初恋の行方 -凛翔編-




[ 2.17才『2人の妃』 ]


「あら、今日の髪飾りも素敵な花をお使いですこと。」
「貴女のその衣装の方こそ、よくお似合いの色ですわね。」

 花咲き乱れる後宮の回廊で。
 出会ってしまった2人の女性が笑顔で何やら言い争って(?)いる。

 今のところ、後宮に"花"は2つしか咲いていないから他にいないのだが。


 ―――氾妃と柳妃。
 家同士の長い長い確執により、その相入れなさを知らない者はいない。
 ちなみにこの光景も、彼女達が後宮に来てから日常茶飯事なのだ。




「…あれって何の自慢大会?」
 それを止めもせず傍観者として眺めている兄の元へ、鈴花は呆れながら歩み寄った。
「相手をどれだけ褒められるか、だったかな。」
 どうやら最初の方からずっと聞いているらしい。
 2人から少し離れた場所で回廊の柱に背を預けてのんびり構えた姿は、もしここが四阿な
 らゆったりお茶でも飲んでいそうな雰囲気だ。
「ずっと見てるの? 面白い?」
「見ていて飽きはしないな。」
「その間、兄様はずっとほったらかし?」
「それ以前に来たことも気づかれていないんじゃないか?」
 さほど気にしていない風に凛翔は笑う。
 2人を止めるどころか声をかける気もないようだ。
「ダメじゃない。」
 兄と妃達の両方に対して言うと、鈴花は兄の横を通り過ぎた。





「相変わらずね。」
「「公主様!」」
 止むことのない賞賛の嵐に声を割り込ませると、2人とも弾かれたようにぱっと振り返る。
 きりっとした知的美人とたおやかな少女のような美女。
 全てが対のように正反対な2人だが、こういうときいつも息はぴったりだ。
「仲が良いのは良いことだけれど、自分達の夫を放っておくのはどうかと思うわ。」
「「…え?」」
 そこで初めて2人は鈴花の後ろにいる凛翔の存在に気づいた。

「っ!?」
 柳妃は真っ赤になってぱっと俯き、
「…あら、いらっしゃるならばお声をかけてくだされば良かったのに。」
 黙って見てるなんて人が悪いと、氾妃は笑顔で非難する。
「楽しそうなのに水を差すのはどうかと思ったんだ。」
 そんな2人に対して悪びれもせずしれっと言った凛翔が鈴花の隣に並んだ。
 妃達もそれには何も言わない。彼女達も"知って"いるからだ。

「鈴花。何か用があってここに来たんじゃないのか?」
 ふと、気づいたように凛翔が鈴花に聞く。
 ここは凛翔の妃達が住まう区域だ。
 いくら後宮内を自由に動き回れるとしても、用もなく来る場所ではない。
 そう兄に言われて鈴花も思い出したと手を叩く。
「あ、そうそう。お母様が2人をお茶に誘いたいって言ってるの。みんなで女子会しま
 しょう♪」
「…それは女官にでも言伝を頼めばいいことじゃないのか。」
「これくらい良いじゃない。ちょうど散歩もしたい気分だったのよ。」
 外ではお淑やかで完璧な姫君として振る舞う鈴花も後宮ではほぼ素で過ごしている。
 呆れた兄の言葉もさらっと流すし、言葉遣いもぞんざいだ。
 しかしそこは柳妃と氾妃も慣れているので特に驚きはしなかった。

「それで、2人はどうする?」
 兄のジト目もものともせずに鈴花が2人に問いかける。


「「―――…」」
 それに一瞬だけ視線を合わせて、

「もちろん」
「参加させていただきますわ。」

 答えた2人は、どこまでも息がぴったりだった。













「ふふ、楽しかったわね。」
 お茶会から戻った柳妃と氾妃は、共に氾妃の部屋に戻ってきた。
 お茶会の後なので何も要らないと言いおいてから、2人とも自分の侍女達を下がらせる。

「本当に、お后様も公主様も博識でいらっしゃるから退屈しないわ。」
 向かい合わせに座って2人で笑い合う姿は、どう見ても犬猿の仲には見えない。
 本当は、部屋の外で行うあの舌戦はパフォーマンスの一環で、年も近い2人は親友とも呼
 べるほど仲が良かった。


 柳家の姫と氾家の姫。
 世間一般では全てにおいてライバルなのだと認識されている。
 凛翔太子が2人を同時期に娶ったのも、両家のバランスを考えてのことと言われていた。
 しかし実際のところは、彼女達の父は性格上の問題で相容れないだけで、今は昔ほど両家
 間の確執はない。

 …加えて言えば、2人は凛翔の本当の妃ではない。
 彼女達の父に協力を得て、期間限定で後宮にいる仮の妃。
 いずれは各々の恋人の元へ返される予定だ。


「貴女のところの"旦那"はまだ迎えに来てくれないの?」
 茶化すように氾妃が聞けば、柳妃は整った眉をわずかに寄せて考える。
「どうかしら… 父に扱かれているみたいだけど。」
「ああ、柳方淵様ね… 容赦なさそう……」

 柳妃の父は自分にも他者にも厳しい。それが愛娘の恋人であるなら尚更。
 自分が認めるまでは後宮からは出さないし、あまりに遅ければそのまま本物の妃にすると。
 言われた彼の方は、その場で倒れそうなくらいに青くなっていた。

 柳妃の恋人は子どもっぽさもあるが真面目な男で、毎日怒鳴られながらも必死でついて
 行っているという。
 …本人がおっちょこちょいなせいで失敗も多いらしいが。
 彼女の父の目に適うまでにはまだまだ遠い。

「貴女の方こそ、どうなの?」
「これが、なかなか煮え切らないのよねぇ… 紅珠叔母様の手紙にも書いてあったわ。」
 仕方のない人だと氾妃は肩を竦める。

 彼女が選んだ相手は父の氾水月に似て、能力はあるくせになかなか本気を出そうとしない
 男だった。
 従姉妹として、幼馴染として、恋人として。氾妃があらゆる手で時に引っ張り時にお尻を
 叩いて彼を動かしていたのだが、今はその氾妃がいない。
 このまま本物の妃になって良いのかと問いつめたこともあるが、それには嫌だと言いつつ
 やっぱり煮え切らないから苛々するのだ。

「ほんっと 私達って見る目ないわよねー」
「太子様という理想の男が目の前にいるのにね。」

 明らかに凛翔太子の方がいい男…というか、むしろ最上級だ。
 容姿も能力も性格も。さらに血筋は王族直系で、未来の国王。まさに非の打ち所がない。


「…あの方を好きにならない人はいないと思います。」
 同じ気持ちで苦く笑う2人の間に第三者の声が割り込んだ。

 その場に1人だけ残していた、2人が妹のように可愛がっている―――鈴花公主付きの
 侍女 碧香月。
 他にこの手の会話に付き合ってくれる人がいないと知っている2人は、公主に許可をも
 らって彼女を連れてきたのだ。
 もちろん彼女は2人の間の椅子に座らせている。侍女として連れているわけではないので
 当然だ。
 初めの頃は恐縮しきりだった彼女も、今では慣れて普通にお茶も飲めるようになった。

「そうね、太子様は素晴らしい方よ。」
 柳妃がそっと彼女の髪を撫でる。
「私達のことも分け隔てなく、とても大切にしてくださってるわ。」
 次いで氾妃が柔らかく笑った。
「でしたら…」
 納得がいかないと身を乗り出しかける彼女の前に、ぴっと人差し指が立てられる。
「でもね、覚えておいで 碧香月。大切にされるのと愛されるのは違うわ。」
 きっぱりはっきりと氾妃が言った。
「私は、私を愛してくれる人が良いのよ。」
 だからあの方は違うのだと柳妃が首を振る。

 彼女達と太子の間にあるのは最も近くて"友情"であり、決して"愛"ではない。

「仕方ないわ。惹かれてしまったんだもの。」
「そうね。あのダメなところも含めてあの人が好きなのよ。」

 香月は、それに頷くことができなかった。







*







「分からないわ…」
 お土産に持たされた焼き菓子の籠を見つめながら、香月は1人呟く。
 もちろんお菓子のことではない。先程の2人の言葉のことだ。

 父王によく似た端正な容姿と武の才能、そして政治的手腕。
 母の王后譲りの真面目な性格と器の大きさと優しさ。
 全てを得たあの方を、2人の妃は選ばないと言う。

「私には、分からない…」
「何がだ?」
「!?」
 ふと影が差したかと思えば、斜め上から覗き込まれてビックリした。
 思わず籠を落としそうになって慌てて両手で支える。
「凛翔太子。驚かせないで下さいませ。」
 じとりと睨みつけるけれど、彼は気にしていない風だ。
「凛翔で良いと言っているのに。」
 しかも、気にしているのは別のところらしい。
「太子様。」
「頑なだな。」
 何度言われようとも拒む態度は下手をすれば無礼ともいえる。
 けれど彼はそれさえも許して笑う。

 素晴らしい方。優しい方。

 なのにどうして。
 どうして誰も、この方を選ばないの。

(どうして…)

 そうして浮かぶのは、自分が仕える主人の顔。
 あの方も、太子様ではなく、己の父よりも年上の男を選んだ。

「太子様はまだ、鈴花様をお好きですか?」
「………今、それを言うのか。」
 ぼんやりとしたまま彼を見上げて問えば、相手はぐっと息を詰まらせた。
 それからどうにか息を吐き出して、恨みがましい目をされる。
 ああ、そうなのか…と、変わっていないことを理解した。




 あれは、香月がいくつの頃だっただろうか。

『…そんなに見つめたら、穴が開いてしまいます。』
『香月ッ!?』
 たった一言だったけれど、彼は香月が何に気づいたか分かったらしい。
 弾かれたように振り返って「あの」とか「これは」とか必死で何かを伝えようとしてくる。
 そんな彼を見ながら、こんな風に焦った顔を見るのは久しぶりだなと、全く違うことを考
 えてしまったのは内緒だ。

 周りの環境のせいか、香月は早熟な子どもだった。
 そして、人の機微を察するのも上手かった。

 実の妹を見つめる横顔に、家族以上の熱を見つけてしまった。
 何かに耐えるように時折眉を寄せ唇を噛みしめる姿に、それが"恋慕"なのだと直感的に気
 づいてしまった。

『誰にも何も言いません。』
 けれどそれを知っても嫌悪も軽蔑もしなかった。
 ただ、この想いは叶わないだろうなと思っただけで。
『応援も協力もしませんけれど、想うことは自由ですから。』
『香月…』
 小さく呟かれた「ありがとう」は、ホッとしたような嬉しさを滲ませたような響きを持っ
 ていて。

 ―――あの日から、私達は共犯者になったのだ。




 あれから何年経っただろうか。
 このことを香月は誰にも言っていないし、自分の他に誰が知っているかも知らない。
 けれどそれでも良いと思っている。
 ただ、この人の負担が減ればいいと思っているだけだ。

「鈴花が結婚したら、見切りをつけようと思ってる。」
「そうですか。」
 自嘲気味に零された答えには、あっさりとただそれだけを返した。
 責めるでもなく呆れるでもなくただ受け止める。
 香月はそれで良いと思っているし、相手もそれ以上を求めてはいないだろう。

「香月は大人だな。」
「そうですね。身体だけはもうどこでもお嫁に行けますよ。」
 先日初潮を迎えて香月は"大人"になった。
 それを知って「結婚はまだ早い!」と叫んだのは父だったか長兄だったか。その横で母は
 大笑いしていた。
 そんな家族のノリで冗談のつもりで告げれば、何故か太子様がごほっと噎せた。
「…っ そ、そういうことを私に言わないでくれ……!」
 彼は涙目になりながら、何故かショックを受けた顔をしている。
「まあ。今更気にする間柄でもないでしょうに。」
「可愛い妹分が知らない間に大人になっていく……」
 相手はこちらの言い分なんて聞いてない。
 大げさに泣き真似までされてしまった。

 香月はそれが納得いかない。
 何故、大人になることを嘆かれなければならないのか。

「私は早く大人になりたいのです。」
「え、どうして?」
「…どうしてそこで悲しそうな顔になるんですか。」
 太子様の反応が香月にはよく分からない。
 鈴花様よりさらに2つ下の私は、誰からも子ども扱いをされる。
 愛されていることは分かるし嫌ではないのだけれど。
「―――お父様やお母様やお兄様方のように、私も早く皆様の力になりたいのです。」
 役立たずだと思われたくないのだ。
 母が乳母だから、生まれた頃からここにいるから、それだけでここにいるのだと思われた
 くない。私は実力でここにいたい。
「香月は十分役立ってると思うけど。」
「まだまだですわ。」
 太子様の優しい言葉を首を振って否定する。

「まだまだ、なんです…」

 自分のことで頭がいっぱいだった香月は、相手が息を飲んだことにも、その時の表情にも
 気づくことはなかった。




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後半まさかの香月視点ですw 凛翔の出番がほとんどないww
あー メルト歌いたくなった(さて、どこのことでしょう?)
方淵と水月さんは相変わらずらしい(笑) 仲良く喧嘩しますww

2018.1.3. UP



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