血色の天使 その5





「・・・何か弁解する事は?」
 裁判長がかけた言葉を彼女は軽く笑って退けた。
「あるわけが無い。早く殺してくれ。」
 彼が居ないこの世界に何の未練があるというのだろう。
 私にはもう生きる理由は何も無い。
 出来れば早く彼と同じ運命を辿り、彼と共に自分も無へと還りたい。
 殺してしまったのが自分ならば 一緒に消える事が正しいと思うから。
 だから私は自ら捕まってここに来たのだ。

「―――では 主より授かったお前の処分内容を伝える。」
 平静な裁判長の声のもと、フィリアは静かに目を閉じた。
「・・・"その者は記憶と力を封印し、下界へ送るものとする。"と。」
「! なっ!?」
 その驚愕的な内容に フィリアは思わず目を見張った。
 周りはしんと静まり返っている。
「何だそれは! 私は上官を殺したんだぞ!?」
「・・・全ては主のお導きだ。」
 変わらず抑揚の無い声で彼は言う。
「そんな馬鹿な事があってたまるか! そんな異例どころか無謀な決定など・・・っ!」
 下界とは人間達が住む世界である。
 天界からの永久追放と言えば確かに重い罰ではある。
 けれど消滅と比べればそんなもの・・・!
「私は消えてしまった方が良い存在なのだろう!?」
 頭に血がのぼったフィリアは声を荒らげる。
「ならば いっそ殺せば良い!」
 前で見下ろす奴らに叫んだ。
「私が恐ろしいのならば消滅させれば良い! そんな事くらい簡単だろう!?」
 挑発的な瞳で彼等を見返す。

「―――お前を魔界へ渡すわけにはいかんのだ。」
 静かな声で裁判長は言った。
 そう、彼らの懸念は彼女が魔王側に付く事。
 消滅する直前、その天使は1人になる。
 そこに魔王は干渉をかけ、連れて行こうと話を持ちかけるのだ。
 そこは神でも防ぐ事は出来ない。
「一体何を・・・っ そちらの方がよほど危険だとは思わないのか!?」
 いつ戻るともわからない記憶の封印など。
 そこまで私が寝返る事を恐れるのか。
「危険だがまだマシな方だ。お前を敵に回すほど我々に脅威的な事は無い。」
「まだそんな事を言うのか! 私は無駄に命を永らえようとは思ってない! 殺せ!!」
 けれど誰も何も言わなかった。
「っ! ここには臆病者しかいないのか!?」

 私を悪魔が放っておくはずが無い?
 堕天使になる恐れがある?
 馬鹿らしい。憶測だけで勝手に"私"を解釈するな。


「これは主の命だ。お前が何を言っても変えられない。」
 何を言っても無駄だ、と 上から抑えつけるような目で彼は見下ろした。
「お前の為に死を選んだあの者の為にも 下界で罪を償って来い。」
「・・・・・・?」
 その言葉にフィリアは眉を寄せる。

 ・・・死を"選んだ"・・・・・・?
 言葉が何故か心に引っかかった。
 彼は私を止めに来た。
 そしてその彼を私は誤って刺してしまったのよ。
 選んだわけじゃないわ。
 でも、そういえば あの時の言葉は・・・
 まさか・・・ 彼は―――・・・!

 止めろと言う彼の声が 遠く頭の中で聞こえても、もう遅い。
 言葉の意味が繋がった時、私の内にあった黒い心が目を覚まし そしてそれはすぐに爆発した。
「・・・・・・気が変わった。」
「・・・何・・・?」
 小さく呟いた声に彼らは注意を向ける。
「その刑を受けてやるよ。」
 一部開き直ったような、先程とはうって変わってその表情は冷淡だ。
「だが・・・」
 その裁判官たちの方をこれまでに無い憎悪の眼差しで睨んだ。
 誰もが怯むほど強い力を持った瞳は、深く冷たい虚無感を得て鈍い光を帯びる。
「私はお前たちを許さない。」
 全ては仕組まれた事だったのか。
 私が彼を殺す事も、その後私が逃げずにここにやって来る事も。
 それは偶然ではなく、全ては彼等の企みの内だったというわけか。
 彼は私が誤って殺したわけではなく、彼等が私に彼を「殺させた」のだ。
 そしてそれを彼は知っていて、それでもなお私の所にやって来た。
 自分の犠牲と引き換えに、多くの命を守るために。そして私をその罪から逃がす為に。
 ただ彼が誤ったのは、彼が思っていた以上に私が彼を愛していた事。
 けれどそれさえも彼等は読んでいたのだ。
 彼が殺された理由は知らない。
 だが、私も彼もお互いの処分の為に利用されたのは確かだ。
 それがわかった時、天使も悪魔も神も魔王も変わらないと知った。

「彼を殺した事はお前たちも同罪だ!!」
 さっきまでとは違う、自虐的な叫びではなく憎悪で覆った言葉。
 それで彼女が真相に気付いた事を彼らは知った。
 けれど知ったところでそれをどうにかするのは もう不可能だ。
「・・・全ての記憶を取り戻した時、私はすべてを滅ぼそう。」
 まるで呪いの言葉でも浴びせるかのように彼女は言葉を紡ぐ。
「―――私は「破壊」を司る者。その時後悔するが良い、やはりあの時消滅させておくべきだったと。」

 何が「神」? 貴方達の何処が「天使」?
 仲間を見殺しにする事が正しい事だと言うのか!?
 お前たちの何処が悪魔と違うのか!

「――― 終わりだ。」
 カン と木槌の音が響く。
 驚きざわめく廷内で、1人顔色を変えなかった裁判長が私を連れて行くように言った。
 そして私は下界に下ろされたのだ。
 憎しみの心を内に秘めたまま。






 冷たい夜風が砂を軽く舞い上げる。
 崩れた柱の1つに彼女は降り立って、そこに腰を置いた。
「静かね・・・」
 聞こえるのは風の音だけだ。ここには自分以外の気配は無い。
 この街も昔はオアシスの中にあってそれなりに栄えていたのだろう。
 けれど今は何も無く 砂に埋もれていくだけのもの。
 滅びたのは気の遠くなるほど昔のようだけれど。意外といつまでも残るものなのね。
 彼女は黙って いつかと同じ青白い月を見上げる。
「―――美しいわ。滅びた街には今夜のような月が1番似合う。」
 呟いて、彼女は冷たく微笑んだ。
 そしてふと思い出すのは1番最初に滅ぼした場所、ある1人の少年。
 彼は今までただ1人私が殺さなかった人間だった。
 ・・・欲を持たなかったのが悔しいというのは嘘。
 理由は 「彼」に似ていたから。姿は似てなくても、何処かとても似ていた。
 彼の目の前でいくつか町を滅ぼしたわ。けれど彼だけはいつも殺さずにいた。
 怒りと絶望に満ちた瞳で彼が私を見ていても、私はそれで良いと思った。
 私はもう、「私」を止められない。だから憎まれても仕方が無い、そう思うから。
 そして抱く感情がたとえ憎しみでも、彼は私を決して忘れない。
 それで満足だった。死ぬまで彼が私を忘れられないのならそれで・・・


「―――まさかこんな所で会えるとは夢にも思いませんでした。」
 頭上から聞こえた声に彼女が見上げると、その者は彼女と同じ視点の位置まで降りてきた。
 漆黒の、夜の闇色の翼と同じ色の髪。
 本来 "私"と相反する存在。―――・・・すなわち魔族。
 相対して立つ彼は場に不似合いな笑顔でそこに居る。
「・・・なんだ 私の首でも取りに来たのか? 残念だがお前如きの小者に取れる物ではないよ。」
 相手を小馬鹿にしたように笑う。
 けれど相手はその言葉に微塵の怒りも向けなかった。むしろ納得したような表情さえ見せる。
「まさか。私は貴女を迎えに来た者ですよ。」
 その妙に丁寧な口調の魔族は、訝しげに見る彼女に応えさらに続けた。
「魔王様は貴女をお待ちです。私達は貴女を歓迎いたします。ですから一緒に魔界へ往きましょう。」
 なるほど。
 その不可解な言葉の意味が解った。

 あの男も余計な事をしてくれたものだ。

「・・・つまり 天界を追われた私はお前達の仲間になると、あの男は言うのだな。」
 下界に落される時に手でも加えたのだろう?
 それで無ければ私がこんなに早く覚醒するわけが無かったな。
「はい そうです。」
 変わらない笑顔で彼は彼女の目を見る。
 探るように彼をしばらくじっと見ていた彼女は 突然表情を変えてふふんと笑った。
「失せろ。」
 ハ・・・?

 さすがの彼もこれには笑顔を失くす。
 ぽかんと間の抜けた顔をしてもう1度言って欲しいというような表情をした。
「私はどちらとも馴れ合うつもりは無い。私の目的はただ破壊するコトのみ。お前達のくだらない争いに付き合う気は毛頭無いよ。」
 元は同じなのだろう?
 ならばどちらも彼を殺した者達と同じなのだから。
 そんな奴等の仲間に誰がなるものか。
「ですが・・・っ!」

 ザンッ!!

 右手に出現させた錫杖でひと薙ぎ。
 声も無く上半身と下半身に両断された身体は 砂となり風に流され空に消えていく。
「・・・問答無用だ。誰であろうと私の邪魔をするものは許さない。」
 神も魔王も同じならば、私はどちらの味方にもなるつもりは無い。
 私は独り、ただ破壊のみを使命とする者。
 正しいも間違いも関係なく、ただそれだけが私の生きる目的。

 次の街へ――――

 深い血と同じ色の翼を持つ その天使でも悪魔でも無い者は、夜空へと天高く昇っていった・・・




  -幕-



<コメント>
彼の死の真実によって フィリアの優しい部分は消えてしまったのでした。
彼と共に消える事も許されず、彼には2度と会う事は出来ない・・・
「消滅」の意味するものは 生まれ変わる事すら出来ない事実。
ユイナは似ていても、決して彼女が愛した「彼」ではないのです・・・
つーかぁ 彼女を消滅させなかった理由ってもっともらしいんだけど。
神の意図はそれと違うんだよね。(前の「神よ。〜」を見てる人は想像付くかな?)
・・・つまりこの話での最大の悪って神なの?(何)
んーと 別に私は宗教にケンカ売ってるわけじゃないので。
「神を否定する歴史」とか書いてるけど・・・
堕天使(魔王)ルシファーの話を知って自分なりに思ったことを書いたつもりです。
かなり東洋的な解釈ですけどネ。
でも「天禁」の影響は結構受けてるかもしれない。

・・・なんだか最近バッドエンドの話しか浮かばないなぁ。



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