初恋の行方 -3-




「鈴花様。宰相様から伝言です。」
「李順から!?」
 李順からということで思いきり反応した鈴花に、伝言を持ってきた侍女―――碧香月は思
 いきり呆れた顔をした。
「…何か、大事な話があるそうですわ。」
 それでもきちんと仕事をする辺りは、さすが華南の娘というところだろうか。

「大事な話? 何かしら?」
 思い当たる節がなくて首を傾げて考える。
 そんな鈴花を前にして、香月はコホンと咳払い。
「鈴花様…顔が緩んでますわ。」
「あら… でも、仕方ないじゃない。」

 何てったって李順からの呼び出しだ。心躍るのも仕方ないと思った。
 他の誰かからなら疑い警戒するところだけれど、信頼厚い侍女兼親友が直接聞いたという
 のなら疑いようはないし。

「すぐに行くわ。」
 即座に答えて彼女に着替えの準備を頼む。
 盛大な溜息をつきながらも、彼女は文句は言わずにハイと答えて出ていった。






 今日の衣は季節に合わせた涼しげな空色。
 この前仕立て上がったばかりの新作だ。…まあ、李順は絶対気づかないだろうけど。

「―――本当に、あんなおじさんのどこが良いんですか?」
 鈴花を鏡台の前に座らせて、香月は鈴花の黒髪を丁寧に櫛で解きながら不満を漏らす。
「鈴花様ならもっと良い人がすぐ見つかるでしょうに。」

 容姿、教養、そして王家の血筋。男なんて選り取りみどり。
 彼女が望めば断る男などいないはず。

「なのに、どうして自分の3倍も生きてるおじさんなんです?」
「3倍って… 私が30になれば2倍に減るわ。」
「それでも倍じゃないですか。」
 鈴花のフォローに香月からは鋭いツッコミが入る。鏡の向こうの彼女は厳しい顔だ。
 そんな会話をしながらも彼女の手つきは手際よく、鈴花の長い髪をあっという間に結い直
 して花飾りも変える。

「年齢じゃないもの。私は李順が良いの。」
 李順もみんなもどうしてそこに拘るのかしら。
 鈴花にはどうでも良いことだからとても不思議に思えた。




 ―――生まれた頃から李順は近くにいて、家族以外で接する1番近しい異性だった。

 父の傍らで完璧に仕事をこなす様は憧れるには十分。
 鈴花の我が儘もさらりと叶え、時にはきちんと諌めてくれた。

 好きになったきっかけなんて、たくさんありすぎて困る。
 貧血で倒れたときに目が覚めるまで付いていてくれたことだとか、迷子になった時に1番
 最初に見つけてくれたことだとか。
 何だかんだ良いながらも、我が儘を聞いてくれるのも李順だった。


 ああ、そういえば、一時期年齢差で悩んだ時期があった。
 私は子どもで彼は成熟した大人で、李順は子ども扱いしかしてくれなかった頃。
 女官が親しげに話しかけている時に胸が苦しくなったり、遠慮なく言い合える母に嫉妬し
 てしまったり。並んでも釣り合わない身長差に凹んだりもした。

 泣きながらそれを相談したら、母からは「そんなものはすぐ大人になるから解決するし、
 大人になれば気にならないから大丈夫」と言われ、華南には「むしろ今のうちに子どもに
 しかできない我が儘を言ってみたら」とアドバイスされた。
 それからは開き直って、色目を使う女官から李順を引き離してみたり、可愛い我が儘で振
 り回したりもした。

 それでも変わらない李順が好きだった。


 「可愛い」と褒められるとお世辞でも嬉しかったし、笑ってくれた時は涙が出るほど胸が
 きゅんと高鳴った。

 ―――他の誰も見えないくらい、李順のことが好き。
 それはずっと変わることのない想い。

 約束まであと少し、その日が来るのが楽しみだった。



「…私には分かりませんわ。」
 全てを見て知っている香月も難しい顔で納得しかねている様子だ。
 でも鈴花はそれで良い。理解して貰わなくても構わない。
「それで良いのよ。あの人の魅力は私だけが知っていれば良いんだもの。」


 ―――だって、ライバルは少ない方が良いでしょう?
















(大事な話って何かしら?)
 基本的に李順は鈴花が押しかけない限り会おうとはしてくれない。
 彼はこの国を支える宰相で忙しいのだから当たり前なのだけど。

 今回は、その彼の方からの呼び出しだ。

 うきうき気分で指定された四阿へ向かう。
 見知った背中が目に入って、途端 姫君らしくなく駆けていきたくなる自分を抑えるのに
 苦労した。


「李―――」
 けれど、綻びかけた表情がそこで固まる。

 …そこにいたのは李順だけじゃなかったからだ。
 若い男達がズラリと李順の前に並んでいた。


「公主様。」
 鈴花の姿に気づいた彼らは皆一様に拝礼する。
 その前に立つ李順もまた恭しく頭を下げて鈴花を出迎えた。

「お呼び立てしてしまい、申し訳ありませんでした。彼らを後宮に入れるわけには参りま
 せんでしたので。」

 涼しい顔で言ってのける彼が憎らしい。
 一体何を考えているのか。



「―――李順、」
 声は思ったより低かった。
 そのまま李順の腕を掴んで(表向き優雅に)、彼らのことは一時放って李順だけを裏手に連
 れ込んだ。




→次へ





---------------------------------------------------------------------

中途半端でスミマセン。長すぎたので切っちゃいました。
鈴花は李順が大好きなのに、李順さん何しちゃってんですか。

次回はそんな話です。


2012.4.16. UP



BACK