初恋の行方 -6-




 王族の正式な結婚の前には婚約の儀が行われる。
 そこで祭祀が2人の仲を認めると、婚儀の準備が始められるのだ。

 正式な婚姻はさらに半年後。それまでは様々な行事が続く。
 忙しい日々は、鈴花にとっては好都合だった。



「―――綺麗だよ。」
 着飾った鈴花を前にして、凛翔がにこやかに告げる。
 安心させてくれるそれにふっと肩の力を抜いた。
「ありがとう、兄様。」

 私はちゃんと笑えているかしら。
 正直に言えばあまり自信はないけれど。

「…ねえ、兄様。ちゃんと見ててね。」
「ああ。」
 見上げると彼は大丈夫だと額にキスを贈る。
「お前の幸せを願うよ。」
 それにうんと頷いて、呼ばれた鈴花は部屋を出ていった。





「それは本心からの祝福?」
 後ろから声をかけられ、凛翔は振り返り様にじろりと睨む。
 いつも音無く現れる隠密は、いつもの如くからかうように笑っていた。
「―――"お前"が言うのか? この"私"に。」
「そりゃ しっつれーい。」
 氷の眼差しを向けられようとも、相手は特に堪えた様子もない。
 ただしその際間合いの外まで逃げている辺りはちゃっかりしている。

 李順と年が変わらないくせにいつまでも軽い男。
 そして、彼は凛翔の秘密を知っている数少ない人物だ。

 この男相手には何を言っても無駄なので、溜め息一つで追及は諦めた。
「…それで、例のものは?」
「見つかったよ。」
 そうして浩大からひらりと1枚の紙を寄越される。

「―――やはりな。」
 それにざっと目を通して、予想通りの内容に凛翔は口端を上げた。

















「…陛下。」
「ん?」
 隣に座る夕鈴に小声で話しかけられ、軽くそちらに耳を傾ける。
「凛翔の姿が見えないんですけど。」

 どこにも姿が見えない息子を心配している彼女に対し、黎翔はさほど慌ててもいない。
 これは予想の範囲内だ。今日まで凛翔が何をしていたかも黎翔は知っていた。

「すぐに来るだろう。」
「でも、もう始まってしまいますわ。」
 臣下はすでに全員席に着き、鈴花とその婚約者が現れるのを待っている。
 ここにいないのは自分達の隣に座るはずの息子だけ。

 焦る夕鈴に、黎翔は大丈夫だと告げた。
 2人の子どもは揃って良くできた子達だ。何も心配はしていない。


「―――それより、もうすぐ面白いものが見れる。」
 ニヤリと笑めば、彼女に怪訝な顔をされる。
 さらに彼女が尋ねようとした時、儀式の始まりの合図がなされて彼女は仕方なく口を噤ん
 だ。








 若い2人が並んで入ってくると、周囲からは感嘆の息が漏れる。
 相手の男は公主の隣に立っても何の遜色もない容姿であり、背の高さは公主と並ぶと釣り
 合っていて絵になった。


 宰相としてその最前列にいた李順は、それを見てホッとする。
 無事にこの日を迎えられたことは喜ばしいことだった。

 自分などとより、きちんと釣り合う男の方が良いに決まっている。
 誰が見ても納得がいく相手だ。
 そうして彼女は自分への恋心など忘れ、あの男と幸せになるのだろう。

 ―――それで良い。
 苦労も不幸も、彼女には似合わない。



「――――――」
 その時ちらりと彼女がこちらを見遣る。
 目が合って、途端に彼女の表情が歪んだ。


「……え?」
 李順は戸惑い、ざわりと会場が騒がしくなる。

 何事だと誰かが言った。
 それは李順も同じ。水面の波紋が広がるようにざわめきは大きくなっていく。


 ―――何故なら、彼女が男の手を離し、李順の方へと向かってきたから。



「李順!」
 制止の声も振り切って、脇目も振らずに彼女は真っ直ぐに李順の元へ。
 慌てたのは李順だ。
「公主!? 何をなさって―――」
 早く戻りなさいと立ち上がり言おうとして、…その前に彼女が腕の中に飛び込んできた。
「っ」

 花の香りがふわりと薫る。
 動けない李順の背に腕を回し、彼女はぎゅうとしがみついた。


「…やっぱり貴方が良い。他の誰も嫌だわ。」
「公主ッ 離れてください!」
 焦って声を荒らげたけれど、彼女は首を振って離れない。
 周りのざわめきは大きくなるばかり。

「諦めようとしたけどダメだった。だって、貴方じゃないと私は幸せになれないもの…」

 私といても幸せになれない。
 出かかった言葉は、見上げた彼女の笑顔に消される。


「3年経ったわ、李順。―――これが私の答えよ。」

 貴方が好き と、3年越しの告白を、今度こそはっきりと告げられた。








「……これは、どういうことですか?」
 残された婚約者となるべきだった男は、呆然として呟くしかない。
 目の前で、他の男に愛を告げる公主。
 これは一体どういうことなのかと。


「―――それは私が聞きたい。」
 かつりと硬い足音がして、男はそちらを振り返る。
「凛翔太子?」
 手に紙の束を持った太子が、厳しい表情でそこに立っていた。
 彼の登場に、周りのざわめきがぴたりと止む。

「お前のことを少し調べさせて貰った。」
 彼は手にしていたそれを男の方に無造作に放る。
 ばさばさと男の足下に資料が散らばった。

「何ですか?」
「これはお前の2年に渡る横領の記録だ。」
「なっ!?」

 再び会場内がざわざわと騒がしくなる。
「これはどういうことだ? 本当なのか?」
「しかし、太子がこの場で嘘を言うはずもないだろう。」
「では、本当に…?」
 そうして冷たい視線が男の方へと集まった。


「な、何かの間違いです! 私はそんな…」
 違うと、そんなはずはないと、男は首を振って否定する。
 こんなものは偽物だと、太子が放った書類を指差して。
 けれど太子は余裕の態度を崩さず、1冊の帳簿を取り出した。
「な、何故それが…!」
 途端に男は青くなる。
 その様子に太子はにやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「この裏帳簿はお前の部屋から見つかったものだ。共犯者もすでに捕らえた。これでも言
 い逃れできるか?」

「そ、そんな…」
 完璧だったはずなのにと、ガクリと男の膝が折れる。
 そんな男を前にして、太子は父と同じ相手を怯ませる鋭い瞳で嗤った。


「これで我が妹の夫になろうとするとは―――厚かましい男だ。よくも私達を欺こうとし
 たな。その罪は重いぞ。」

 栄光から一転。公主の婚約者から罪人になった男は、兵に連れられてそこから引きずり出
 された。




→次へ





---------------------------------------------------------------------

最後に兄様がまさかの大活躍(笑)
その間、李順と鈴花は放置です。
みんな凛翔の方に注目してしまったので、ここぞとばかりに鈴花は李順に張り付いてました(笑)

えーと、次がラストですね。
その後の皆さんって感じです。


2012.4.19. UP



BACK