誰のもの




[ 2.隣国からの来訪者 ]


 時は昨日の午前中に遡る。
 隣国からの使者を謁見の間で出迎えた陛下の隣には、珍しく妃の姿があった。
 使者側から、お妃様に献上したい物があるからお会いしたいという申し出があったから
 だ。

 ―――そんなわけで、陛下唯一の寵妃 夕鈴は、今までになく緊張していた。
 他国の使者と会うなんて初めてのこと、何かやらかさないかと自分自身にひやひやして
 いたのだ。

 姑のような陛下の側近殿に数日前からしごかれていたとはいえ、振る舞いは付け焼刃に
 近い。
 後は笑顔で誤魔化せと言われていた。



「それで 妃への品とは?」
 演技なのか本当に不機嫌なのかよく分からない仏頂面で、足を高く組み肘置きに頬杖を
 つく狼陛下は使者を見下ろす。
 多くの者は怖気づくその姿に、使者はわりと平気な様子でそれを前に差し出した。
「こちらでございます。」

 差し出されたのはいくつか重ねられた布地の束。
 どれも鮮やかな色合いで繊細な刺繍が施されている。
 その中の1枚を使者が広げてみせると、周りからは感嘆の溜め息が漏れた。

 夕鈴もまた、その布地に魅入ってしまう。
 しかし、夕鈴の目を惹きつけた理由はそれだけではなかった。
 美しく印象的なそれに夕鈴は見覚えがあったのだ。

「あ…」
 思い出したと 思わず漏れた呟きに使者はにこりと笑う。
「はい。お妃様がお気に召されたと聞き、お持ちいたしました。」
 やはり以前氾家から献上された物だ。
 この国のものだったのかと、初めて知って驚く。
「ありがとうございます。」
「お妃様の麗しい笑顔のためなら安いものです。」
「まあ。」
 社交辞令だと分かりつつ、こちらも作り笑顔で返してみせた。
 …だって 李順さんからの視線が怖いし。



「―――貴殿は我が妃を口説きに来たのか?」
 狼陛下の静かな声に 場の空気の温度が一気に下がる。
 よりによって狼陛下のご寵妃に手を出すなんてそんな恐ろしいことを誰がするのか。
 誰もが言葉を失う中で、使者は今度も動じることなく顔を上げて謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ありません。そのようなつもりは一切なかったのですが… 陛下は本当にお妃様
 を愛しておられるのですね。」

「…ああ。私が初めて愛した唯一の妃だ。」
「っ」
 演技だと分かっていても痺れるような甘さに 夕鈴は顔が赤くなるのを止められない。
 そしてそんな彼女の態度は、周りに2人の仲の真実度を高めさせるのだ。


「それは良いことです。お世継ぎが楽しみでございますね。」
 使者は深く笑んでそう言った。





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名前は出ない使者さん。陛下の眼光にも怖じ気づかない不思議な人です。
最初っから陛下は不機嫌なようですね。

2011.4.30. UP



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