勿忘草の花言葉 -5-




 後宮に入ってすぐの廊下で夕鈴に会った。
 今は部屋か庭しか行かない彼女がこんなところにいるなんて珍しい。


「陛下!」
 黎翔の姿を見つけた途端にぱっと夕鈴の表情が華やぐ。

 ただ、今は無条件の信頼が少し痛い。
 ―――気づいてしまったから。
 彼女が黎翔を慕うのは、自分が妃だと思っているから。
 愛し愛される関係だと思い込んでいるからだ。

 それでも向けられる笑顔は眩しく見えて、そのまま連れ去りたくなった。

「夕鈴…」
 風に流れる髪に触れるに留めて、名前を呼ぶ声にありったけの愛を込める。
「どこに行こうとしていたんだ?」
 そうして黎翔が尋ねると、何故か彼女はポッと赤くなった。
「じ、実は… 陛下のお迎えに…」
 意外な返事に思わず手を止める。

 そんなことをしなくても、僕は必ず君のところに行くのに…

 行為の意図が分からないと疑問の表情を向けていると、彼女は恥ずかしげに目を伏せた。
「今日は早いとお聞きしたので… あの、ご迷惑でしたか?」
 そっと、上目遣いで聞いてくる。
 どこでそういう仕草を覚えてくるのか。

「―――どこまでも可愛い妃だ。」
 甘く微笑んで引き寄せる。
「戻ろう。」
「はい。」
 素直に身を寄せてくる彼女の肩を抱いて、彼女の部屋に足を向けた。





「いつもの侍女は?」
 ずっと気になっていたのだが、彼女の後ろにはいつもと違う女が控えていた。

 ちりんと鳴る涼しげな音は彼女の耳飾りからのようだ。
 どうしてか、妙に耳に残る音だった。

「陛下をお迎えする準備で忙しそうにしていたので。」
 特に疑問に思った様子もなく夕鈴は答える。

(考えすぎか…)


 2人の背を見つめる侍女の視線の意味には、誰も気がつかなかった。















『忘れないわ』

 ちりん
 鈴が鳴る。

『絶対に、忘れない』

 私を救ってくれた貴方
 私は貴方のもの


 貴方のためになら、私は――――















「前日を中心に、夕鈴殿が熱を出されたことを含めていつもと違う点がなかったかを聞き
 取りました。」
 報告書を広げて李順が詳細を説明する。

 彼女が記憶をなくして数日。
 多忙な仕事の合間をぬっての調査だった為、さすがの李順も思った以上に時間がかかった
 らしい。
 しかし他の者に任せるわけにもいかず、黙って今日まで待っていた。

「それで夕鈴殿に近い侍女にも確かめたところ、いくつか気になる点を見つけました。」
「直接話を聞きたい。」
 黎翔が言うと、李順は心得たという風に頷く。
「分かりました。」
 すでに待たせてあるということで、2人はその侍女の元へ向かった。







「…は、はい。お妃様は数日前から眠れないとおっしゃっておられて。そうしたら侍女の
 1人がお勧めのお茶があるからと。」
 おそるおそる、侍女は黎翔の問いに答えて話す。

 黎翔に怯えさせる気がなくても、いつも目の前で妃に甘い彼を見ていたとしても。彼女か
 らすれば、狼陛下は狼陛下。
 彼を前にすれば誰でも怯えて震えてしまう。
 当然の反応なので今更その程度では黎翔も気にならなかった。

 それを考えると、怖がりながらも近づこうと努力する夕鈴はやはり特殊なのだろうと思う。

 ……今、彼女にとても会いたいと思った。
 他人のために泣いて怒る"彼女"に。今すぐ、無性に会いたかった。


「それはどこにある?」
 そんな胸の内はおくびにも出さず、問題の物を見たいと言う。
 もしかしたら無関係なのかもしれないが、他に変わった点がなかった以上は確かめる必要
 があった。
 それを飲んだ夜に熱を出したのだから可能性はゼロではない。
「こ、こちらです。」
 すると侍女から茶器が並ぶ棚に案内された。




「あら、ないわ。」
 一通り眺めて、彼女は首を傾げる。
「自分がぐっすり眠れたら陛下にも差し上げたいからと、お妃様がここに置かれたはずな
 のですが。」
 目に留まるような派手な柄だったから見間違えるはずはないと彼女は言う。

「その茶を勧めた女は?」
「え…と、青い花と鈴の耳飾りをした…」

 脳裏に鈴の音が聞こえた。

「あの女か!」

 あの時感じた違和感。
 鈴の音色が聞こえたと呟いた腕の中の夕鈴。


「すぐにその女を探せ!」
 李順に命じると同時に、黎翔は誰が止める間もなく飛び出した。












 女を探す最中に、先に夕鈴を見つける。
 散歩でもしていたのか、外を挟んで反対側の回廊に彼女の姿が見えてホッとした。


「あっ 陛下!」
 目が合った彼女が嬉しそうに黎翔を呼ぶ。
 元気に手を振ってくるので、それにこちらも笑って振り返した。

 回り込むのは面倒なので横切るために外に降りる。
 とにかく今すぐに彼女の元へ行きたかった。

「ゆ、――――!!」
 その背後に目をやり、黎翔の顔色が変わる。
 即座に地を蹴ったが2人の間には距離がありすぎた。

「え…」
 不思議に思ってふり返った彼女を黒い陰が覆う。

「夕鈴!」
 必死で手を伸ばしても、その手は彼女までは届かない。


 闇色の中で、鮮やかな紅色が歪んだ笑みを形作る。
 隙間から見えるのは、青い花の耳飾り。


「へい…ッ!」

 黎翔の目の前で、鈴の音と共に2人の姿は消えた。





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連続更新、日曜日は長編UPです。(土曜日は短編2つ)
って、うわっ 開けすぎました スミマセン!!(汗)
自分のネタよりリクのネタの方がやっぱり面白いんですよねー…

今回1番書きたかったのは最後。
目の前で浚われるってゆーのは、ずっとどこかで使ってみたかったネタです。
この後は陛下大荒れ警報発令です☆
最後まで話の流れができているのでさっさと書き上げたいんですけど…
うん、頑張ります。…残り2話なので、6月中には終わらせたいところ。

2011.5.29. UP



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