鈴蘭 -13-




「外での仕事、ですか?」
 ある日楼主に呼び出され、"鈴蘭"に告げられた仕事は何とも不思議なものだった。

「ああ。紫蘭か鈴蘭かと言われてな。紫蘭には馴染みの客も多いし、抜けられるのは困る
 んだ。」
 その点、鈴蘭の相手はまだ少ない。どちらかと言われたなら妥当なところだろう。
 でも、紫蘭か鈴蘭かを指名するなんて、一体どんな客なのか。
 お館様が断れないのだから、よほどの有力者なんだろうなとは思うけれど。

「それで、どこなんですか?」
 お館様が断れないなら夕鈴は何も言えない。
 拒否権なんて無いに等しいから受けることを前提で聞いてみた。

「―――王宮だ。」
「……は!?」
 一拍の間を置いて返ってきた答えは、一瞬聞き間違いかと思った。

「国王陛下の縁談除けのために、偽物の妃を用意することになったそうだ。それでプロを
 使いたいということらしい。」
 お館様の話を聞く限り、どうやら聞き間違いではないらしい。
 けれど、"国王陛下"のところではたと気づく。。
「国王ってことはつまり…"狼陛下"のお相手!?」

 冷酷非情の狼陛下。
 即位後瞬く間に各地の反乱を鎮圧し、中央政治を粛正した孤高の王。

 その妃のフリをやれと。

「って、私はこの前水揚げしたばかりですよ!? そんな無茶な!!」
(というか何で下町の妓楼の妓女なのよ!? 普通宮妓とかじゃないの!?)

 お館様相手でも関係なく叫んでしまった。
 だって狼陛下だ。絶対上手くやれる自信がない。

「もう決定事項だ。先方にも承諾済みだしな。」
「えぇっ!?」

 ―――拒否権どころか、もうどうにもできない状況だった。






(李翔さんに、もう一度だけ会いたかったな…)
 楼閣の一番高い場所で空を眺める。
 流れる雲に思い浮かべるのはたった1人の人のこと。

 ―――とても優しかった初めての人。

 どうせもう会えないなら、想いを告げれば良かっただろうか。
 …そこまで思って馬鹿みたいだと否定した。


 李翔様とは助けてくれたあの日から会っていない。
 …それは今夕鈴が客を取っていないからだけど。
 休みなさいと蘭姉さんに言われて、お館様も何も言わなかったから。



 さよならも言えない。
 もう会えない。

 最後に会ったあの夜に、ずっと抱きしめていてくれた優しい人。


 でも、これで良いのかもしれない。

 変な未練を残さずに、あの人の前から消えることができるなら。




 ―――その日は、夢の終わりの歌を歌った。












*













「貴女が鈴蘭殿ですか?」
 通された部屋で1人で待っていると、最初にメガネの人がやって来た。
「は、はい。」
 慌てて返事をして立ち上がり、夕鈴は正しく礼を取る。
 王宮での礼儀作法は一通り蘭姉さんに叩き込まれていた。

「こちらへ。陛下がお待ちです。」
 促されてドキリと心臓が跳ねる。

 ついに狼陛下との対面だ。
 絶対に失敗しないようにしないと。

 ぐっと気を引き締めて、メガネの男性の後に付いた。







 玉座の前に平伏し、重苦しい雰囲気に必死で耐える。
 狼陛下が纏う空気は近づくほどに冷えていて、顔を上げるのが怖かった。
 この調子で妃の演技なんかできるのかしらとかなり心配になる。


「―――鈴蘭。」
 顔を上げよと陛下から命じられる。
 氷のように冷たく、低く威厳のある声だ。
 でも、夕鈴はこの声を知っていた。

(この声、まさか…!?)
 逸る気持ちを抑えて顔を上げ、途端 叫びそうになった言葉を何とか飲み込む。

「成る程、流石は金香楼の双玉の片割れ。愛らしく美しい娘だな。」
「……」
 唖然となる夕鈴に、狼陛下は白々しく鈴蘭を褒める。
 他人の空似だと思いたかったが、その笑みが真実を告げていた。
「…恐れ入ります。」
 何とか応えられたのは、プロとしてここに呼ばれた者の意地。第三者がいるというのもあ
 るけれど。
 その場に2人だけだったなら、きっと今すぐあの襟首を掴んで真相を問いつめていた。



(だいたいどーして王様が妓楼の常連客なんてやってるのよ!?)




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バレバレだったと思いますが。
ついに李翔さん…もとい陛下がやっちゃいました。
本当に夕鈴連れ去っちゃったよ。姉さんの勘当たり。

で、次の2人の会話でラストです。


2012.4.22. UP



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