鈴蘭 -7-




 色街は夜がメインだ。朝から昼にかけては比較的のんびりしている。
 とはいえ、下っ端の見習いは雑用をしなければならないため、彼女達は今の時間は洗濯に
 追われていた。



「鈴蘭さん! 止めてください!!」
 いつの間にか紛れ込んでいた夕鈴に気づいた少女が青い顔で止めに入る。
 え、とふり返ると同時に、手に持っていたものを奪われた。
「これは私達の仕事ですから!」

 たった今洗おうとしていた洗濯物を取られてしまって、夕鈴はしょぼんとした気になる。
 せっかく腕まくりまでしてやる気満々だったのに。

「お洗濯…」
 したいなと じっと見つめてみたけれど、ダメですと首を振られてしまった。


 実のところ、ああいう華やかな役より雑用の方が好きだ。
 掃除も洗濯も好きで、ストレス解消になる。

 でも、"鈴蘭"になってからは触れさせてもらえなくなってつまらなかった。
 だから、化粧も落として目立たないようにして紛れ込んでみたけれど、目的を果たす前に
 早々にバレてしまった。

「…1枚だけでも、ダメかしら?」
「ダメですッ」
 再度お願いしてみるが、涙目で否定されてしまう。
 これ以上はさすがに可哀想だろうか。でも、ストレス発散はしたい。



「鈴蘭、こんなところで何してんだい?」
 気怠げな声に呼ばれてふり返る。

 そこにいたのは――― この場に最も不似合いな夜の華。
 …もとい、紫蘭がキセルを手に立っていた。
 化粧を落とせば夕鈴は周りに紛れてしまうが、彼女はそうはいかない。朝でもその妖艶さ
 は隠せない。

「紫蘭様ッ 鈴蘭さんを止めて下さい!」
 今にも泣き出しそうな顔で少女が紫蘭に訴える。
 それで全てを察したらしい彼女は、1つ溜め息をついて"鈴蘭"と名を呼んだ。

「―――ルールはルールだ、我慢しな。アンタがそれじゃ 他の連中に示しがつかないだろ
 う。」
「う……」
 真っ向から正論を言われてしまうと何も言えなくなる。

 夕鈴は"蘭"だ。
 紫蘭のように他の妓女達の手本にならなければいけない。

 諦めるしかなかった。


「……はい。」
 渋々ながら頷きつつ、ストレスが発散できないと肩を落とす。
 何でも良いから家事がしたい。

「―――発散したいなら上で歌っといで。それなら構わないよ。」
 代わりに出された案にぱっと顔を上げた。
「良いんですか!?」
「ああ、好きなだけ歌いな。洗濯なんかされるよりだいぶ良いよ。」

 聞き間違いではなく許可をもらえて喜ぶ。
 ありがとうございますとお礼を言って、早速上に向かった。


















「今日も良い天気ね〜」

 強く暖かい風が髪を舞い上げる。
 青い空を仰ぎ見て、明るい日差しに目を細めた。

 金香楼の1番上、1番空に近い場所。
 頭1つ分高いこの建物は、ここから町全体が見渡せる。
 好きな景色の1つだった。


「夢で、貴方と―――… ちょっと気分じゃないわ。」
 少し歌ってその歌は却下する。
 どうせ発散させるなら、思いっきり歌える歌が良い。


 いくつか思い浮かべて、その中の1つを選んだ。






 春は花、夏は蛍、秋は夕陽、冬は雪

 世界は色を変える
 美しい世界は全て私のもの


 風のように 鳥のように 蝶のように

 私は生きるわ
 私は私の好きなように


















「―――あ、鈴蘭さんの歌。」
 聞こえてきた声に、洗濯をしていた少女達は顔を上げてそちらを見上げる。

 光が降るような、遠くまで飛んでいきそうな。
 客に請われて歌う恋の歌ではなく、自然をそのまま歌った歌。
 彼女らしさを表わすような力強く自由な歌だ。

「綺麗な声…」
 誰かが呟いて、皆同じ気持ちで頷き その歌に聴き入った。




 歌声は風に乗り、金香楼の外にまで響く。
 そうして道行く人の足も止まる。

 金香楼の新しい"蘭"の歌声

 この声をすぐ傍で聴けたなら、男達はそう夢を見る。



 ―――そうして噂は広まる。…本人だけが知らないままに。




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夕鈴が夕鈴らしい場面を書きたいなぁと。
閑話的な話です。

次回は再び李翔さん。ほのぼの?


2012.4.18. UP



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