鈴蘭 -6-




「李翔様…っ」
 脱がせやすい衣装は、帯を解けばあっさり相手に肌を晒す。
 鎖骨に噛みつかれて喉の奥から小さな悲鳴が漏れた。

「っ …ぃッ、!」
 胸を痛いほどに掴まれ、そこにも歯を立てられる。


 けれど、痛みよりも感じるのは恐怖。
 優しい人だと知っているのに、身体が強張り震え出す。

 本気で怖かった。
 まるで違う…全然知らない人みたいで。


「ゃ…ッ」

 怖い、逃げたい。
 その一心で、力が入らない腕を必死で突っ張り相手を押し退けようとする。
 でも相手は全然、ビクともしなくて。


「―――"鈴蘭"、」
「ッッ」
 低く冷たい声に背筋がぞくりと冷えた。
 見つめる紅い瞳は飢えた獣のようで動けなくなる。

「逃げる気か?」
 その言葉にハッとして抵抗の手を止めた。


『…抵抗はしないこと。』
 全ては相手が望むように、そう教え込まれた。

 痛くても怖くても――― 相手を喜ばせることが私達の仕事。



「―――…」
 胸板を押していた手を離してその身をさらけ出す。
 震える声を押し殺して、涙はぐっと堪えた。

「―――貴方様の、お望みのままに。」
 言葉とは裏腹に、敷布を皺が寄るくらい強く握りしめる。
 その指先は自分でも気づくほど震えていた。
「…覚悟は良いな?」
 低い声が耳元で告げる。
 押しかかられて一度大きく身体が大きく反応した。
「ッ」

 でも逃げてはいけない。
 唇を噛みしめて、目はぎゅっと瞑る。
 ぽろりと一雫が目尻から溢れて零れ出た。





「―――君は泣いていても強いな。」
 ふと、声が和らぐ。
 血さえ滲みそうなそこを解かせるようにふわりとキスされ、それに驚いてぱちりと目が開
 いた。

「り、しょう…様?」
「きっと何度堕としても君は君のままなんだろう。」
 あの冷たさが嘘みたいに、同じ手が優しく頬を撫でる。
 夕鈴を見つめるのは、困ったような、それでいて眩しいものを見るような。何だか複雑そ
 うな顔。
「紫蘭の言う通りだ。」
「…姉、さん?」
 彼の口から出てきたその名前にびっくりした。

(この人も、蘭姉さんの客だった?)
 でも、彼に会ったことはなかったはず。

「紫蘭は以前から妹のように可愛がっている子がいると言っていた。だから私には会わせ
 ないのだと。」
「? どうしてですか?」
 分からなくて問う。
「私達は似ているから、私が君を気に入って連れ去ってしまうのが嫌だと言っていた。」

(連れ去る?)
 そんなことはないと思うけれど。
 姉さんの心配の方向が夕鈴にはいまいち分からない。

「紫蘭にとって君は心の支えなんだ。失いたくないから守りたかったんだ。」


 私の知らない姉さんの話。

 私は知らなかった、そんな姉さんの気持ちなんて。
 支えだったのは私の方で、私は姉さんに何も返せていないのに。



「蘭姉さん…」
 今までと違う意味で流れた涙を指で拭われる。
 泣いたら彼が困ると分かっていたけれど、それでも止められなかった。

「…紫蘭の勘は当たる。私達は本当によく似ている。」
「?」
 2人が似ているというのはやっぱりピンとこなくて。
 でも、彼はそれ以上は言わなかった。


「―――君は、続けるつもりなんだよね?」
「はい。」
 幾度目かの同じ問いに迷いなく答える。
 もう彼は止めなかった。

「じゃあ僕も決めた。」
 代わりに返ってきたのは、意味不明な決意の言葉。
「何をですか?」
 問いかけてみてもにこりと笑ってはぐらかされてしまった。





「とりあえず、今夜は―――」
 再び押しかかってきた彼に首筋に顔を埋められ、肌を撫でる吐息がくすぐったくて身じろ
 ぎする。
 軽く肩を押した手を取られ、指を絡めとられて――― 柔らかくなった紅色が一度夕鈴を
 見つめてきた。

「…さっきは酷いことしてゴメンね。」
 謝罪の後に頭は再び肌に降りて、鎖骨の噛み跡に羽根のようなキスが降ってくる。
 次いで舐められて傷がピリッと痛んだ。



「"夕鈴"…」
 置いていったはずの名前で呼ばれる。
 ―――それに、泣きたくなるのは何故だろう。
 誤魔化すように絡んだ指に力を込めると、強く握り返してくれた。

「…ッあ」

 肌が、触れられた箇所から熱くなる。
 唇と舌と、手のひらと指先で。
 もどかしいほど丁寧に愛撫されて、身体も心も蕩けていく。


「夕鈴、」
 今はただ甘いだけの声。


(―――ほら、やっぱり貴方は優しい…)


 一筋涙が零れた。




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裏というとR18ばかり書いてたから、鈴蘭は全体的にそうでもないですね。
…ないですよね??
李翔さんが、夕鈴にそんな酷いことが出来るわけがないのでした。

次回は閑話的な話です。李翔さん出てこない。


2012.4.17. UP



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