「…さすがあなた方の御子です。」 陛下を前にして、李順はもう溜め息しか出ない。 ―――あの後事態を収拾するのは大変だった。 婚約者となるべきだった男の不正だけではない。 婚約はその場で破棄になったが、公主の想い人が李順と知れて大騒ぎになったのだ。 周りの視線は痛いし、公主は何を言っても離れないし。 陛下が場を収めなければまだ大変なことになっていただろうと思う。 「それは褒め言葉か?」 李順のことなど全く意に介していない様子で、そう言って陛下は笑う。 陛下は婚約が破談になったことをすこぶる喜んでいるらしい。 2人ともよくやったと、それだけだ。 「もうどっちでも良いです…」 疲れた顔で再び深く溜め息をつけば、また陛下に笑われた。 「…ところで太子、あれはどうやって掴んだんですか?」 これ以上陛下にからかわれるのはごめんだと、もう1人その場にいた太子の方へと疑問を 投げかける。 あの男の2年もの間の不正。 李順ですら気づかなかったそれを見事暴いた太子の力量には感心せざるを得ないのだが。 「鈴花を守るためならこれくらいするさ。」 さらっと言ってのけた太子は、李順に対して人の悪い笑みを浮かべる。 「何なら、お前のことも暴いてやろうか?」 「いえ、結構です。」 即答で答えると、何故か不満そうな顔をされた。 …どうやら今回の件で完全に敵に認定されてしまったらしい。 この太子は妹のためになら容赦ないのだ。 あの件で今や公主と李順は公認になってしまった。 今のところ認めていないのは、この父子と李順本人だけだ。 「……刺客にも注意しておきましょう。」 「賢明だ。」 否定されなかったことにまた溜め息が漏れる。 しかも太子の目は本気だったから、尚更気は重くなった。 「りっじゅーん!」 明るい声と共に突然後ろから抱きつかれる。 途端に場の空気が急激に冷えたが、彼女は全然気にしていない。 …というより、気づいていない。 とりあえず、とても機嫌は好さそうだった。 「一緒に庭園に行きましょう♪ 梅の花が咲いているのを見つけたの。」 「…公主。」 離れなさいと窘めても、彼女はどこ吹く風。 行くと言うまで離さないと唇を尖らせる。 「―――李順、お前はどうやら命が惜しくないようだな。」 絶対零度の声が降る。 2対の狼の瞳がこちらを睨んでいた。 「…文句は公主に言ってください。」 「ねえ、李順ってば! お父様達はどうでも良いから早く行きましょう。」 その言葉にぴしりと空気が固まったが、彼女は李順しか見ていないから気づかなかった。 真正面からそれを受けた李順はたまったものではないのだが。 「李順さん、いい加減諦めてはどうですか?」 遅れてやって来た夕鈴殿がそう言って朗らかに笑う。 「そうそう。私が幸せにしてあげるから!」 あの日開き直ったらしい公主はもう遠慮がない。 「夜道には気をつけろ。」 「まあ、昼間でも容赦はしないがな。」 前では同じ顔が凄んでくる。 ―――全く… 冗談ではない。 何だってこの年で、こんなことで苦労せねばならないのか。 娘のような少女からは毎日愛を囁かれ、2人の狼からは殺気を向けられる。 彼らを唯一止められる人物は、笑顔で煽ってくるし。 「……はぁ…」 気苦労はしばらく絶えそうになかった。 →次へ --------------------------------------------------------------------- エピローグは軽く短めに。 仲良し家族と李順さん、みたいな? 李順さんの苦労は絶えません。頑張れ。 実は李順さん、返事してないんですよね。 でもたぶん押し切られて済し崩し的に結婚まで至る予感(笑) そんな未来が見えてしまいました〜 秘密部屋の方が1日分長かったので、次回オマケを追加します。 凛翔メインの小話です。 2012.4.20. UP