唯一 -1-
      ※ 未来夫婦設定で、子ども達が産まれる前の話です。




[ 1.栄賢 ]


「―――夕鈴。この者を君の補佐役に付ける。君の好きに使うと良い。」
 ある日、陛下が一人の官吏を連れてきてそう告げた。

「栄賢と申します。何なりとお申し付けください。」
 陛下と同じくらいの年頃のその人は、私の前に跪いてそう言った。


 聞いた話によると、彼は最近地方から陛下直々の命で呼び戻されたらしい。
 それだけで、彼が優秀な官吏だというのは分かった。

 分かった、けれど……


「…私に補佐役、ですか?」
 そんなに優秀な人が自分の補佐役になるのは不思議だなと思った。
 陛下が呼び戻したのなら、陛下の側に置くのが妥当な気がするけれど。
「最近君の仕事も増えてきただろう。今までは必要に応じて李順や方淵達が手伝っていた
 が、専属がいた方が便利だろうと思ってな。」

 そこまで聞いて、夕鈴もああそうかと思い至った。

 ―――以前、忙しい陛下に代わって祭事を仕切ったことがある。
 それを成功させて以来、祭事に関しては夕鈴に任される部分が増えていた。
 今までは李順さん達に手伝ってもらっていたけれど、確かに専門の人がいた方が何かと都
 合がいい。
 それに、夕鈴は責任者というだけで実質動くのは下に付く官吏だ。
 選ばれたのが優秀な人物という点も、そこで納得がいった。


「何かあれば私に言ってくれ。すぐにその首をすげ替えよう。」
 からかうように陛下が笑うと栄賢という官吏は青ざめる。
 そのまま二人を残して行ってしまうのだから、意地が悪いなぁと思いながら陛下を見送り、
 彼の方を向き直った。




「貴方は、陛下に期待されているのですね。」
「え、今のはそういう意味なのですか!?」
 フォローも兼ねてそう言えば、栄賢はがばりと顔を上げる。
 跪いていた彼には陛下の笑みは見えていなかったようだ。
「私の補佐に付くという時点で、すでに優秀さは認められていると思いますよ。」
 それ以前に、陛下直々の命で呼び戻されたくらいだし。
「お、恐れ多いことです…」
 喜ぶかと思ったのに、彼は逆に恐縮してしまった。

 見た感じ、とても腰が低い人だなと思う。
 貴族といえば傲り高ぶってる人ばかりだと思っていたから意外だ。
 まあ、柳方淵や水月さんみたいな変わり種もいるから、全部がそうとも限らないんだけど。

「でも、向上心のない人が私は嫌いです。」
「はいっ 頑張ります!」
 うん、人も良さそう。…王宮では苦労しそうなタイプだけど。

 だから、今まで地方にいたのかしら?
 私の補佐にしたのもそのためだったりして?

 陛下が考えることは未だによく分からないから違うかもしれないけれど。
 とりあえず、夕鈴は第一印象で彼のことが気に入った。

「よろしくお願いしますね。」
「はい!」

 笑顔で応える彼は大きな犬みたいだなぁと、何だか誰かを彷彿とさせて微笑ましかった。























「……羨ましいですね。」
「? 何の話ですか?」
 複雑そうな表情の絽望に夕鈴は首を傾げる。
 彼は陛下に書類を持って来たらしく、いくつかの書簡を手にしていた。

「貴女の補佐をしている彼のことです。堂々と貴女のそばにいられるのが羨ましい。」
「ああ、栄賢のことですか。」
 彼はたった今、夕鈴から指示を受けて政務室を出て行った。
 入れ違いで入ってきたのが絽望さんだから、たぶんその辺ですれ違ったんだろう。
「本当に働き者で、私も助かってます。」

 栄賢が副官として補佐役についてからずいぶん経ったが、彼はとにかくよく動く。
 その働きぶりは夕鈴の予想以上だった。

 指示した仕事は確実かつ迅速、人懐っこい笑顔のおかげで敵も作らない。
 さすが陛下が見込んだだけのことはあるなと感心する。

「…貴女にそこまで信頼されるのもまた羨ましいですね。」
「絽望さんったら、さっきからそればっかりですね。」
 しきりに羨ましいとくり返す彼に夕鈴はからからと笑う。
 この人も相変わらずだ。今だ私に気があるような言葉でからかおうとする。
「そういう言葉は私じゃなくて、もっと魅力的な姫君に言うべきだと思います。」
「……本当につれない方ですね。」
「? 絽望さん?」
 何故そこで、壁に向かってうなだれた上にため息をついているのかがよく分からない。
 私はただ、冗談を軽く流して返しただけなのに。
「…いえ、良いんですけどね……」
「??」


 何だかんだ言いつつも、夕鈴の中でも周囲からも、彼の評判は上々だった。




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最初と最後は短めです。
オリキャラ栄賢さんの登場。てゆーかメイン。
"副官"の存在自体は前から出てたんですけどね〜(さて、どこでしょう?)
さりげなく絽望さんも混じってますけどねww
キリリクだと要望がない限り出せないので、こういうところで出てきます(笑)
この人も何気に何度か登場します。(だって好きなんだもん)


2016.4.10. UP



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