誰のもの




[ 5.使者と陛下 ]


 不快だ。

 彼女は私のもの、あの笑顔も私だけのものだというのに…
 邪魔な男は後を絶たず、彼女は誰にでも笑顔を向ける。

 不快だ。―――何もかも。

 彼女が人が善いのは知っている。
 いつも誰かを庇っている。
 だが、時に疑いたくなることもあるのだ。

 彼女の心は私でも縛れず、いつ離れていくかも分からない。
 私以外の誰かを選ぶ日が来るかもしれない。

 それが、今この時だとしたら――――





 後宮から出てすぐの回廊に、使者は1人で待っていた。
 黎翔の姿を認めると、彼は深く礼をする。
「何かご不興を買ってしまったようでしたので。お詫びをするべきかと思い、お待ちし
 ておりました。」

 何故だかこの男は私がどんなに睨みつけても動じない。
 今にも腰に佩いた剣で目の前の男を刺しそうな目をしているというのに。
 それが私をイラつかせ、全ての言葉を白々しく感じてしまう。

「―――貴殿は同盟をより強固にするために来たのではないのか? それとも壊しに来た
 のか?」
「もちろん末永く良い関係を続けるために参りました。」
「ならば何故、彼女に近づいた。」

 私がどれほど彼女を愛しているのか気づいているだろうに。
 私から彼女を奪おうとする愚かさを、この男が知らないことはないはずだ。

「…陛下は、あの方を愛しておられても信じてはおられないのですね。」
 その顔は誰に向けての同情だったのだろうか。
「何?」
「それではお妃様がお可哀想です。あの方は陛下のことを一生懸命に思っておられるの
 に。」

 彼はこの私に向かってため息をついた。
 恐れ知らずなのか単に何も考えていないのか。

 けれど彼の目は強く真っ直ぐにこちらを見据えている。
「私との仲を疑っておられるなら、今すぐあの方のところへ戻られて謝るべきです。」
 咄嗟に何も言い返さなかったのは、彼の言葉が彼女のためのものだったからだ。

 私の疑いを的確に理解し、そして否定した言葉。
 悪いのは私の方だと、この男は言うのか。

「お妃様はただご自分の仕事をされていただけのこと。客をもてなしておられただけで
 す。」
「それは彼女の仕事ではない。」
 しかし、自分の方が彼女を理解していると言わんばかりに言われてしまっては、さすが
 に黙ってはいられなかった。
 きっぱりと否定したが、使者はさらにまたそれを否定する。
「仕事ですよ。"后"の、立派な。王の代わりに客をもてなすのは后の役目でしょう。あ
 の方は立派に果たされていましたよ。」

 愛妾としての"妃"ではなく、王に並び立つ"后"としての務め。
 使者は夕鈴にそれを認めたのだ。
 …この国の誰も認めないことを、異国の者である彼が初めて認めた。

「あの方のおかげで私は堂々と国へ帰れます。同盟を続けるための縁談など不要だと言
 えますから。」
 彼のどこまでも冷静な言葉に、黎翔も頭が冷える。
 冷静さを見失い、正しい判断ができていなかったのだとようやく気づいた。


「―――陛下は実に立派なお妃様をお持ちですね。」

 最後に彼はあの笑みを浮かべる。
 今度はそれを素直に受け取ることができた。




 彼女のことになるといつも自分は調子が狂う。
 李順が知れば何と言ってくるか。

 けれどもう止められない。
 私はそれほどまでに彼女に溺れている。

 それを改めて思い知らされてしまった。





「…貴殿には詫びを言わねばならぬな。後で何か品を届けよう。」
 今までの非礼も込めてと言うと、彼は必要ないと首を振る。
「お詫びなら私ではなくお妃様に。―――きっと今頃泣いておられるのでは?」

 痛いところを突かれた。
 さすがの狼陛下も苦笑いしか出ない。

「では、貴殿の言葉に甘えて彼女に謝り倒してくるとしよう。」
 今にも刺しそうな気配を完全に静めて、黎翔は苦笑いのままに背を向けた。








「―――あんな顔もされるのだな。やはりあのお妃様だからか。」
 あの方の代わりはきっと誰もできない。
 残された彼も苦笑いをしてその場を後にした。





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この人強いですね… 国でもこんな感じなんでしょうか。
陛下もようやく冷静さを取り戻しました。

2011.4.30. UP



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