花蘇芳 その2




ドスッ

生温かいものが啓治の頬に当たる。
けれど彼自身は何処も痛くはなかった。
静寂がその場を包む。

「・・・・・・?」
そっと啓治が目を開けると、前には自分の胸を刺した芙由子がいた。
息を上げながらこっちを満足そうに微笑んで見ている。
自分の白いタキシードは彼女の血で赤く染まっていた。

「・・・お前バカじゃねぇの!? 俺がこんな事で苦しむだって!?」
目の前でお前に死なれたからって俺が悲しんだりすると思っていたのかよ!?
馬鹿にしたように笑う彼を見て芙由子はさっきよりも嬉しそうに笑った。
「そうよ、貴方の苦しみはこれからだもの・・・」
口元から血を流しながら啓治の頬に触れる。
彼の表情が固まった。
頬に彼女の血がべっとりと付き、彼女のもう片方の手は彼の手を握っている。
「貴方はこれから毎晩私の夢を見る・・・ 今日の夢を何度となくね・・・」
見た事も無いほど美しい笑顔で彼女は彼の瞳を覗き込んだ。
「私の呪いは消えない・・・ 死ぬまで苦しむのよ・・・・・・」
最期にもう1度笑って 彼女はズルっと滑るように倒れ、もう何も言わなかった。
その彼女を放心したままで見下ろす。

この上ない恐怖を感じた啓治は友人達がやって来るまで全く動けなかった。



――― 一緒に地獄へ行きましょうよ・・・

生温かい血の感触と血を流す彼女の顔が目の前にある。
「ひ・・・!!」
振り切って逃げても彼女の笑い声が追いかけてくる。
耳を塞いでも声は頭の中で流れ続ける。
「来るな! 止めてくれ!!」


「―――っっ!」
目を開けると歯を食い縛り、布団を握り締めていた。
隣では千夏が静かに寝息を立てて眠っている。
「・・・夢か。」
むくりと起き上がって額に手を当てて首を振る。

芙由子は確かに死んだ。
式はさすがに延期になったが 3日後に再び行われる。
今日は取っておいたホテルの一室に泊まった。

「これが芙由子が言っていた呪いってヤツか・・・?」
いや、と言ってまた首を振る。
呪いなんてあるはずがない。そんなものは信じていない。
心に言い聞かせて、もう1度寝ようと思ったところで額のぬるっとしたものに気が付いた。
嫌な予感がしてそっと手を離して手のひらを見る。
「〜〜〜〜〜〜!!?」
ガバッと布団から飛び出して洗面台へ向かった。



「何だよコレっ・・・!」
真っ赤な血のような、鮮やかな色をしたものが手にべっとりと付いている。
それは洗っても洗っても全く落ちない。
啓治は必死になって力いっぱい石鹸で手を擦った。
「落ちない・・・っ どうなってんだ!?」
排水口に吸い込まれていく水の色は赤いのに手に付いた赤いモノは全然消えないのだ。

「・・・啓治? 何してんの?」 
千夏が眠そうに欠伸をしながら現れた。
彼の様子が変なのに気が付いたのだろう。
「手に付いた血が落ちないんだよ!」
何度も何度も洗い流したにもかかわらず手に付いたものは依然そのままだ。
「何? 血・・・?」
横から彼の手を見て彼女は訝しげに啓治を見る。
「何言ってんの? そんなの付いてないじゃない。」
「は? お前には見えないのかよ!?」
こんなにべっとりと付いてんだぞ!?
けれど何度見ても、目を擦ってみても彼女には何も見えない。
「啓治! アンタ変だよ! 何も付いてないからもう止めなって!!」
腕を引っ張って止めようとするが彼は洗うのを止めない。
何かに取り憑かれたように手を洗い続ける。
「啓治ってば! どうしちゃったのよ!?」
彼女が止める理由が啓治にはわからない。
どうしてこんなにはっきりしてるのにお前には見えないんだよ。
「何で落ちないんだよっ!」

≪―――・・・≫

「!?」
ハッと顔を上げると鏡の奥、自分の後ろに人影が見えた。
暗闇の中で白く浮かび上がる青白い顔と鋭い瞳。

≪苦しんでる・・・?≫

「―――――!」

芙由子!!

不気味な笑みを浮かべて彼女の姿はふっと消えた。

「う・・・うわあぁぁぁぁ!!!」

頭を抱え込んでうずくまる啓治に千夏がビックリする。
「啓治? どうしたの!? ねぇ!!」
けれどガタガタ震えて謝るばかりで、啓治は千夏の声など耳に入ってはいなかった。


―――もっと苦しんで・・・




―END―



<コメント>
こんな男死んでしまえ(酷)
えっと、啓治と芙由子は大学の頃からの知り合いって設定。
最初はね 「復讐」ってタイトルだった。でもあんまりまんまだから・・・
今回は 私の中のダークな部分をちょっと紹介vv(はーと付けるトコか・・・?)
今までのほのぼの路線からはがらりと変わった内容かな。
「赤翼〜」もだけど、こういう 人が死ぬ話はわりと考え付く(危)
たまにはストレス発散気分で☆(どーゆー理屈だ)



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