誰のもの




[ 4.怒りの矛先 ]

 ※それなりの描写がありますので、ご注意ください。




「陛下!?」
 陛下の部屋付の女官達の戸惑いも意に介さず、彼はずんずん奥へと進む。
 何事かと彼女達の視線を受けても、夕鈴すら分かっていないのだからただ見返すしかで
 きなくて。
 狼陛下を呼び止めることができる者などその場にはおらず、2人の姿は奥へと消えた。




「きゃっ」
 連れて来られたのは彼の寝室で、寝台にいささか乱暴に放り出される。
 眩暈を覚えつつも夕鈴が起き上がろうとする前に今度は寝台に抑え付けられた。
「なん…っ」
 抗議の声は彼の顔を見た瞬間に掻き消える。ぞくりと背筋が冷えた。

 見下ろす瞳は暗く底知れない。
 
 狼陛下だ。甘い方ではなくて、恐ろしい方の。
 でも、どうして?

「――――夕鈴。君は何をしていた?」
 低い声にびくりと体が強張る。
「何って… 使者の方と、話を……」
「ずいぶん楽しそうにしていた。」

(楽しそうに…?)

 確かに楽しかった。
 でも、それでどうして陛下が怒るの?

 それが表情に出ていたのか、彼の機嫌がますます悪くなる。
「った……ッ」
 片手で腕を頭上で纏め上げられ、力任せに掴まれた痛みに顔を顰める。
 優しさの欠片も見せない扱いに彼の怒りの度合いが知れた。


「君は自分を分かっていない。」
 ぎしりと寝台が軋んで、彼の身体が覆い被さる。
「陛下!? いや…ッ」
 心臓が波打ち、本能が身の危険を感じ取った。
 思わず反らした首筋に焼けるような痛みが走る。
 少しずつ降りていく熱い息が肌にかかる度、身体はびくりと震えた。


 怖い。
 陛下が知らない人みたいで。

 ぼろぼろと涙が零れたけれど、陛下の手は止まらない。
 何をされるのか分からない。
 怖くて何も言えなくて。


「ッ!?」
 今度は冷たい手が胸元に触れた。
 肌を滑ったその手が襟元にかかり、ぐっと引かれて肩が露わになる。
 唇はそこへ降りて、また熱を落とされた。

「へい か…っっ」
 熱さと冷たさ、両極端なものを与えられて頭が混乱する。
「あ… や…っ」
 怖い。知らない。
 初めて感じる感覚に身体が震えた。


 このひとはだれ
 わたしがしる あのひとはどこ

 こわい、
 しんぞうがこわれそう…


 ぎゅっと目を瞑って、ただただ時が過ぎるのを待つしかなくて。
「―――そんなに嫌か…」
「……?」
 呟きとともに重みが消えた。
「陛下…?」
 力が抜けてしまった夕鈴に背を向けて彼は寝台から降りる。
 その時に柱に触れて垂れ幕が下ろされ、薄布の向こうに彼の姿は消えた。

 どこに行くんだろう。
 私を置いて、彼はどこに何をしに行く気なの…?

「っ!」
 パチンと何かが弾けて意識がはっきりする。
 途端にがばりと跳ね起きた。

「陛下っ!?」
 けれど声に応えは返らない。


 取り残された兎が一匹。
 消えた狼の残像を追いかける術はなく…





→次へ





---------------------------------------------------------------------


ここを書きたいが為の話でした。ブラック降臨。
ここがなければ表でも良かったのかもしれませんが。

2011.4.30. UP



BACK