Tear Spring

第19幕「どうしてもっと早く・・・」
(第48回〜第50回)




 避けられ無い事だと分かってはいても・・・
 できれば 知られたくは無かったな―――・・・


 そして、肌がピリピリ痛くなるほど日差しが強くなった頃。
 ルディスにとっては これが幾度目かのシーダー訪問となった。

 部屋に入り 案内をしてきたシーナが扉を閉めて去る。
 窓際にいた彼女は、風も立てない動作で彼の方を向いた。
「・・・お兄様。お久しぶりです。」
 常のような、嬉しさといった感情は そこには無い。
 他人にとるべき礼をとって、彼女は顔を上げた。
「――― 元気そうでなにより。」

 ・・・・・・

 反射的に返す事務的な言葉の後、続く言葉は紡がれない。
 人払いをしてある為、今ここには兄妹しか居ない。
 鳥のさえずりさえ聞こえない沈黙が、居心地の悪さを強調させる。
 対峙した2人は どちらとも座る事も席に促す事もせず、ただただ立ち尽くていた。


「・・・ココは暑いな。」
 少し、張っていた気を緩めて、ルディスは襟元を緩める。
 自国はこんな薄着ではまだ寒いのに、山を1つ隔てただけでまるで違う。

「国の方は大丈夫なのですか?」
「ん? 父上はお元気だ。心配する事は無い。」
 返ってきた言葉に物言いたげな表情をすると、彼は口の端で笑う。
「―――シーダーに行くと言って反対する臣下は居ない。お前は賢王にお会いする"ついで"だ。
 ・・・という事になっている。」
 だから心配する必要は無い、と付け足した。
 場を和ませようとしたのだが、今の彼女のそういうものはあまり通じないらしい。


 関係のない事はさておき。
 そろそろ本題に入らなければならない事はお互いが分かっている。
 けれど言わないのは、知らず 避けているからかもしれない。
 そして何処から切り出せば良いのかも、よく分からなかった。
 注意深く、より良い言葉を探す。

「あ、そういえば・・・ トリナに この事は・・・・・・」
「言えるわけないですわ。」
 思い出したように出た言葉を、リアは即座に否定した。
「下手に誰かに言えば広まってしまいますから。」
 トリナを信頼していないわけじゃない。
 けれど 言葉というものは時にとても恐ろしいものとなるから。
 何処で誰が聞くとも知れない、油断のならないものだから。
「"それ"だけは 在ってはならない事ですわ・・・」

 ・・・噂が広まる時、それは"シウスの子"として広がるだろう。
 彼以外の子を宿すという事は、考えられない事。在ってはならない事。
 だから誰も信じない。
 けれど、彼だけは気づいてしまう。
 彼は優しいから、だからきっと傷つく。
 問題はそれだけではないけれど、それが1番 辛い。

「トリナには 精神的な疲れで胃が悪くなっているだけ、と伝えました。」 
 少し、間があった。
「・・・信じたのか?」
 そんな 子供騙しにもならないような嘘を。
「たぶん、半信半疑 でしょうね。」
 兄の心配をよそに、ケロリとした表情で言ってのける。
「最初に疑ったのはあの子ですもの。"姫様が言う事だから" と、無理矢理納得しているといった所でしょう。」
 そんな苦しい言い訳みたいな事が信じられるはずが無い。
 かといって、追及するだけの確信も無いから言わないだけで。
「じゃあ 他は誰も知らないというわけか。」
「ええ。知っているのはお兄様と私、あとは確認をしてもらった医者だけです。」
 医者の方は安心していられる。
 あの人・・・ あの老医者は時期が合わない事にも気がついた。
 そして、事情を知ってもなお 黙っていてくれると。
 前の時も、あの人のおかげで私の事は広まる事はなかったから。
 だから 私はあの人を信頼できる。
 本人は年の功だと穏やかに笑っていたけれど、あの先が見えた判断力は尊敬して良いものだと思う。
「そこから漏れる心配は皆無ですわ。」


「―――最後にもう1度だけ聞く。・・・間違いは 無いんだな?」
 こんな事態を、誰が想像しただろう。
 リアは静かに目を閉じ 小さな深呼吸をすると、一瞬の間を空けて頷いた。
「ええ。」
「そうか。」
 複雑な表情で 彼はリアを見て溜息をつく。
「しかし、アイツもまた 随分と厄介な問題を残してくれたものだな。」
 普段完璧なくせに 妙な所で失敗するよな。
 何の躊躇いも無く、そういう事をさらりと言う。
「〜〜〜〜〜そういう言い方は ちょっと・・・」
 ルディスの臆面の無い言い方に顔を赤くして 苦い顔で呟いたけれど、言った方は全く気にしていない。
 そういう性格なのはよく知っているけれど、久々だったので対応しきれなかった。

「・・・・・・知りたいんだろ? あの夜、何があったのか。」
 急に真面目な表情になって、ルディスはリアの顔をじっと見る。
 突然変わった雰囲気に 思わず唾を飲み込んだ。
 けれど、意を決して首を縦に振る。今回はその為に来てもらったのだから。

「話してやるよ。聞いた事、全て・・・」



 ---------



 飲み過ぎて倒れてしまった彼女を部屋まで運んだ。
 招春祭とはいえ まだ肌寒い頃で、火が灯らない室内は震えが止まらないほど寒い。
 ただ、抱いている彼女の身体だけがとても温かく感じた。


 祭りの賑やかな声から離れ、物音といえば自分の足音だけ。
 彼女をベッドに寝かせた後も 何故だか騒がしい所に戻る気にはなれず、脇に椅子を置いて彼女の寝顔を
 ただじっと眺めていた。

 愛しい 愛しい 我が君・・・
 唯1人、私の心を乱してしまう女性・・・
 私は貴女を――――・・・

「いや・・・・・・」
 そこまでで思考を断ち切って、彼は立ち上がった。
 半分開いたカーテンの隙間から 月の冷たい光が差し込み、それは室内の明かりより幾分も明るい。
 燭台の明かりを消して 1番大きな窓のカーテンを開けた。
 途端、静かな青白い光が中に流れ込み、昼間とは違う明るさで室内を照らす。
「今夜は満月、か・・・」
 不思議な感覚に襲われるほど、美しい光だ。

「〜〜〜〜〜リーク――ぅ・・・」

「! あ、はい、今す・・・・・・」
 駆け寄って、ぽかんとして、次の瞬間彼はくすりと笑った。
「寝言、ですか。」
 一体どんな夢を見ているのやら。
 椅子ではなく枕の脇に腰掛けると、わずかにベッドが軋むが 彼女は目覚めない。
 顔にかかった前髪を注意深く払って その無防備な寝顔を見守るように、慈しむ目でその頬に触れた。
 柔かい、熱を帯びた肌。
 見た目はビスクドールのように冷たく感じるのに、触れた肌はこんなにも温かい。
「――――・・・」
 まるで吸い込まれるように、彼女の頬にキスする。
 優しく、わずかに触れるだけの、キス。
「・・・そろそろ、戻った方が良いかもしれませんね。」
 自分の無意識の行動に小さく苦笑いをした。
 理性が 少しでも残っているうちに・・・

 クンッ

「?」
 立ち上がろうとしたが、服が何かに引っかかって動かない。
 ふと見下ろすと、服の端をしっかり握って離さない、白い腕。
 グッスリ眠っているはずなのにその力は思ったよりも強い。
「姫君・・・」

 人の気も知らないで・・・

 ギリギリ保つ冷静な心も いつまで持つか分からないのに。
 寝ている人間相手に無茶だとは思うが、危機感が無さ過ぎるのも問題だと思う。
 呆れ混じりの溜息をついて、起こさないように慎重に指を外していった。
 離して、今度こそもう帰ろうと"おやすみなさい"と一言耳元で囁く。

「――――いでね・・・」
「え?」
 その、小さな声に そっと耳を傾けた。
「ずっと傍に居てね・・・ 誰のものにもならないでね・・・」
 そして 一粒の涙が彼女の肌を滑り落ちる。
「リークは・・・ 私の・・・・・・っ」
「・・・・・・」
 寝言だというのは分かっていた。
 けれど その時、自分の中で何かが外れてしまった気がした。

「・・・私はここに居ますから。」
 優しい声で囁くと、彼女の表情が心なしかほころぶ。
 白く細い手が自分の手を握ってきた。
「―――大好き。」
 不意に。花開くように彼女が微笑う。
 自分でも、よく 分からなかった。
 気が付いたら深く口付けていて、抵抗しない彼女は首に抱きついてくる。

 ――――酔っていたせいかもしれない。そんな行動に出てしまったのは。

 その時はもう 何も考えられなくなっていた。




「とまぁ こんな感じで(一部脚色)。」
 あっさらっと言ったルディスとは対照的に、リアの方は耳まで真っ赤になっていた。
「夢だと・・・思っていたのに・・・・・・」
 信じられなさ過ぎて、ずっと突拍子もない夢だと思い込んでいた。
 ・・・あまり覚えていなかったせいもあるけれど。
 あれからリークの様子や態度が変わったわけでもなかったし、そんな素振りすら見せなかったから。

「―――夢だと思っていた方が 幸せだったのかもしれないな。」
 ルディスの呟きに、リアも同意して静かに頷く。
「そう ですわね・・・ でも、仕方が 無い こと ですわ・・・」

 もっと、早く気づけば良かった。
 そうしたらきっと、こんなにもあの方を好きになることは無かったのに―――!


「国に帰るか?」
「え・・・?」
 不思議そうな表情で顔を上げる。
「療養という形でもとって、産まれるまで。・・・半年くらいか。」
 何を言っているのか、リアには理解が出来なかった。
 いや、わかってはいたのだが、頭の方がついて行っていなかった。
「産まれた子の処遇については追々考えるとしても、ここに居るよりは何かと都合がつく。」
 流産したとでも、最初から居なかったとでも。
 これなら妊娠の事も、トリナたちには無理でもシーダー側には隠したままでいられる。
 確かに良い方法ではある。
 あるけれども。
「・・・半年 シウス様と離れる・・・・・・?」

 それが私に耐えられる?

「たった半年の話だろ?」
「そう、ですけど・・・」
 確かに半年はそんなに長いものじゃない。
 一生会えないわけじゃないし。
 でも、人の心が変わるには充分な時間でもあるから。
「帰って来た時、私の居場所は無いかもしれないと思うと・・・」
 だって、私たちの間には確かなものなんて何も無いわ。
 ・・・それは臆病な私が伝えていないのが悪いのだけど。
 そんな私をずっと好きでいてくれる保証がどこにあるの?

「? お前何言って・・・」
 シウスはどう見てもリアのことしか見てないはず。
 言いかけて、ルディスははたと止まった。
「・・・ひょっとして、まだ 伝えてない、とか?」
 顔を引きつらせて言うと、恥ずかしそうにしてリアは頷いた。
 誰もが同じ事を聞いて、そして呆れる。それはルディスも例外ではない。
「お前な〜・・・」
 シウスの手紙から何となくは察していたけど。
 それもずいぶん前の事だったから もうとっくにカタがついてるものだと思っていた。
 今までそれを前提で話していたのだが。
「――― 知ったら追い討ちかけるよな、そりゃ。」
 事も無げに言った言葉はぐさりとリアに刺さる。
 兄様の言葉は常に容赦無い。
「しかし お前らしくないな。何か理由でも?」
 理由?
 伝えられない理由。"臆病だから"以外の理由。
 ・・・理由は、1つだけあったわね。

「言おうとする度 リークの顔が浮かぶの・・・」
「・・・!?」
 あの瞬間、何も言えなくなった。
 悲しそうだった彼の表情、きっと今回の事を示唆してるんだと思ったわ。
 でも、たぶん違ったんだわ。
「シウス様を好きなのは確か。でも私 きっとまだリークも好きなの・・・」
 分かったの。
 アレは私の心が生み出したもの。
 リークを好きな私が否定したのよ。
「こんな、中途半端な気持ちじゃ言えないわ・・・」
 今の私じゃ絶対彼を傷つけるもの。
 だから 言えないの。
 気持ちにはっきり整理がつくまで言ってはいけないのよ。

「お前にはお前なりのワケがあるってことか。」
 問題は それがシウスに伝わらないということだが。
 歩み寄って、ルディスはリアの肩をポンと叩く。
「まぁ このことについては考えて答えを出すと良い。」
「分かり ましたわ・・・」


 でもどうやって選べば良いの?
 全てを隠して半年も離れて 彼の気持ちを手放してしまうのと。
 全てを話して傍に居て 彼を傷つけてしまうのと。
 どちらにしても 私は何かを失ってしまう。

 どうしてもっと早く伝えなかったの?
 どうしてもっと早く気づかなかったの?
 どうしてもっと・・・ 勇気が持てなかったのかしら・・・


 ---------



「あ。ルディス殿下、リア姫様♪」
 心躍らせたように楽しげな声で、気づいたトリナが顔を上げた。
「お話はもうお済みですか?」
「あ、あぁ・・・」
 中庭の噴水前、黒く磨き上げられたベンチの周りに輪になるように彼女たちは居る。
 今日はそれほど陽射しが強いわけでもなく、日陰に居なくても噴水の傍に居るだけで充分涼しい。
「・・・・・・レンは?」
 一緒に居るはずの自分の従者が見当たらない。
 ルディスが辺りを見回すと、彼女たちは顔を見合わせてクスクスと笑い出した。
「?」

「王子〜〜〜っ!」

「うわっ!?」
 彼女たちの間から突然出てきた影が彼に飛びつく。
 その正体が何であるか、2人ともすぐに分かったことは分かったのだが。
「え・・・・・・」
 リアは笑うこともできず、なんとも言えない気持ちで複雑な表情になってしまった。
 彼に間違いはない。間違いはないのだが・・・
「レ、レニーク? 貴方、その・・・ それどうしたの・・・?」
 白を基調に深緑の縁取りをされた服は従者のそれ。
 けれど銀糸の髪はいくつにも編みこまれ、束ねて結い上げられている。
 見事に化粧まで施され、服に気づかなければ違和感は感じない。
「姫君〜・・・」
 ルディスに抱きついたまま、涙目でリアの方を見つめる。
 恥ずかしさに頬を赤らめ、少し上目遣いで。
 リアはどう返したら良いものか 困ってしまった。

 ・・・可愛いと言ってしまったら、傷つく かしらね・・・・・・

「・・・えーと。あの、ごめんなさいね?」
 うちの娘たちが無理矢理そんなことしちゃって。
 正直な感想を隠して、彼には誤魔化しの苦笑いを向けた。
 "可愛い"なんていう言葉は、男性にとって最も言われたくないことだと思ったからだ。

「ハイハイ、災難だったな。」
 彼の頭をポンポンと叩きながら 溜息交じりでルディスが慰める。
「男相手に何やってんだか・・・」
 呆れたような声に 彼女たちは「だって、」と口を揃えて笑う。
「レニーク様の肌って 化粧のノリが良さそうだったんですもの。」
「髪も柔かくって遊び甲斐があります♪」
 サラサラストレートの髪、きめ細かいスベスベのお肌。
 女性にとっては憧れそのもの。
 だけれど彼にしてみれば コンプレックスにしかならない。
「あまり 嬉しくない、デス・・・」
 ガクリと肩を落とすレンを見て、ルディスは苦笑いしか出なかった。



「・・・ヒトんちの庭で何してんのさ 君ら。」
 楽しそうな笑い声が聞こえたと思って来てみたら。
 全員がこんな所に居て。
 呆れ果てた声が後ろから投げかけられて、ルディスを除く全員がビクリとした。
「シ、シウス殿下っ!?」
 慌てて5人は礼をとり、レンもルディスから離れてその場に膝をつく。
 リアは咄嗟にルディスを背にして隠れていた。

「もう終わったんだね。」
「今さっきだけどな。そろそろそっちに行こうかと思ってたところさ。」
 王子同士で挨拶を交わした後、シウスの視線は彼へと向く。
 今は下を向いていても、さっきすでに見てしまっていた。
「・・・また、ずいぶんと美人になったね。」
 苦笑いで言われてしまって、レンは真っ赤な顔で「ハァ・・・」とだけ呟く。
 そこで思い出して、ルディスは面白そうに笑いながら彼を立ち上がらせた。
「あ、コレ リークと同じ顔ね。レンはリークの弟。」
「えっ!?」
 確かに同じ銀糸の髪。
 そして 最初に見た素顔はすぐに思い出せるほど印象的で。
 リアが話す"彼"のイメージにとても近かったから。
 まさかとは思っていたけれど。
 シウスはもう1度彼の方を見て、深い深い溜め息をついた。

 反則だろう これは・・・

 リアが容姿で惚れたわけは無いと分かってはいても。
 ルディスをここまで有能に育てたのは彼で。
 剣の腕も諸国に名を轟かせるほど有名で。
 人望ももちろん厚かったと聞くし、ルディスの信頼もかなりのもので。
 彼に欠点というものはあったのだろうか。
 そして、彼に勝とうと思ったのは 自分の大きな過ちだったんじゃないだろうか・・・

「あ、あのー・・・?」
 自分を見たまま固まってしまったシウスを、心配そうにレンは見ている。
「え? あ、すまない・・・」
 それに気づいて シウスはハッと我に返った。

 そう簡単に勝てないことは分かっていたはず。
 自分は自分なりにやっていこうと決めたはずだ。

 シウスは気を取り直してレンに問いかける。
「―――兄君の後を継いで どう?」
「え、あ、嬉しい です。兄は私の憧れでしたから。」
 素直に返ってきた返答にシウスは感心した。
 彼は純粋に 彼の兄を尊敬しているのだろう。

 アコガレ、か。
 彼はそれに値するだけの立派な「兄」だったのだろうな。
 それに比べて・・・
 いや、今はそういうことを考えるのはよそう。

「これから会う機会も増えるだろうし、君がどう成長していくのか楽しみにしているよ。」
「・・・恐縮です。」



「さてと。」
 1番言いたかったことをそろそろ言おうかな。
 そしてくるりと向き直る。
「・・・・・・・・・さっきから何してんの? リア。」

 ギクッ

 分かってはいたけれど。やはり無理があったようだ。
 その他の視線もリアに集まる。
「別に何話してたかとか聞いたりするつもりはないよ?」
 まるで警戒している小動物相手のような口振りだ。
 けれどリアは動かない。
 いや、動けなかった。

「リア〜?」
 諦めず控え目に呼んでみるけれど、やっぱり彼女はそのままで。

 ・・・葛藤してるな。

 そう思いながら 唯一秘密を知る兄は、心で深い溜息をついた。

 今のリアにはけっこう酷か。

「―――ルディス、リアがなんか変なんだけど・・・?」
 事情が分からないシウスは首を傾げるばかり。
 見かねてルディスは 背後で自分の服を引っ張っている彼女を肩越しに見下ろした。
「みたいだな。なぁ リ―――・・・」
 言いかけて、ルディスの表情がわずかに歪む。
「ん? どうかした?」
「ちょっと待って。」
 くるりと返って彼女の両肩を軽く揺する。
「大丈夫か? 汗、すごいぞ?」
「あ、ええ・・・」
 顔面蒼白で彼女は生返事だけを返す。
 今はそれどころではなかった。
 下腹部を両腕で押さえ、またその肩はガクガク震えている。

 お腹が 痛い。
 身体中の震えが止まらない。
 目の焦点も合わなくなって視界が歪む。
 何が起きているのか自分でも分からない。

「兄―――・・・」
 がくんと力が抜けて崩れ落ちたリアを、咄嗟に支えて受け止める。
「おい!? リア!?」
「リア!!?」
 シウスも驚いて駆け寄ってきて、場は騒然となる。
 けれど、意識が遠のいていくリアにはどうすることもできない。
 深い深い闇の中へ落ちていくのを感じながら、兄たちの声を遠くに感じて聞いていた。




「・・・・・・大丈夫か?」
 次に意識がハッキリした時、最初に目に入ったのはルディスの心配したような顔だった。
 いつの間にか自室のベッドに寝かされていて、事態が飲み込めないリアは不思議そうに兄を
 見る。
「あ れ・・・ 私・・・・・・?」
「―――過度の精神的な圧力は"今の"お前には危ないんだとさ。まぁわりとすぐに目が覚めて
 良かったよ。」
 正直 この前と同じになるんじゃないかと心配していた。
「・・・どれくらい?」
 ゆっくりと起き上がって、乱れた髪を軽くかきあげる。
「1、2時間。さっき他の奴らのパニックも収まったところだ。」
 とりあえず1番冷静だったルディスが看ていることにして。
 他はまず最初に落ち着け、と彼に言われた。
「・・・心配 させてしまったのね。後で謝らなきゃ・・・」

「難しかったか?」
 ふと、ルディスが聞いた。
 他に原因は考えられないから。
「いえ・・・」
 リアは静かに首を振る。
「裏切ることの辛さを知っただけですわ・・・」

 無理に話を聞こうとはしない彼の優しさを改めて知って。
 さらに自分が小さな存在に思えた。
 私は彼に相応しくなんか無い。
 私は貴方を裏切っている。嘘をついている。
 ・・・最初から、選ぶことなんてできなかったのね。
 だって、耐えられないもの。

「・・・最初から何も望まなければ良かったのかしら。」
「リア・・・?」
 そうすれば、こんなに悩むことも無かったかもしれない。

 私だけ、幸せになっちゃいけないわよね、リーク。


「―――私、シウス様とは会わない。」

 もう 甘えちゃダメよね。

「嫌われても良いから、絶対に隠し通す。」
 シウス様にはバーベナ姫のような本気で愛してくれる女性も居る。
 気持ちで負けたとは思わないけれど、悔しいけれど、この場は引くことにするから。

 ・・・本当は負けてるのかもしれないけれど。
 2人を同じくらい好きだなんて、そんなこと知ったら彼女は怒るでしょうね。
 あんなに自信を持って言ったのに。
 でも私の中のリークの存在は大きかった。
 1番は変わってしまっても、忘れられない人だったの・・・

「・・・お前は それで良いのか?」
「・・・・・・嫌だけど。・・・仕方がないわ。」
 これは私に対する罰。
 貴方を置いて幸せにはならない。
「バレたら死ぬ覚悟で。本気だから・・・・・・」 

 傍に居たいの。
 遠くから見てるだけでも良いから。
 私に幸せになる資格が無いのなら、せめて見ていたい。

 貴方の幸せを祈ってる。
 たとえそこに私が居なくても・・・




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