「李厘〜・・・ 何をしている 探してたんだぞ。」
「お兄ちゃん! だってあいつがぁ・・・」

「このバカ猿! はぐれるなとあれほど言っただろうが!!」
「だって俺のたこ焼きをあいつが〜・・・」

 ムッ

「オイラが先だったもん!!」
「俺だよ!」
 掴まれたままで2人は再び言い合いを始めてしまう。

「・・・すまんな、うちの妹が迷惑をかけた。」
「こっちこそ。こいつのせいで手を煩わせたようだな。」
 
 はぁ・・・

 お互い困ったお子様を持ったもんだと2人のため息が重なった。


「李厘様ー?」
「八百鼡、こっちだ。」
「紅孩児様。ご一緒だったんですね。」
 彼が呼ぶと八百鼡は安堵の表情をしながらこちらへやってくる。
 彼女も浴衣で色は紺地に大小の赤系の蝶が染め込まれている物。李厘と比べればやはり大人な感じだ。
 下に履いているのは下駄で歩くとカコカコ音がする。
「・・・独角は?」
「え? ・・・あれ? さっきまで一緒に・・・」
 不思議そうに彼女が後ろを振り返れば彼の姿はどこにもない。


「しょおぶしろぉ!」
 ・・・・・・
「勝った方がたこ焼きだな!だからっ三蔵離せ!」
 ・・・・・・ブチッ

 スパァァン!

 ハリセンが気持ちいい音を出して悟空の頭に直撃した。
「いってぇ!! 何すんだよ!」
 涙目で振り向いて叫ぶ。掴まれたままだったので避けれなかったのだ。
「―――・・・うるさい。」
「だからってなんで俺だけ!?」
「黙れバカ猿。」


「三蔵、悟空、ここにいたんですか?」
 そう言ってのほほんと現れたのは八戒だ。
「・・・三蔵のタレ目〜ハゲ〜・・・」
「・・・ふん。」
 頭を押さえて涙目の悟空を見て苦笑いをしながら彼はふと視線を前に向けた。
「おや、紅孩児さんと八百鼡さんも来てらっしゃったんですか。久しぶりですね。」
 いつものようににこっと笑いかけて挨拶をする。
「・・・ああ。」
 紅孩児は無愛想にそっけなく返し、
「お久しぶりです。お元気そうですね。」
 八百鼡は笑顔で返事を返す。
「・・・えっと・・・・・・ご兄弟の方たちですか?」
「いえ、僕はただの居候です。あと1人いるんですが・・・・・・」
 言いかけて三蔵の方を振り返る。
「ところで三蔵、悟浄見ませんでした?急にいなくなっちゃったんですけど。」
「ったくどいつもこいつも・・・・・・」
 額に手をあて、呆れてもう何も言いたくない。
「あ! 私も独角探しに行かなきゃ・・・」
「――だったら俺たちも行こう。・・・また会おう。」
 そう言い残して、李厘を持ったまま紅孩児はその場から離れた。
 八百鼡も一礼すると急いで彼の後を追うように下駄を鳴らしながら走っていく。
「僕らも悟浄を探しに行きますか?」
「・・・そうだな。」
「たこ焼き〜・・・・・・」
「黙れ。」



 当の悟浄はその頃けっこう端の方にある射的ゲームに興じていた。

 パンッ

「よっしゃ!」
 弾がお目当ての景品に当たって声をあげたのは悟浄だ。
「俺の勝ちだぜ。」
 勝ち誇った笑みで相手を見る。
「ちっ・・・でもこれで2対2だ。次はあの右端のヤツで勝負だ。」
「――いいぜ。」
 さっきからずっとこの調子。
 たまたま出逢って気が合った2人は射的で賭けて遊び始めた。
 そしてそれがだんだん白熱してきてやめられない状況になっているのだった。
 おかげで他の客が来ない。
 しかし屋台の金髪兄ちゃんは止めるのも諦めてもう何も言わずに金と弾を交換していた。
「一発で決める・・・」

「独角!!」
 その声で照準を合わせていた彼は反射的に顔をあげる。
「紅。どうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃないだろうが! 八百鼡を1人にするなと言っておいたはずだ。」
 あくまでマイペースの彼に本気で怒る。
 ただでさえこういう時は変な男が多くて女1人では危ない。だからついて行かせたのにこれでは全く意味がないじゃないか、と。
 そういう意味で怒ったのだ。
「すまんすまん、つい楽しくてな。」
 けれど彼にあまり反省した様子はない。
「・・・もういい。」
 怒る気も失せてそれ以上は何も言わなかった。
「あーあ、メイワクかけちゃイケナイぜー?」
「――貴方も人のこと言えませんよ。」
 
 ギクッ
 
 後ろから聞こえた一言で笑っていた悟浄の表情が固まる。
「探しましたよ、かなり。」
 笑顔は崩さないけれどオーラが怖い。
「八戒・・・・・・」
 
 マジ恐ぇ・・・

 
 ドン――
「あ、花火だ。」
 悟空が空を見上げて言い、全員がそちらを向く。
「河原でやっているようですね。行きます?」
 八百鼡の言葉に異を唱える者は当然いなかった。






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