もしもの話
      〜夕鈴のバイトが本当に終了したら〜




[ 8.同じだけど違う日々 ]


 陛下が妃を連れ戻したという噂も、去った時と同じくらいの速さで広まっていった。
 複雑な思いを抱く者もいたが、多くは納得したようだった。





「戻ってきたのか。」
 久しぶりの政務室に向かう途中、夕鈴はばったり方淵に出くわした。
 目が合った途端に思いっきりしかめっ面をされたが、それすらも夕鈴は懐かしく思う。
「ご心配をおかけしました。」
 今回ばかりは睨み返さずに夕鈴は丁寧にお辞儀をして答えた。
 彼も探してくれたのだと陛下に聞いていたから。
「全くだ。」
 相変わらず愛想も何もないその返答だけど、何故かホッとする。
 彼は何があっても揺るがない。それがとても嬉しかった。

「…そういえば方淵殿。私を探してどうなさるおつもりだったのですか?」
 紅珠の理由はなんとなく分かる。
 彼女は素直で、純粋に夕鈴を慕っているから。
 けれど、会えば睨み合う彼が探していた理由は考えても分からなかった。
 素朴な疑問として彼に尋ねれば、その彼は驚いたような顔をした。
「…陛下から聞いてないのか?」
「ええ。貴方と紅珠が私を探しているとしか。」
「そうか…」
 珍しく方淵は少し逡巡する。言いよどむ彼を見るのは初めてだ。
 何か深いわけでもあるのだろうかと、返事が返ってくるのを待った。

「私が、」
 ようやく口を開いた彼をじっと見つめる。
 何を言われるのだろう。
「私が、貴女を見つけたら―――…」


「何をしている?」
 不意に後ろからふわりと包み込むように抱き込まれた。
 夕鈴にそれをできるのはこの王宮で1人しかいない。
「陛下っ!?」
 驚き慌てる夕鈴と違い、方淵はさっとその場に控える。
「何か面白い話でもしていたのか?」
 腕の中に囲われたまま、妃に甘い狼陛下が優しく笑んだ。
 それに心臓がぎゅっとなるけれど、方淵が睨んでいる気がして何とか演技を思い出す。
「いえ、ただ方淵殿にもご心配をかけてしまったので、お詫びを……」
「ああそうだ。その件に関しては私からも礼を言わなくてはな。」
「は…」
 夕鈴から方淵に視線を落とした陛下は、普段は見せない柔らかい表情を向けた。
 それに少し驚きつつも夕鈴は声には出さずに2人を見守る。
「一時の感情で夕鈴を手放してしまったが、お前の言葉のおかげでやはり彼女が大切な
 のだと気づけた。」
「それで御自らお迎えに?」
 噂は方淵の耳にも届いていたようだ。
「他人に行かせても帰って来てはもらえなさそうだからな。」
「まあ そのようなことは…」
 腕の中で恥らうと陛下は甘く笑いかける。
 2人だけなら今更作るなと方淵は言っただろうが、陛下の前だからとそこはさすがに慎
 んだようだった。
「お前のおかげだ。礼を言う。」
「私は何もしておりません。」
 一度方淵は瞑目して、再び顔を上げる。
「ですが、次があればまた同じことを言うでしょう。」
 狼陛下を恐れず真っ直ぐに言葉をぶつける方淵を 彼は殊の外気に入っている。
 面白いと小さく笑ったのが夕鈴にも分かった。
「覚えておく。」
「はっ」







 その後、方淵は先に政務室に行ってしまった。
 気を遣ったのだろうと黎翔が言うと、夕鈴はあまり信じてなさそうな微妙な表情をして
 いたが、反論はしなかった。
「ところであの人は陛下に何を言ったんですか?」
 興味を持って尋ねてくる彼女に悪戯っぽく舌を出す。
「ないしょー」
「ええっ?」

 敵に塩を送るようなことはしない。
 それで夕鈴が意識しても困るし。

「あ、そういえば続きを聞くのを忘れてた…」
「良いんだよ、夕鈴は知らなくて。」
 方淵が夕鈴に言おうとしていた言葉と僕に言った言葉は同じだ。
 だから止めたのだから。
「気になるじゃないですか!」
 僕の意図に気づかない彼女は内緒にされたことに憤慨している。
 このままだと彼女の方からまた方淵に聞きかねない。
 それはちょっと困ると思った。

「―――君は私の妃だ。他の男の言葉に耳を傾けるな。」
「!!?」
 耳元で甘い言葉を囁く。
「君が欲しい言葉は私が全て与えよう。だから他の男の言葉は必要ない。」
「ど、どこからそんな言葉を…っ」
 夕鈴は真っ赤になりながら悔しそうな顔をする。
 やっぱり夕鈴は見ていて面白い。
 クスクスと笑うと、彼女はぴたりと怒りを収めた。


「……笑えてますね、陛下。」
「そうだね。夕鈴のおかげだ。」
 そう言ったら彼女は泣き笑いのような表情を浮かべる。
 なんだか複雑そうだ。
「私だけが貴方に笑顔を与えられるなら、それは私の誇りです。」
 それだけが彼女がここにいる理由なのだと。
 その優しさ故に彼女はここへ戻ってきた。
「…でも、いつかは誰にでも自然に笑えるようになると良いですね。」

 "狼陛下"が必要ではなくなるほど平和な世の中になれば。

 それは彼女が願う 僕のための夢。
 けれど叶えばまた彼女を失う。
 僕は両方を手に入れることはできない。

 夕鈴、君はやっぱり永遠を信じないんだね。
 ずっとここにいるとは絶対言ってくれないんだ。


「……陛下、お仕事の時間ですよ。遅れると私が睨まれます。」
 見つめる視線から目を逸らして、夕鈴が一歩先に進む。

 彼女が目を逸らしたいのは"何"だろう。

 教えてくれない背中を黙って見つめた。







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同じじゃないのは、表には見えない部分。それぞれの気持ち。
なんだかみんなで片想い?

方淵も夕鈴を探していたはずなんですが、陛下が見つけたからいっかって感じ。
奪おうとは思ってないわけです。だって彼女はお妃だから。
臨時花嫁だと知ったらどうするんでしょうね?

で、次回がラストです。

2011.1.8. UP



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