唯一 -2-




[ 2.異変 ]


 最初に異変を感じ取ったのは、当然一番近くにいた夕鈴だった。


「……?」
 仕事ぶりは相変わらず優秀だし、誰かとトラブルを起こしたという話も聞かない。
 栄賢に対して文句を付けるところはないのだけれど。

 それなのに、夕鈴は最近の彼に違和感を感じていた。
 どこがどうとは言えないけれど、何かが違うのだ。


「では、こちらはどうされますか?」
 栄賢が机上に広げた図面を指さし夕鈴に問う。
「そうですね… 灯籠はこことここにも増やした方がいいと思います。」
「はい。」
 彼女が答えると、彼は図面に修正を書き込んでいく。

 これはよくある光景だ。
 祭事を滞りなく進めるために、綿密な打ち合わせは必須。

 そう、いつも通りのはず。なんだけど…

「………」
 このままではいけない気がして、夕鈴は少しだけ彼と距離をとった。
「お后様? どうかされましたか?」
「いえ…」
 気づいた彼が顔を上げて不思議そうに首を傾げて問う。
 それに何と答えたら良いのか分からず、夕鈴は曖昧に言葉を濁すしかない。
「何となく、こっちが良かっただけ、です。」
「そうですか?」
 栄賢は特に気にした風もなく、また説明を始めた。


(……近い、と思うのは私だけ?)
 最近感じる違和感はこれだと思う。
 そして、たぶんそれは気のせいじゃない。

 今みたいに二人並んで話をするとき、肩が触れ合うくらい近いのだ。
 同じ場所を見ているのだから近くなるのは当然かもしれないけれど、それでも夕鈴は狼陛
 下 唯一の花。
 周りから変な誤解を受けるのは避けたいところ。
 いくら正妃になったとはいえ、まだ夕鈴の地位は盤石ではないのだ。


 ―――彼に、他意はないのかもしれない。
 ただの自意識過剰なのかもしれない。

 それならいい。



「お后様?」
「っっ!!?」
 ビックリしすぎて叫びは声にならなかった。
 代わりに、ものすごい勢いで数メートル後ずさる。
「み、耳元で言わないでください…ッ!」

 身体中に鳥肌が立った。髪の毛の先まで逆立ったみたい。
 息がかかった耳を押さえて、震える声で栄賢を睨む。
 顔が赤いのは、その声がどことなく熱を帯びている気がしたから。

「ああ、申し訳ありません。つい熱が入ってしまいました。」
 悪びれなく答える彼からは言葉以上の何かは感じられない、けれど…



「―――ここにいたのか。」
 低く甘い声とともに、身体がふわりと何かに包まれた。
 大好きな香りに心まで満たされる。
「陛下……」
 自然と入っていた力が抜けて、彼の腕の中にすっぽり収まった。

「時間になっても戻らないから心配した。」
 ぎゅうと一度抱きしめられた後、当たり前のように抱き上げられる。
 器用に身体を反転させられれば夕鈴には彼しか映らない。
 それはとても嬉しくて安心できることで、これ以上にない幸せなことで。
「ごめんなさい」
 素直に謝ってから、彼の首に腕を回してすがりつく。
 それで陛下がどう思うかは分からないけれど。今はただ彼の近くにいたかった。

「…后は後宮に戻す。続きは明日で良いな?」
「は。」
 彼はいつものように夕鈴を抱き上げたままくるりと踵を返す。
 夕鈴は何となく栄賢の顔は見れず、大好きな彼の人の腕の中に隠れていた。


 だから、

 残された彼の手が白くなるほど握りしめられていたことに、夕鈴が気づくことはなかった。

















「近い。」
 部屋に戻るなり、不機嫌な様子を隠しもせずに陛下が狼のままで舌打ちする。
 いつもはそれに背筋を冷やす夕鈴も、今回は思い切り賛同した。
「ですよね!? 私の勘違いじゃないですよね!?」

(良かった! 私だけじゃなかった!)
 自意識過剰なんじゃないかと思っていただけに、夕鈴は心から安堵する。

「じゃあ、明日そう言っておきますね。」
 それで問題は解決だ。ここ数日の懸念が消えて夕鈴はすっきりした。
「確証がないまま指摘するのもどうかと思ってたんですよね。」
「―――あの者は、君が誰のものかを分かっていて手を出そうとしているのか?」
「えぇ!?」
 黎翔の懸念は夕鈴と少しばかり違っていたらしい。
 さすがにそこまで自意識過剰にはなれない。というか、あり得ない。
「それは違うと思いますよ。」
 笑って否定する夕鈴に対し、黎翔は真面目な顔のまま。
「そうか?」
「ぁ……」
 長い指が夕鈴の頬を撫で、紅い瞳が覗き込んでくる。
 そんな何でもない仕草にさえ艶を感じてしまって、夕鈴はほぅと見惚れた。

「君は魅力的だ。君が思うより、ずっと。」
「いえいえ、そんな風に思うのは陛下だけですからッ」
 そう笑い飛ばしてみても、陛下は全く納得しない。
「そうでなければあの曲者達が従うわけがない。」

(…曲者? 誰のことかしら??)

「……君は本当に自覚がないな。」
 首を傾げる夕鈴に苦笑いしながら、陛下はコツンと額を合わせてくる。

「それが夕鈴だから仕方ないけど…」
 耳が垂れた小犬で言う陛下はとっても複雑そう。
 そんな彼の眉間に寄った皺を人差し指でほぐしながら、夕鈴はくすっと笑った。
「…相変わらず心配性ですね。」


 私に関してだけ発揮されるそれは、愛されてる証みたいでちょっとくすぐったい。
 でも、今回は当てはまらない。

(だって、あの人は……)
 そのことは、陛下だって知っているくせに。


「とにかく、それだけは絶対ないですよー」
 だから心配ないと夕鈴は笑った。




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全6話なので、そんなにだらだら書かずにさらっといこうかと思ってます。
シリアスマークも付けてますが、夕鈴があんな性格なので暗くもなく(笑)
ヤキモチ陛下が書ければいいかなーと。(そんな可愛いものか?)


2016.4.11. UP



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