One Letter その5




「どういう事?」
屋上は風が強い。顔にかかる髪を払い除けて京香が聞いた。
聞いている事は1つだけ。詳しく言われなくてもわかる。
「―――振られたんだよ、俺。恋人を待つって言われたんだ。」
呆気に取られている京香に亮介は苦笑いする。
「もし付き合っても恋人が帰ってきたら俺じゃ敵いっこないよな。」
そのくらい彼女の意志は堅い。
元々ゲームのつもりでオトそうと思っただけだ。まさか自分が本気になるとは思ってなかったけど、
それはまた次を見つければ次第に忘れる。

「貴方、それ本気で言ってんの?」
京香は怒っているようにも他の表情にも見える。
「まりあからどこまで聞いてたか知らないけど・・・あの人が帰ってくるわけないじゃない!」
「!!?」
京香の言葉は衝撃的なものだった。
「でも まりあちゃんは・・・」
彼女は手紙をずっと待ってると言った。帰ってこないなんて一言も言っていなかった。
「あの子は信じたくないのよ・・・ 信じたくなくて来るはずが無いたった1つの手紙を今も待ってるのよ・・・・・・」
1年経ってもまだ諦めきれていないなんて。
「それ・・・どういう意味?」
京香は1度風が吹く方を見る。そしてフェンスに寄りかかると視線を戻した。
「―――彰さんは登山家でよく外国にも行ってたの。あの時もいつものようにまりあに同じセリフを言って出かけて行ったわ。」
戻る日に、1番キレイな写真の絵葉書を選んで彼女に送る。
それがあまり彼女に構ってあげられない彼なりの愛情の示し方で、まりあもとても楽しみしていて 来ると嬉しそうにはしゃいでた。
「だけど それから1週間後よ、彼が雪山で遭難して行方不明になったって聞いたのは。」
「!?」
「彼の両親もまりあも信じたくなかったでしょうね。」
来る日も来る日も彼が見つかったというニュースを待ち続けた。
京香もまりあを元気付けながら一緒に待った。
だけど・・・
「・・・結局1ヶ月待ってもダメだった。だから彰さんの両親も彼の荷物を引き取って部屋を引き払ったの。」
「それが、俺の今の部屋か・・・」
帰ってくる気がないと俺が言った時のあの必死な態度はこのためだったのか。
そう考えると無神経な事を言ったと思う。

「貴方なら・・・亮介君ならあの子を助けてくれると思ったのよ・・・」
私じゃダメだから。私にしてあげられる事はもう無いから。
「まりあがあそこまで感情を表に出すのはホントに珍しい事だったから。」
この人ならと思った。
だけどそれ以上にまりあのほうが頑固だったようだ。
「・・・ひょっとして俺ってその彰さんに似てたりする?」
「全然。むしろ正反対。」
即答に近い早さで戻ってきたのでこけそうになった。
「彰さんはいつも穏やかに笑ってて、まりあにしても優しいお兄さんみたいな感じだったと思う。」
色も黒くて背も身体も大きくスポーツタイプの人だった。
「似てる似てないは関係ないのよ。あの子の気持ちは知ってるんでしょ?」
その絶対的な笑顔。
「・・・知ってるよ。」
彼女は自分の心の変化を受け入れたくないだけだ。それもちゃんと気づいてる。
だけどそれと感情は別問題だ。
「だからって俺は他のオトコの話をするのを笑って聞けるほど出来た人間じゃない。」
今の彼女は必死で恋人への感情を守ろうとしている。だから周りにもそういう態度を見せる事で保とうとしているのだ。
俺はそれを平気で見る自信なんか欠片も無い。
「亮介君・・・」
風が少し強くなった。
亮介の緩く結んだネクタイも京香のリボンも風ではためく。
「ゴメン、無理言ったね・・・」



日曜の昼。
彼女の部屋にニュースの声が流れる。
コーヒーが出来上がるのを待ちながら、まりあはキッチンから声だけを聞いていた。
事務的なニュースキャスターの声はあまり彼女の耳に入らないまま全て流されていく。

「―――・・・っ!」
けれどある言葉を聞いた途端 彼女はテレビの方を振り返る。
半分放心しながらも彼女は画面から目を離さなかった。


プルルルル―――

突然鳴り出す電話の音。静かに彼女は受話器を取った。
《まりあちゃん、今連絡が来て・・・》
震えた声で話す女の人。彼女は多分今のまりあと同じ気持ちだろう。
「おばさん・・・私も今 ニュースを見ました・・・」
電話の相手は彰のお母さん。何度か彰と会いに行ったことがある、優しくて綺麗な女性だった。
「彰が・・・見つかったんですね・・・・・・」
《ええ・・・ あんな所で1年も・・・ 冷たかったでしょうね・・・・・・》
彼女は泣いているようだ。
「そう、ですね・・・」
けれど まりあは泣けなかった。
それより頭が真っ白になって感情の一切が無くなってしまったような感じ。
泣き方すら忘れてしまったような気分だった。


彰は見つかった。
雪山の中で氷づけになって。
あの時のまま、私に笑顔を向けた時のままで、変わることなく・・・
だけどもう戻ってこない。私を抱きしめてくれない、もうあの笑顔を見る事も無い。
手紙も 待ち続けた絵葉書も届く事は無い。

じゃあ 待っていた私はどうすればいいの・・・?



隣が出かけた事はドアが閉まる音で気づいていた。
でもその時は珍しいなと思ったくらいで。
京香ちゃんが顔色を変えて家に来るまではあまり重要には考えていなかった。


「心当たりは?」
「わかんない。たぶん目的も無くふらふらしてると思うんだけど。」
足早に歩きながら2人は彼女の姿を探す。
あれからもう2時間、遠くへ行ったとは思えないけれど彼女の姿は何処にもない。
とにかく日が暮れる前に彼女を見つけ出さなくては。
けれど途中であった友達も彼女の姿は見ていなかった。
「何処に言ったのよ〜〜・・・」
心配で苛立ちながら京香がごちる。
「2人の思い出の場所とかないの?」
「思い出の場所? って言ってもあの2人特に何処にも行かなかったから・・・」
うーんと京香は考え込んでしまった。

思い出の場所・・・ 考えろ、確かあったはずだ。


一方亮介も後悔していた。
ニュースを見ていなかったから気づかなかったとはいえ、あの時玄関に出て呼び止めでもすれば良かったのだ。
「一体何処に・・・」
「あっ!」
やっと思い当たって京香が叫んだ。
「東の高台! 確か2人が最後に行った場所だわ!」
「よし! 行ってみよう!!」
何でもいい、思い当たる場所を全部当たってみるしかないのだ。



高台はちょっとした公園にもなっていて、町を見下ろせる場所には柵とベンチが置いてある。
そこに座ってまりあはぼーっと町を眺めていた。
目の前の夕焼けが今日も鮮やかで綺麗だ。
「まりあ!!」
走ってきた京香が彼女に駆け寄る。
気が付いて彼女はそちらに振り向いた。
「京香ちゃん・・・ どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ バカ! 探したんだからね!!」
息が切れて肩で呼吸をして それでも精一杯に怒鳴る。
「探してって・・・ どうして・・・・・・?」
まだよく理解していないようだ。
「まりあちゃんが心配だったからに決まってるだろ。」
「・・・亮介君も・・・・・・」
後ろから現れた彼にまりあは少し驚いた。
彼の額からも汗が流れている。2人で私を探していたの?

「こんな所で 何してたの?」
尋ねて亮介は自分の上着を彼女の肩にかける。
「―――ここでなら泣けるかなって思って。」
夕焼けに染まる町を眺めながらまりあは答えた。
彰との思い出が残るココなら。
彼の事 思い出して涙が出てくると思った。
「・・・けどね、泣けなかった。悲しいんだけど悲し過ぎて泣き方がわかんなくなっちゃったみたい。」
何もかもどうでもよくなったみたいに 何の感情もわかない。
おばさんみたいに彰を想って泣けないの。
「泣きたい時に泣けないのも辛いね・・・」

夕日が沈もうとしている。
亮介は彼女の前に来て、少し屈んで座っている彼女の目線に合わせた。
「まりあちゃん、泣けないじゃなくて 泣かないんじゃないの?」
途端、ビクッと彼女の肩が震える。
「まだ認めたくない? まだ・・・彼の死を受け入れられない?」
彼の言葉と視線に まりあの表情が変わっていくのがわかった。
感情が溢れ出る。

「だって ずっと待ってたのにこんなのってないじゃない・・・っ」
声をあげて泣きながら彼の胸に飛び込んだ。
それを受け止めて 亮介は少し困ったように京香に笑いかける。
京香も同じように複雑な顔で彼を見返した。

貴方が帰ってきたら言いたい事がいっぱいあったのよ。
もっとたくさん一緒に過ごしたかった。

「・・・彼のためにも もう認めてあげよう?」
「うん・・・」



あれから―――・・・

私が郵便受けを毎日覗き込むような事はなくなった。
だけど 私と彼の仲がどうなったという事はなくて。
前のようにからかわれて怒ったり 3人で仲良く帰ったり、最初と何にも変わっていない。
でもそろそろ、私も行動に移しちゃおうかなって思ってる。
今度は私から言うの。
"ありがとう"と、私の正直な気持ちを。
意地を張ったりせずに素直な私の気持ちを伝えるわ。
とっても勇気がいる事だけど、京香ちゃんが彼も待ってるって言ってくれたから。
今度こそ、ちゃんと言うの・・・




<コメント>
最後はこうなるだろうと予想していたわけじゃなくて。
実は高台の時点で告白するつもりだった。
だけど進めていくうちに まりあはこうなってもすぐには付き合いださないと思ったの。
だって頑固だから(笑)
てーかまた恋人殺してんね 自分。何でだろ?(オイ)
もし彼が生きてたらどんな展開になってたんだろう? ちょっと興味津々vvv
それと、京香と亮介も仲良いけど この2人はホントに友達って感じで恋愛感情は起きないと思ってる。
まず亮介は京香のタイプと全然違うし。2人ともまりあ大好きだから(笑) 同士って思ってるんじゃないかな?



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