『お疲れですか?』 久しぶりに彼女に会いに行ったら心配そうに聞かれた。 それに大丈夫だよと答えたのは、正直に言ったら『無理して来なくて良いです』と言われ てしまうのが分かっていたからだ。 どんなに忙しくても睡眠時間が足りなくても、会えると分かっているから頑張れる、会え ば疲れは癒される。 それは本当のことなのに、彼女は信じてくれないから。 あんなにはっきり告げたのに、僕の本気は微妙に伝わっていない気がしてならない。 一歩下がって線を引こうとする彼女がもどかしい。 触れてしまえば… 抱いてしまえば、君が欲しくてたまらないこの気持ちが伝わるだろう か。 全てぶつけてしまえば、君は分かってくれるだろうか。 …けれど、それはできない。 彼女が苦手だということを知っている。…知ってしまった。 仕事だと割り切ろうとしていたことをあの夜に知ってしまったから。 ―――だったら どうすればいい? どうすれば、君の心ごと捕まえることができるだろう。 夢に咲く花 1
―――頭が重い。 霞がかっているようではっきりしない。 眠っているのか起きているのかさえ分からないほど。 夏の暑い夜の寝苦しさに似た不快な感覚。 振り切ろうと頭を振ることさえも億劫だと感じる。 体調を崩すほど何かしただろうか。 寝る間もないほど忙しかった、それだけのはず。 ……さっき彼女に会ったばかりなのに、今はもう遠い。 こんな時こそ側にいて欲しい。癒して欲しい。 「……?」 ふと、梅花の香りがした気がしてゆっくりと目を開ける。 ぼんやりとした視界が少しずつ定まって、白い輝きが人の形を作りだした。 そして、そこにいたのは、想い描いた通りの姿。 「…夕、鈴?」 愛しいその名を呼ぶが、返事は返ってこない。 彼女は黙って黎翔の顔を覗き込んでいた。 「夢、か……?」 呟くと同時に彼女の手が伸び 黎翔の目を塞ぐ。 素直に目を閉じるとひんやりとした感覚が瞼に広がった。 「―――…」 重く感じていた頭が幾分和らぎ心が落ち着く。 それは冷たい手のひらと…彼女の香りが側にあるせいもあるだろうか。 その心地よさに身を委ねていると、しばらくしてそっと手のひらが離れた。 次に聞こえたのはぱさりと何かが落ちる音。 そして梅花の香りが近づく。 (……え?) 細い指がするりと襟元に入り込んで、鎖骨を流れるように撫でていく。 前を肌蹴られたのだと気づいたときには、花の香りはすぐ側だった。 「…!?」 柔らかな何かがぴたりと胸元に寄り添う。 素肌に触れるこの感触が何であるかを黎翔はよく知っていた。 …かつて何度も抱いた肌を、愛しい者のそれを、自分が忘れるはずがないのだから。 (ああ、これは夢だ…) 同時にそう思う。 そうでなければおかしい。 彼女が自らこんなことをするはずがない。 ―――彼女から触れてくるなど、有り得ない。 これは夢。 彼女に焦がれて止まない心が、求める気持ちが強すぎたせいだ。 (―――夢なら、許されるだろうか…) その瞬間に理性よりも本能が勝った。 「っあ」 肩に回りかけた手首を掴んで体勢を入れ替え、彼女を寝台に縫い止める。 ふわりと長い髪が広がって、梅花の香りが辺りに散った。 「夕鈴…」 しみ一つない美しい肌 人を酔わせる扇情的なカラダ。 月の白い明かりを受けて 一糸纏わぬ肢体が淡く浮かび上がって見える。 求め続けた、焦がれ続けたもの。 ―――それを目の前にしたら鈍い思考は完全に考えることを放棄して、あとは彼女に溺れ るだけだった。 「…ッ ん」 首筋に舌を這わせると肌がふるりと震える。 髪や肌に染み込んだ花の香りはさらに黎翔を酔わせ、ギリギリの理性をも狂わせた。 「ゃ、あんッ」 吸いつくような肌を手のひらと唇で愛撫し、己と彼女の熱を引き出す。 白い肌に花を散らす度に可愛い声が漏れ、もっと聞きたくて攻める手を強めて。 「んぁ ああっ」 思考は痺れて溶け消え、ただ本能で彼女を求めた。 「…あ っん ゃあ」 甘やかな嬌声と淫らな水音。 組み敷いた身体が白い布の上で乱れ狂う。 それにさらに煽られて、もっと上へと我が身を誘う。 ―――なんてリアルな夢だろう。それほどまでに彼女に飢えていたのか。 …ああ、きっと体が彼女の全てを覚えていたのだ。 甘い鳴き声も肌の感触も、彼女の中の心地良さも何もかも全て。 「夕鈴、」 「あ ああ…ひぁ んっ」 「夕鈴… 夕鈴ッ」 思うままに攻め立てながら、譫言のようにその名を呼び続けた。 他に言葉を知らぬように。愛しい響きのその名前を。 ―――夢の中の彼女は、最後まで抵抗しなかった。 「―――――…」 目が覚めると、不思議なくらいに頭がすっきりしていた。 久しぶりに深く眠った気がする。 ふと思い出して隣に手を伸ばすが、そこに彼女の姿はない。 そこには何の名残も残っていなかった。 「やはり夢か…」 己の浅ましさに自嘲する。 欲を抑えきれずに夢の中で彼女を犯した。 それほどまでに彼女に飢えていた自分を知ってしまった。 これから彼女を目の前にして、この衝動を抑えきれるだろうか。 だが、隠し通さなければならない。 彼女は行為を好まない。そのことを知っている故に。 彼女を側に置くためにも、この罪は彼女に知られたくなかった。 * 「ゃ …ッ」 後ろから項に噛みつくと、小さな悲鳴が漏れる。 けれど濡れた声は熱を上げるだけで、痕を残してさらに舐め上げた。 「ぁん!」 背中に花を咲かせる度に可愛い声が紡がれる。 もっともっと聞きたくて、痕はどんどん増えていく。 これが夢だなんて嘘のようだ。 けれど、どんなにしっかりと抱きしめて眠っても 目が覚めた時に彼女はいない。 その度にやはり夢なのだと気づかされる。 それでもこの夢を見た朝はすっきりと目が覚める。 ただの欲求不満なのかと呆れつつ、夢の中で彼女に溺れた。 * 「―――どこへ行く?」 普段後宮から出ない彼女と何故か回廊で出会った。 興味がわいて身体を引き寄せ優しく問えば、ほんのりと頬を赤らめて彼女は俯く。 「いえ、あの、あちらの庭園で水仙の花が咲いたと聞いたので…」 腕の中で恥ずかしがる姿も可愛らしい。 演技だろうかと思うくらいに、本当に初々しい反応だ。 …実際のところ、これは彼女の素らしいのだが。 そんな可愛らしいところを見せられると、このまま離せなくなってしまいそうになる。 「私も共に、と言いたいところだが… 今は時間が取れそうもない。」 残念だと肩を落とすと、腕の中の彼女はぱっと顔を上げる。 「では、陛下のお部屋に飾りましょうか。」 (…目的は花ではなく君なのだがな。) 鈍い彼女の優しさに内心で苦笑いしながら白く柔らかな頬に触れた。 榛色の大きな瞳の中に映るのは、驚くほどに甘い顔をした自分。 「…ッッ!?」 あまりに近い距離に彼女の表情が真っ赤に染まって強ばる。 (…本当に可愛い反応をする。) 夜夢の中で乱れ咲く花は、昼間は無垢な少女の顔をしている。 閨事など一切知らないかのように、侍女達ですら微笑ましいと笑顔で見守るような可愛ら しさだ。 「―――飾るのは君の部屋で良い。」 「きゃ…っ」 さらに肩を抱き寄せると梅花の香りが鼻腔を擽る。 昨夜の夢が脳裏を過ぎり、少しまずいと思った。 「夕鈴…」 さらさらと流れる髪をかき分けて、項に唇を寄せると小さく彼女の肩が跳ねる。 「―――――」 本当はここで君に噛みつきたかった。 けれどこれ以上はダメだと思い、触れるギリギリの距離で留まった。 「……今夜も、君の部屋に行くから。」 代わりに甘い言葉を彼女の身に注ぐ。彼女にだけ聞こえる声で。 すると林檎のように真っ赤な顔をして彼女はコクリと頷いた。 →2へ 2012.6.3. UP --------------------------------------------------------------------- 病んでる陛下?編ともいう。 R15と18の境界線が曖昧です。すみません。 え、どの辺が完結編なの?と思いつつ、後半へと続きます。