月夜  −天使−




夜空を吹き抜ける風が開かれた窓のカーテンを揺らす。
バルコニーに降りた俺は部屋から見えない位置に身を潜ませた。

―――変だ・・・

王女の部屋のはずなのに無防備に開けられた窓。
何より人の気配がない。

―――はめられた・・・・・・?

しかしもしそうならば替え玉くらいはいるだろう。
人の気配がないことくらい俺たちには簡単にわかるのだから。
中に入れば何かわかると思って覚悟を決めた俺は部屋に足を踏み入れた。



案の定部屋はもぬけの殻だった。
ベッドには確かに人が抜け出した跡がある。
まだ温かいところをみるとそんなに時間は経っていないようだ。
けれど部屋の外の衛兵たちの気配に緊張した様子はないのが感じ取れた。
俺に気づいているわけではないようだ。
でも・・・

―――そうすると王女は一体何処へ?

夜風が部屋に吹き込む。
今日は風が強い。
ふと窓の方を振り向き、そこで手すりに結ばれた白い布がはためいているのを見た。

―――まさか・・・

普通では考えられない考えが頭をよぎる。

―――ウソだろ・・・・・・

一瞬頭が考える事を放棄したように感じた。



王宮の広い庭。
人気もなく空を遮る物もない、月がよく見える場所。

―――・・・・・・・・・っ!?

そこで俺は天使を見た。
俺に気づいて振り向いた彼女の背中に一瞬見えた白い翼。
大きく光に包まれた美しい翼だった。

―――誰?

鈴の鳴るようなその声でやっと我に返る。
ほうけている場合じゃない。
彼女こそがこの国の王女。
                エモノ             
そして俺の――・・・標的


ドスッ!

彼女の腕を掴んで地面に押し倒し、胸を一突きすれば「仕事」は終わりだった。
だが俺はあえてそれをせずに彼女の顔の真横に剣を突き立てる。
彼女の怯える顔が見たかった。
天使の翼をもぎ取る瞬間にどんな表情をするのか興味を持った。
だが――・・・

―――貴方は一体何処からいらっしゃったの?

恐怖など少しも感じていない。
殺されかけようとしていながら平然としているのだ。
まさかこの状況を把握していないとでもいうのか。
・・・本当に世間知らずの幸せな姫君だ。

―――これから死ぬ人間に答える事は何もない。

つまらない。
恐怖する瞬間が見たかったのに。
必死で懇願する人間の滑稽さは笑えてくるほど愉快だ。
それを見る時が1番好きだった。


不意に彼女が微笑む。

―――貴方は私を殺せないわ。

やけに自信を持った物言いに当惑してしまった。
何を根拠にそんなコトを・・・
俺は金さえ貰えば何でもやる傭兵だぞ?
要人の暗殺なんてよくある事だ。

―――何をバカなコト・・・っ

そうだ、俺がこんな小娘ごときを殺せないはずがない。
初めてでもない慣れた仕事なんだ。

―――貴方の瞳はとても澄んでいるわ。貴方が今までどんな事をしてきたか知らないけどその瞳はまだ光を失ってはいないもの。

純真無垢な誰にも汚されていない姫君。
だからそんな事が言える。
お前に俺の何がわかると言うんだ?

―――ハッ 本当にオメデタイ姫さんだな。

滑稽を通り越してイライラしてくる。
こんな仕事さっさと終わらせてしまおう。

―――そんなにお望みなら殺してやるぜ!


ビュッ!!

喉に突き立てたはずだった。
確かに確実に狙ったはずだった。
だが、

―――やっぱり殺せないでしょう?

剣はそれて僅かに彼女をかすめ、首の側面の皮膚が少し切れただけだった。

―――バカな・・・!?

初めての事に戸惑いを感じずにはいられなかった。

手が震えている。
この俺が躊躇っているのか?
こんな小娘1人殺すことを・・・
今までこんな事何でもなかったはずだろう?
     どうして
なのに何故今さら・・・

―――自分を偽らないで。貴方はこんな事する人じゃないはずよ。

彼女の瞳に映る満天の星々。月明かりを吸って光輝く銀の髪。

―――チッ

馬鹿げてる。この俺が怖気づくとは。
本当にどうかしている。


チンッ

立ち上がって剣を鞘に戻す。
殺す気などすっかり無くなってしまった。
この仕事は失敗だ。

―――命びろいしたな 姫さん。もう殺したりしないから安心しろよ。

彼女を抱き起こしてやると「ありがとう」と笑顔で返してくる。
何故か照れくさくなって目をそらしてしまった。

―――また会える?

―――さぁな。でも俺はもう会うつもりはないぜ。

―――どうして?

・・・・・・

それには本気で言葉をなくした。
本当に何も知らず幸せに育ってきたんだな このお姫さまは。
だったらこれ以上関わるのはゴメンだ。
俺との違いを見せつけられる。
                                                                    ココ
―――ココには仕事で来たんだ、失敗したからもう居る理由はない。数日中には首都から出ていくさ。

―――そう・・・それは残念ね・・・・・・

言葉通り心底残念そうな表情で言う。

クッ

その途端笑いがこみ上げてきた。
嘲笑の笑いではなく心から面白いと思える笑い。
こんな風に笑ったのは本当に久しぶりだった。

なんて変わった姫さんだろう。仮にも俺は彼女を殺そうとした人間なんだぞ?
そんな男と別れるのが残念だなんて。

―――変わった姫さんだな。・・・でももう会いには来ないぜ じゃあな。


そして俺は姿を消す。
光届かぬ闇の中へ――・・・



<コメント>
ホントに最初の月夜シリーズです。出会い編。
あと1、2個前に入るかもしんないけど。
彼・・・こんなに怖いヒトだったっけ・・・・・・?
最初の設定ではこんな悪なヒトではなかったはずっ(汗)
・・・よくある事さ(開き直るなっ!)



←戻るにおうち帰るに