女王陛下の花婿様 1
      ※ 550000Hitリクエストです。キリ番ゲッター雪様に捧げます。
      ※ ちなみに、陛下と夕鈴の立場逆転パラレルです。
      ※ 1/14) 完結のついでにタイトル変えました。




「ほんっと、どいつもこいつも懲りないわねっ」
 不快感も露わに叫んだ少女は、愛用の椅子に乱暴に腰掛ける。
 今まで抑えていた分が一気に噴き出して、高ぶった感情はなかなか収まらない。
「〜〜〜 私は旦那なんて要らないって言ってるのに!」
 この場に自分の他は側近一人しかいないのを良いことに、彼女は遠慮なく大声で吠えた。


 口から火でも噴きそうな勢いで怒鳴っている栗髪の少女―――夕鈴は、齢17にしてこの
 白陽国を治める女王だ。
 即位して一年と少し、今や彼女に敵と呼べる者はいない。

 そんな彼女の最近の悩みは、次々と持ち込まれる縁談話だった。


「あーもう むかつく!」
 彼女は女王であることを示す豪奢な簪を外して放り、髪を解いて手を突っ込み乱雑にかき
 回す。
 耳飾りも首飾りも腕輪も、重たい物は全部机上に投げ捨てた。

「…陛下、落ち着いてください。声が外に漏れます。」
 メガネを押し上げながら窘めるのは側近の李順。
 彼は女王である夕鈴に遠慮なく物事が言える数少ない者のうちの一人だ。
 李順に睨まれて多少は大人しくなったものの、夕鈴は拗ねたように唇を尖らせる。
「だってむかつくじゃない。この前まで私を追い落とそうとしていたくせに、今度は手の
 ひらを返したように縁談縁談って。」

 前王が崩御し、直系の王族の中で唯一生き残っていた実妹の夕鈴が即位して一年。
 腐敗していた内政を整え、反乱分子を粛正し、"氷の女王"と呼ばれるようになった彼女は
 次第に己の地盤を固めていった。
 最初は辺境の小娘と侮っていた者達も従う様子を見せるようになり、その頃から徐々に縁
 談の話が持ち上がるようになったのだ。

「私のための後ろ盾? 自分が権力欲しいだけじゃない。」
 白々しいと、彼女は吐き捨てるように言う。
 そこには李順も賛同して頷いた。
「確かに最近煩くなってきましたね。―――それだけ、陛下の力が認められるようになっ
 たとも言えますが。」
「…全部はったりだけどね。」
 自嘲気味に言って、彼女は肩を竦めた。

 ―――夕鈴の本性を知る者はほんの一部。
 周囲に恐れられる"氷の女王"が演技であることを知るのは、李順を含めて両手で足りるほ
 どしかいない。

「陛下も演技が板についてきましたね。…"氷の女王"と呼ばれたときには誰のことかと思
 いましたが。」
 それが我が主のことだと思い至った時は笑いを堪えるのに苦労したと、李順が当時を思い
 返して言う。
 主に対してというにはかなり失礼な言葉だが、慣れている夕鈴は特に気にしていない。
「プロ根性のなせる技よ。」
 むしろ誇らしげに胸を張ってみせ、もっと褒めろと言わんばかりだ。
「貴女は昔から根性と負けん気だけはありましたからね。あの大根がよくここまでになっ
 たと思いますよ。」
「ええもう、貴方にはさんざん扱かれたわ。あれはもう鬼よね。」

 この側近は昔から容赦なかった。
 一生辺境で生きていくつもりだから必要ないと言ったのに、幼い頃から礼儀作法や王宮の
 勢力図などを叩き込まれた。
 それが仕える主だろうと容赦なく、罵倒嘲笑も当たり前だったのだ。
 おかげで耐性が付いたというか…かなり我慢強くなったのは、今助かっているけれど。

 ―――夕鈴が王になることが決まってからはさらに李順は厳しくなって、何度脱走しよう
 かと思ったほど。
 そのおかげで今の自分があると思えば、感謝してやらなくもない。
 が、やっぱり鬼だと思う。


「…だいたい、部下に口説かれるってその後が気まずいのよね。すっごく仕事がやりにく
 いんだけど。」
 話を縁談に戻して、夕鈴は深くため息をつく。

 この頃は、親である大臣達だけでなく本人達からのアプローチも多くなった。
 仕事中に口説いてきた奴には死ぬほど仕事を回してやったりもするが、それでも懲りない
 輩は多い。

「この前まで大した美人でもないとか散々言ってたのにいきなり美しいとか言われてもシ
 ラケるだけよね。」
 自分が飛び抜けた美人ではない自覚がある夕鈴には、彼らから贈られる賛辞も全く響かな
 い。逆に苛立ちが増すだけだ。
「李順、どうにかならない?」
 いい加減どうにかしたくて意見を李順に求める。

「―――縁談の件ですが、バイトを雇おうかと考えています。」
 答えとなる返事は意外とあっさり返ってきた。
「バイト?」
 縁談とバイトがどう繋がるのか分からない。
 首を傾げてはてなを飛ばしていると、李順が続きを説明してくれた。
「まだ貴女の相手を決める時期ではありません。ですから、臨時に相手を雇ってみてはと
 思いまして。」
 つまり、偽物を用意して断る口実にしようというわけだ。
 突拍子もない案だとも思うけれど…

「…貴方のことだから、相手はもう見つけてあるんでしょう?」
 李順が何の考えもなく言うはずがない。
 そして、彼の言うことは概ね外れたことがない。

「明日、陛下にお見せしたいと思います。」
 夕鈴の態度を了承ととった李順は、そう言って自信ありげににっこり笑った。












*












 ―――はっきり言って、想像以上だった。

 縁談を持ち込んでくる輩を黙らせるのだから、それなりの相手でなければいけないという
 のは分かる。

(でも、これは反則に近くない?)
 この男に勝てる男がいたら見てみたい。本気でそう思った。


 ―――跪いている姿を見たときから、夕鈴は彼のオーラに圧倒されていた。

 濃紺色の外套に包まれていながら鍛えていることが分かる体躯。
 床に付く骨張った手は剣を持つことに慣れている者のそれだ。

 けれど、男が夕鈴を圧倒したのはそこではない。
 …顔を上げた彼と目が合った瞬間 全身が大きく震えた。


 男は恐ろしいほどに整ったきれいな顔をしていた。
 今は日に焼けているが、元は白磁のように白かったであろう肌。
 薄い唇は真っ直ぐに引き結ばれ、あそこから紡がれる声はどんなものなのかと興味をそそ
 られる。

 ―――そして、もっとも印象深い 切れ長の瞳。
 野生の狼のような鋭さと高潔さを感じさせるその色は、深い深い紅。
 けれどそれは燃え盛る炎の色だというのに、全く熱を感じさせないほど冷たく鋭い。
 元の造作が美しい分、作りものめいていて恐ろしかった。


(…どこから持ってきたんだ こんな美形。)
 相変わらず李順の情報網は計り知れない。
 その李順曰く、彼を見つけたのは偶然らしいのだが。

(……というか、私より貫禄あるんですけど!?)
 扇で顔を隠しつつ、隣に控える李順に目で訴える。

 この男、存在感が半端無い。気を抜くと夕鈴の方が絶対負ける。
 何も知らない人に彼を王だと言っても全然問題ない気がした。

(負けないようにしてください。)
 対して李順は涼しい顔でさらっとそんなことを返してくる。

(無理!!)
 全然全く勝てる気がしない。
 けれどそれを表に出すことは許されず、夕鈴は心の中で涙した。



「陛下、この者が先日申し上げた件の男です。」
 李順が話を始めてしまったので、夕鈴も仕方なく気を引き締めて男を見る。
 "氷の女王"の演技のために、高く足を組み頬杖をついて薄く笑ってみせた。

「―――貴方、名前は?」
 内心の動揺は押し隠し、努めて威圧的な態度をとる。
 李順の言う通り、ここで彼に負けてはいけない。私はこの国の王なのだから。

「珀 黎翔と申します。」
 低く胸に響く音だなと思った。
(耳元で囁かれたら溶けちゃいそう…)
 そんなことを考えながら、表向きは口端を上げて笑みを深める。

「ふふ、良い名ね。…李順、説明してあげて。」
「はい。」
 女王の言葉に短く応えた李順が一歩手前に出た。
 手には彼の素性や経歴などを書き記した書類の束を持っている。

「貴方には、陛下の花婿を演じていただきたいのです。」
 微かに彼の表情が動いた。
 突然そんなことを言われても戸惑うのは当然だと夕鈴も思う。
 自分だったらたぶん声を上げていた。

「実質は陛下の護衛になりますが、表向きは陛下の夫となっていただきます。」
 淡々と李順の説明は続く。

(聞けば聞くほど怪しい仕事よね…)
 さっきの一瞬の変化以降 全く表情が変わらない彼をじっと観察しながらそんなことを考
 える。
 断ることができない彼を付き合わせてしまうことを申し訳なく思った。

「期間は―――」
「私が飽きるまで。」
「陛下。」
 横槍を入れてきた王を李順が窘めるも、彼女は悠然と笑む。
「たぶん一月くらいよ。そうしたら捨ててあげるから、後は好きにして良いわ。」

 ―――無理に付き合わせてしまうのだから、それくらいで十分だわ。







 黎翔は特に異論を唱えることもなく、「承知致しました」とだけ答えて下がっていった。
 そしてそこに残ったのは夕鈴と李順だけだ。
 先程の期限の発言は元々それくらいだったらしく、李順からのお咎めはなかった。
 入れ替わりが激しい方が後々都合が良いらしい。

「ああ、言い忘れておりましたが。くれぐれも、貴女の本性がばれないようにしてくださ
 いね。」
「え!?」
 その代わりに注意事項とばかりに告げられたのは、夕鈴にとっては予想外とも言えるもの。
「じゃあ 私は息つく暇もないじゃない!」
 次に二人で会ったときに言うつもりだった夕鈴はげっと声を上げた。

 仮の夫は私生活にも入り込んでくる。
 今までは仕事中だけで良かったけれど、今後は彼がいる限り部屋でもあの演技を続けなけ
 ればいけないのだ。
 確かに、次々相手を入れ替えるならそうするべきだと分かってはいるけれど。

「休み無しで演技しろって!? 無茶言わないでよ!!」
「我慢なさい。」
 相変わらず李順は容赦ない。夕鈴の訴えも一言で却下される。

「李順のオニっ! あ―――…!!」
 涼しい顔の彼に突っかかっていこうとしたところで、夕鈴は何かに気づいて扉の方を振り
 返った。
「誰ッ!?」
 自分達の他に声が聞こえた気がしたのだ。
 低く通る… 笑い声が。

「―――申し訳ありません。」
 笑いをかみ殺して足を踏み入れてきた人物に、夕鈴と李順の表情が変わった。

「黎翔殿!?」
 彼には戻るように言ったはずだった。その彼が何故ここにいるのか。
 そして彼の態度を見る限り、今の会話は絶対聞かれている。
(あー… やっちゃった……)
 今更繕うのも意味がないと思い、夕鈴は半分諦めてどかりと椅子に座り直した。
 ここで威圧的な態度を取ってみても、あれを聞かれた後じゃ滑稽なだけだ。言い訳するつ
 もりもない。
(…というか、この人 ちゃんと笑えるのね。)
 そんな関係ないことをぼんやりと考えていた。

「何故、貴方がそこに…」
 そう彼に尋ねる李順の表情は良くない。
 初っ端から作戦が崩れたのだから当然だ。
 それに気づいたらしい彼は、笑みを収めて申し訳なさそうに眉を下げた。
「李順殿に伝え忘れていたことがあったので戻ってきたのですが… 聞いてはいけないこと
 を聞いてしまったようですね。」
 分かりきっていたことだが、やはり誤魔化すことは不可能らしい。
 黎翔からの答えを聞いた夕鈴は深く溜息をつく。

「…全部説明しなきゃいけないみたいね。」
 頭を抱える李順の隣で、夕鈴は説明が面倒だと頭を掻いた。










 話の場を変えようと、夕鈴は彼らを連れて見晴らしのいい四阿に移動した。
 ここなら誰かか近づいてきてもすぐに分かる。人払いをすれば会話が聞こえることもない。
 女官達はお茶の準備だけさせて下がらせた。



「―――はったり、ですか。」
「イメージ戦略と言ってください。」
 黎翔の端的な一言をきちんと言い換えて、李順はちらりと夕鈴の方に目を向ける。
「女王がこんなガサツな小娘だと知られるわけにはいかないんですよ。」
「失礼ね!!」
 がたんと勢い付けて席を立つと、李順から「気品がない」と叱責が飛ぶ。
 そのやりとりを黎翔にまた笑われ、バツが悪い顔をした夕鈴は大人しく座り直した。

「……本来は辺境育ちの田舎娘よ。」
 生まれは確かに後宮だ。父親も先々王であることは間違いない。
 だけど、その育ちは下級貴族以下だ。
 …それを嘆いたことは一度もなかったけれど。
「タダ飯食いの楽な生活だったのに、お兄様が死んじゃったせいでいきなり王様。でもこ
 んな小娘じゃ馬鹿にされるでしょう? だから高慢な女王様を演じてるの。」

 "氷の女王"は夕鈴が思い描く理想の王の姿。それを演じているだけだ。
 本来の性格はほぼ真逆に近い。


「氷の女王の正体がこんなでがっかりした?」
 自嘲気味にそんなことを聞く。
 けれど、彼は「いいえ」と首を振った。
「がっかりなど、そんなことは微塵も感じておりません。陛下が国のために頑張られてい
 る姿に胸を打たれていました。」
 さっきまでのような笑みも納めて、至極真面目な顔で返される。
 それがお世辞とは分かっているけれど。…勘違いするほど馬鹿じゃないけれど。

「…貴方は口が上手ね。」
「本心ですよ。」
 分かっていながらも、彼の言葉には不思議と嫌な気分にならない。

「―――ありがとう。」
 だからだろう。すんなりとそんな言葉が出てきたのは。

 そして、彼はそれに応えるように、優しく柔らかな笑みを返してくれた。




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2013.1.6. UP



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どんどん長くなるので、ここら辺りで切ります。

李順と夕鈴の掛け合いが楽しいです。
育った環境の関係上、原作よりこっちの夕鈴の方が勝ち気っぽいですね。
そして敬語で話す黎翔に違和感を覚えるのは私だけでしょうか…
 


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