もしもの話
      〜夕鈴のバイトが本当に終了したら〜




[ 4.臨時補佐官の宣言 ]


 だから言ったのだ…

 噂が方淵の耳にも届いた時、最初にそう思った。
 寵など一時の幻。
 それで傷つくのは彼女の方だと。

 彼女は泣いたのだろうか。
 今も泣いているのだろうか。

 しかし、自分にそれを知る術はない。




『教えて下さらないのなら自分で探します。』
 李順殿が人払いをしていたが、それでも聞こえた彼女の声。
 氾家の娘は陛下にはっきりそう告げた。
 理由は、ただ会いたいから。

 そうだ。―――会いたいなら、会いに行けば良い。













「夕鈴の居場所を知りたい?」
「はい。」
 休憩の時間を見計らって、方淵は政務室の椅子に座る陛下の前に立った。
「氾家の娘に頼まれたのか?」
「いえ。知りたいのは私です。」
 きっぱりとそう答えれば、虚をつかれたような顔をされた。
 …今までのことを思えば当たり前だとは思うが。
「何故お前が知りたい? いなくなって清々していたのではないのか?」
「私もそう思っていました。しかし違っていたようです。」
 彼女と反発し合っていたのは、互いに真っ直ぐだからだ。
 真っ直ぐに陛下を愛する彼女だから、裏切られて傷つくのを見たくなかった。
 今ならそれが分かる。
「教えていただけないのなら探します。柳家の力を使ってでも。」
 氾家の娘と同じことを口にする。傍らに控える李順殿も目を丸くしていた。
 それでも前言を撤回しようとは思わない。

 今まで家の力を行使したことなどない。
 だがそれを捻じ曲げても彼女を探し出そうと思った。

「探しだして、お前はどうするんだ? あの娘のようにただ会いたいと言うのか?」
 単なる疑問だったのか試されていたのか。
 どちらでも構わない。告げるのは正直な心の内。
「…探し出したら、我が家に迎えます。」
「方淵?」
 思いがけない言葉にわずかに陛下の表情が変わる。
 自分でもおかしなことを言っていると思うが止められなかった。
「陛下が要らないと捨てたものを私が拾い貰い受けても問題はないでしょう。」
 それが何を意味するか、気づかないほど陛下は鈍くない。
 沈黙する彼を置いて、言うだけ言った方淵は深く頭を下げた。
「それでは失礼します。」








「…氾家と柳家が本気を出したら見つかるのも時間の問題では。」
 脇に控えていた李順も少々驚いた様子で方淵を見送っていた。
 どちらも大貴族だ。
 まさか彼女が下町にいるとは思わないだろうから時間はかかるかもしれないが、それでも
 いずれは見つかるだろう。

「…いつの間に夕鈴はこんなに愛されていたのかな。」
 氾紅珠には怒られ、方淵からはライバル宣言。
 彼女に付き従うように辞める者がいるほど女官や侍女にもあんなに慕われていた。
「バイト期間が長すぎたんですよ。…と言いたいところですが、彼女が愛されるのはその
 人柄故でしょう。」
 李順は彼女がいなくなってから彼女に優しくなった。
「他の者ならここまで長く勤めることもなかったでしょうし、こんなに慕われることもな
 かったと思いますよ。」
 …いや、彼は何事にも公正なだけだ。だから、李順が言うことが一番正しいのだろう。

「どうしようかなー… このままだと夕鈴と方淵が結婚しちゃうな……」
 その前に几鍔が止めるとは思うが。
 …ああ 他にもいたなと思う。彼女は本当に愛されている。



『期間の延長はしません。』
 はっきりと告げた彼女。
『もう演技を続けることができません。だからこれが最後です。』
 納得できなかったけれど、彼女の決意が揺るがないことを知って引き止めるのを諦めた。

 結局僕は夕鈴にどこまでも甘いのだ。



「悠長に構えてるところ悪いんですが、彼女が見つかれば臨時花嫁で庶民ということがバ
 レてしまいます。」
「別に良いんじゃない? むしろ彼らがそれを知った時の反応が楽しみだ。」
 びっくりするだろうなぁとのんびり笑う。
「…遊ばないで下さい。」
「遊んでないよ。でもあの2人なら夕鈴のことを知っても変わらないだろうし。」
 狼陛下も恐れずに真っ向から対抗した2人なら、きっと。
 そして夕鈴のためを思うなら、たとえ真実を知っても秘密のままにしておくだろうという
 ことも。
「―――でも 夕鈴には知らせた方が良いのかな。突然2人が来たらびっくりするよね。」
 びっくりどころの話ではないのかもしれないが。
 その呟きに李順が呆れる。
「どうやって知らせるおつもりですか?」
「……あ。」
 そこまで考えてなかったと答えると、適当に言わないで下さいと怒られた。







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夕鈴←方淵フラグ立ててみました。
有り得なくはないんじゃないかなーと。
気に入らないのも確かなんでしょうが、心配もしてたんじゃないかなとか。
ちょっと妄想入ってます。
…てか、この話自体全部妄想詰め込んでるんですけどね(笑)

2011.1.4. UP



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