最終的に、夕鈴の前に並んだのは5人の男。 候補は他にもいたそうだが、より金を積んだ男達が選ばれたらしい。 どれも上客だと楼主は上機嫌だ。 そしてその中に几鍔がいて内心ホッとした。 桃色の衣と金の簪、色とりどりの石に飾られた首飾りと耳飾り。 白粉に赤の紅、焚きしめた香りは甘ったるく全身にまとわりつく。 まるでどこかの姫君のように着飾らされて。 一段高いところに座らされ、夕鈴は一人一人を眺め見る。 一番左は蘭姉さんのところにもよく来ている人だ。 紳士的で、私にも優しくしてくれる。 その隣の若様は名うての遊び人。 決まった相手は作らずにいろんな女性を相手にしている。 真ん中の人は知らない。 どこかのボンボンなのか、あんまり慣れてなさそうな感じ。 4番目が几鍔。 …場に馴染んで見えるのが何だか癪だわ。 最後の一番右の人も初めて見る顔。 綺麗だけど―――怖そうな人。紅い瞳が印象的だと思った。 「さあ鈴蘭、今宵アンタが選ぶのは誰だい?」 耳元で紫蘭が優しく諭す。 "鈴蘭"は夕鈴に付けられた新しい名前。 蘭の名は特別で、それはすなわち紫蘭の妹だということを示す。 そしてその名を付けてくれたのはその紫蘭本人だった。 全員をもう一度見渡す。 …客を取る覚悟。戻れないことは知っているけれど。 (……ごめんなさい。もう少しだけ、時間をちょうだい。) ゆっくりと立ち上がって、紫蘭の手を借りて段を降りる。 けれど彼女が助けてくれるのはここまで。 さりげなく背中を押されて、男達の前に立った。 「―――――」 目が合った几鍔が手を出せと視線で促す。 (ありがとう…) 声に出さずに礼を言って、彼の方へ一歩を踏み出した。 蘭姉さんがくれた猶予。 もう少しだけ、甘えさせて。 そうして几鍔に手を伸ばそうとして、着慣れない服に裾を踏んづけ直前で躓く。 「っ!?」 ガクリと体が前に傾くのを止められない。 まずいと思ったけれどもう遅くて。 「―――ッ」 几鍔が慌てた風に膝を浮かせるのが見えた。 「ったぁ…」 夕鈴の身体は床に落ちる前に誰かに抱きとめられていた。 おかげで恥をかくことも痛い思いをすることもなかったのだけど。 …でも、この衣の色は几鍔じゃない。 「……?」 恐る恐る見上げて、こちらを見つめる射るような紅い瞳にビクリとする。 几鍔の隣に座っていた、冷たい瞳の怖い人。夕鈴は今 その彼の腕の中にいた。 「鈴蘭のお相手は李家の若様!」 楼主が嬉々として高らかに声を上げる。 「え!?」 違う。夕鈴が選ぼうとしたのは几鍔だ。 「や、あの、私は…」 けれど声は届けられることなく、彼に抱き上げられる。 一瞬目が眩んで、思わず彼の首に縋り付いた。 「……この私に恥をかかせる気か?」 低い声で耳元に囁かれて、その冷たさに黙り込む。 逆らうなと本能が言っていた。 「彼女の部屋はどこだ?」 夕鈴を抱いて男は楼主に場所を尋ね、楼主が案内をと誰かに頼んでいる声も聞こえる。 夕鈴はただ腕の中で黙っているしかない。 ―――逃げられない。 絶望的な状況に、ちゃんと覚悟していなかった自分の甘さを呪い、心底後悔を覚えた。 →次へ --------------------------------------------------------------------- 3話目がちょっと長めなので、今回は短いです。 で、えーと、この話は黎夕です。 次回はR15ですので、お気を付け下さい。 2012.4.15. UP