※ 690000Hitリクエスト。キリ番ゲッター幻想民族様に捧げます。
      ※ ちなみに2人が結婚してる前提の未来話です。「嫁の浮気宣言」より少し後の話。





「―――分かりました。」
 静かな声音で言ったのは、ここ白陽国の正妃、夕鈴。

 元気な声で怒鳴られるよりもこの時の方が怒りの度合いは大きい。
 黎翔はそれを身を持って知っている。

 だから、焦った。

「陛下は私に名ばかりの正妃でいろと仰るのですね。」
「!? 違う、そういう意味で言ったわけでは」
 黎翔が伸ばした手から逃れるように彼女は一歩下がる。

 そうすると、黎翔はその次の一歩を躊躇ってしまう。
 彼女からの拒絶ほど彼の心を抉るものはないのだ。

「そういう意味でしょう? 貴方が何もするなと、そう言うのなら。」
 冷たい視線が黎翔の心をチクチクと刺していく。
 お嫁さんからの視線が痛い。痛過ぎて泣きそうだ。

 こうなればもう何の弁解も通じない。
 黎翔の言葉は何一つ受け付けてくれなくなる。


「…しばらく実家に帰らせていただきます。」
「夕鈴!?」

 よりによってそうきたか。
 それだけは止めて欲しいとお願いしたかったけれど。

「いてもいなくても変わらないのだから、問題はありませんよね?」
「ッ」

 反論は言う前に全て封じ込められた。
 口は災いの元と言うけれど、一度飛び出した言葉はもう戻らない。


「誰か。」
 黎翔が言葉を失っている間に夕鈴が手を叩いて女官を呼ぶ。
「陛下のお帰りです。部屋までお送りして。」
「夕鈴!」


「―――お休みなさいませ、陛下。ゆっくり休養なさいませ。」
 有無を言わせないほどにこやかに微笑んで、夕鈴は黎翔を部屋から追い出した。








    夫婦喧嘩と貴族様のお使い 1
ここ数日、狼陛下の機嫌はすこぶる悪い。 その冷気にあてられた官吏達は疲弊し、今や誰が倒れてもおかしくない。 ―――そんな中、柳方淵と氾水月は人払いされた政務室に呼び出された。 「ある物をある人物に届けてもらいたいのです。」 陛下の前に控える二人に李順が伝える。 その間、正面に座した狼陛下は冷気を振りまいて黙したままだ。 「これは極秘任務ですので、他言無用でお願いします。もちろん、お二人の父である大臣 にもです。」 それは一体どれほど重要なものなのか。 思った以上に重そうな案件に、方淵さえごくりと唾を飲み込む。 水月に至っては今にも倒れそうなほど青ざめていた。…その辺りは何年経っても変わらな いらしい。 「本来なら私が行けば良いのですが、お分かりのように私も手が放せない状況でして。」 時期的なものもあるがここ最近の陛下は多忙を極め、それは側近である彼も同様。 少しばかり疲労を滲ませたため息の後で、李順は方淵に一つの巻物を手渡した。 「…これをどちらに?」 「徐克右という人物です。」 その名前を聞いて、二人ともすぐにピンとくる。 「軍人の…?」 「ええ、貴方がたも顔はご存知ですね。今は諸事情で下町の方で調査をしてもらっていま す。」 その任務にも納得がいった。 かの人物は陛下からの信頼も厚く、陛下から直々の命を賜ることもあると聞く。 おそらく今回下町にいるのもその命の一つなのだろう。 「それと、もう一つ。これはついでになるのですが、」 そう言いながら彼が取り出したのは、簡素な包みの手紙。 今度はそれを水月へと渡す。 「これを汀家に届けてください。……つまり、正妃の実家です。そこにご本人がいらっしゃ いますので。」 「…は?」 水月が目を丸くし、方淵は思い切り顔をしかめる。 「あれほど自覚を持てと…ッ」 方淵の反応はいつも通りだが、水月が驚いたのは彼とはまた違ったところに対してだった。 「ご不在だったのですか?」 「ええ、今日で五日目でしょうか。」 その日数を聞いてさらに驚いた。 水月のその態度から、方淵もようやく"そこ"に気づく。 「我々は全く気づきませんでした。」 一介の妃だった頃と違い、今の彼女はこの国の正妃。 その仕事量は妃時代とは比べものにならず、普通何日も不在に気づかないはずがない。 しかし、確かに姿は見ていなかったが、今日まで王宮に混乱は起きていなかった。 彼女の副官もいつも通り変わりなく仕事をしていたのを見ている。 「周りに迷惑がかからないようにと完璧な引継ぎをなさって行かれましたので。」 さすがですと李順が言い、真面目な彼女らしいと水月も思う。 唯一陛下だけは不機嫌さを隠しもせずに冷気を振りまいているが。 「午前中は通常通りの執務を。午後から休暇という形で出られてください。」 最後に李順がそう締めくくって、二人は退出を促された。 「貴様何をしていた?」 先に出た方淵は扉の向こうで待っていた。 睨まれたのを笑顔で交わし、水月は預かった手紙を懐に仕舞い込む。 「…ちょっと許可をもらいたくてね。」 午後には分かるよと言いながら、許可を得た"それ"を実行するために人を呼んだ。 「遅い。」 午後、二人は簡素なお忍び装束に着替えて門の前に集まる。 さすがと言おうか、水月が来た時にはすでに、方淵は用意を終えて待っていた。 「君が早すぎるだけだよ。」 もちろんそこで動じるような水月ではなく、マイペースに答えて方淵をますます苛立たせ る。 「貴様はこの仕事の重要性を分かっているのか!」 「時間には間に合ってるよ。」 「そもそも、着替えて出てくるだけでどうして時間がかかる―――」 …のかと声を荒らげたところで、それを遮るほどの音を立てながら馬車が現れ、二人の前 に綺麗に止まった。 「な、何だ?」 豪奢な作りのその馬車は、どんなに見てもお忍びには使えそうもない。 何事だと目を丸くする方淵の隣で水月がにこりと笑う。 「ああ、紅珠。来たね。」 御者が扉を開け水月が手を伸ばすと、彼女は白く細い手をそこに重ねて優雅な所作で降り 立った。 「それで、お后様はどちらですの?」 ふんわりと微笑む紅珠もまた、いつものような貴族子女の服装ではなく、色味を抑えた下 町風の衣装。 華美な飾りも化粧もないが、それでも美少女は見劣りなどしていない。 …ただし、今この場にはそれを賞賛するような人物がいなかったためにそのまま流された。 「何故呼んだ!?」 「ん? お后様対策。李順殿にも許可は得てるよ。」 掴みかかる勢いの方淵に、水月はしれっと答える。 「私達では門前払いの可能性もあるからね。説得には女性がいた方が良いかと思って。」 李順殿にはついでだと言われたが、五日も不在というのはわりと深刻な気がする。 これ以上長引いて陛下の機嫌がますます悪くなるのも水月の心情的には宜しくなく、でき ればお后様には早急に戻ってきてもらいたい。 そのために妹を呼んだのだ。 「紅珠はお后様とも親しいし、適任だと思うよ。」 そう言ってにこりと笑う水月の隣で紅珠がふぅと溜息をつく。 「陛下は相変わらず乙女心がお分かりになられないのですね。困った方ですわ。」 「っ 小娘が陛下を愚弄するとは…!」 「あら、事実でしょう?」 陛下を貶める発言だとカッとなる方淵とそれでも態度を改める気はない紅珠の間に水月が 入る。 「はいはい、時間がないからそこまで。」 時間がないのは本当だ。 方淵もそれには気づいていたため、舌打ちしながらも急ぐべく足を門外へと向ける。 「行くぞ。」 「はいはい。」 そうして下町衣装に身を包んだ大貴族の子息子女は、各々の任務を果たすべく下町に繰り 出すこととなった。 →2へ 2013.9.15. UP
--------------------------------------------------------------------- 長らく更新しなくてスミマセンでした。 ネタは随分前からできてたんですが、やっと書き上げることができました〜 今回困ったのが、どこまでアイコンに出すべきかでした。 李順さんとか出番少ないし…他にもこの後克右さんとかアニキとかちょろっと出演。


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