鈴蘭 -2-




 最終的に、夕鈴の前に並んだのは5人の男。

 候補は他にもいたそうだが、より金を積んだ男達が選ばれたらしい。
 どれも上客だと楼主は上機嫌だ。

 そしてその中に几鍔がいて内心ホッとした。




 桃色の衣と金の簪、色とりどりの石に飾られた首飾りと耳飾り。
 白粉に赤の紅、焚きしめた香りは甘ったるく全身にまとわりつく。

 まるでどこかの姫君のように着飾らされて。
 一段高いところに座らされ、夕鈴は一人一人を眺め見る。


 一番左は蘭姉さんのところにもよく来ている人だ。
 紳士的で、私にも優しくしてくれる。

 その隣の若様は名うての遊び人。
 決まった相手は作らずにいろんな女性を相手にしている。

 真ん中の人は知らない。
 どこかのボンボンなのか、あんまり慣れてなさそうな感じ。

 4番目が几鍔。
 …場に馴染んで見えるのが何だか癪だわ。

 最後の一番右の人も初めて見る顔。
 綺麗だけど―――怖そうな人。紅い瞳が印象的だと思った。




「さあ鈴蘭、今宵アンタが選ぶのは誰だい?」
 耳元で紫蘭が優しく諭す。

 "鈴蘭"は夕鈴に付けられた新しい名前。
 蘭の名は特別で、それはすなわち紫蘭の妹だということを示す。
 そしてその名を付けてくれたのはその紫蘭本人だった。


 全員をもう一度見渡す。
 …客を取る覚悟。戻れないことは知っているけれど。

(……ごめんなさい。もう少しだけ、時間をちょうだい。)


 ゆっくりと立ち上がって、紫蘭の手を借りて段を降りる。
 けれど彼女が助けてくれるのはここまで。
 さりげなく背中を押されて、男達の前に立った。

「―――――」
 目が合った几鍔が手を出せと視線で促す。

(ありがとう…)
 声に出さずに礼を言って、彼の方へ一歩を踏み出した。


 蘭姉さんがくれた猶予。
 もう少しだけ、甘えさせて。



 そうして几鍔に手を伸ばそうとして、着慣れない服に裾を踏んづけ直前で躓く。
「っ!?」
 ガクリと体が前に傾くのを止められない。
 まずいと思ったけれどもう遅くて。

「―――ッ」
 几鍔が慌てた風に膝を浮かせるのが見えた。





「ったぁ…」
 夕鈴の身体は床に落ちる前に誰かに抱きとめられていた。
 おかげで恥をかくことも痛い思いをすることもなかったのだけど。

 …でも、この衣の色は几鍔じゃない。

「……?」
 恐る恐る見上げて、こちらを見つめる射るような紅い瞳にビクリとする。
 几鍔の隣に座っていた、冷たい瞳の怖い人。夕鈴は今 その彼の腕の中にいた。


「鈴蘭のお相手は李家の若様!」
 楼主が嬉々として高らかに声を上げる。
「え!?」

 違う。夕鈴が選ぼうとしたのは几鍔だ。

「や、あの、私は…」
 けれど声は届けられることなく、彼に抱き上げられる。
 一瞬目が眩んで、思わず彼の首に縋り付いた。

「……この私に恥をかかせる気か?」
 低い声で耳元に囁かれて、その冷たさに黙り込む。
 逆らうなと本能が言っていた。



「彼女の部屋はどこだ?」
 夕鈴を抱いて男は楼主に場所を尋ね、楼主が案内をと誰かに頼んでいる声も聞こえる。
 夕鈴はただ腕の中で黙っているしかない。


 ―――逃げられない。

 絶望的な状況に、ちゃんと覚悟していなかった自分の甘さを呪い、心底後悔を覚えた。





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3話目がちょっと長めなので、今回は短いです。
で、えーと、この話は黎夕です。

次回はR15ですので、お気を付け下さい。


2012.4.15. UP



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