※ 860000Hitリクエストです。キリ番ゲッターmisa様に捧げます。
      ※ ちなみに、陛下と夕鈴の立場逆転パラレル「女王陛下の花婿様」の続編っぽいものです。




「一言言えばいいじゃん。」
 浩大は軽くそう言うけれど。
「……ダメよ。私が彼を縛っちゃいけないの。」

 私が言えば、彼はきっと叶えてくれる。
 だって、私はこの国の女王だから。
 私が言ってしまったら、それはお願いではなくて命令になる。

 ―――ただでさえ、彼は優しい人なのに。


「らしくねーな、女王陛下。」
「ほんとにね。」

 このままがいい。
 このまま優しい箱庭の中で、変わらずにいられたら、と。

 この会話の数日後―――、そう思った私を、私は思いきり殴りたくなった。











    花守 1
「―――命に別状はありません。あとは本人が目覚めるのを待つだけです。」 「……そう。」 医師が一歩下がり、入れ替わりに夕鈴が黎翔の枕元に寄る。 固く目を閉じた彼は呼吸も安定しているし、顔色も悪くないように見えた。 医師の言う通りしばらくすれば目を覚ますのだろう。 でも、せめて彼が目を覚ますまではここから離れようとは思わなかった。 たとえ李順が呼びに来ても動く気はない。仕事をどんなに溜め込んだって構わない。 だって、黎翔が怪我を負ったのは私のせいだから。 ―――さっきも、夕鈴はいつものように刺客に襲われた。 以前より減ったものの、今も女王を快く思わない者はいて、時折命を狙ってくる。 新米官吏を装った男は至近距離で剣を抜き、咄嗟に私を庇った黎翔が肩を切りつけられた のだ。 男はすぐに周りに取り押さえられたが、深手を負った黎翔はその場に崩れ落ちた。 『黎翔!!』 血がたくさん出ていた。 抱き留めて名前を呼んでも返事はなくて。だんだん顔色が真っ青になっていって。 彼の血が2人の衣装を真っ赤に染めていく様を絶望に怯えながら見ていた。 本当に死ぬんじゃないかと、その時は本気で思った。 「…後は私が見ているわ。皆 下がりなさい。」 彼女の命に否を唱える者はいなかった。 悲痛な面持ちで夫を見下ろす横顔は、女王ではなく普通の少女だったから。 医師も女官達も、何も言わずに静かに下がっていった。 「……黎翔、」 白い頬にそっと手を当てる。 手のひらに触れる温かさに胸を撫で下ろし、襟元から見える包帯に眉を寄せる。 このままでいいなんて、私の一人勝手な我が儘だ。 私のそばにいる限り、彼の命は危険に晒されるのに。 「ありがとう。…ごめんなさい。」 言葉と共にこぼれた滴が、彼の頬を濡らした。 * 「黎翔殿、おめでとうございます。」 ―――終わりは突然やってきた。 「李順殿?」 何の話だと黎翔は怪訝な顔をする。 肩の怪我は三日も休めば復帰できる程度のものだった。 あれから一週間以上経っているし、間違いなくそのことではないだろう。 しかし、他に思い当たるものもない。 「貴方の臨時花婿の終了時期が決まりました。」 「……どういうことだ?」 続いた言葉は黎翔にとって寝耳に水のこと。ぴりっとその場に緊張感が走る。 しかし、女王陛下の側近は狼に睨まれたくらいでは動じなかった。 「この仕事もずいぶん長くなってしまいましたから……そろそろ潮時かと。これ以上ここ に留まるのは出世にも響きますし、貴方もいい加減通常業務に戻りたいでしょう?」 まるで黎翔のためとでも言わんばかりの口調だ。 気に入らないとさらに黎翔の機嫌は降下する。 「……李順殿、説明を。その理由では納得できない。」 確かにここで過ごした時間は短くない。 だが、黎翔はそれを望んでいなかったし、出世も全く気にしていない。 そもそも彼女のそばから離れることなど端から考えていなかった。 李順を正面から睨みつけ、折れない黎翔に深い溜め息をつく。 本当のことを言わない限り、簡単には引き下がらないと彼も悟ったようだ。 「―――陛下は本当に人がいいんです。」 「知ってる。」 時間こそ彼には敵わなくても、自分は彼女を誰よりそばで見ているのだ。 女王という身には苦労するだけであろうその性格。だからこそそれごと護ってあげたいと 思う。 「ですから、自分のせいで人が傷つくのが許せないんですよ。」 彼の視線は黎翔の肩に向けられていた。 つまりは、 「……そういうことか。」 しかし、この傷は彼女のせいではない。 あんな細い身では何もできないだろうと油断していた自分が悪いのだ。 とはいえ、咄嗟に急所は外したし、この程度の傷は軍にいれば普通のことだ。 彼女が気に病む必要は全くないのに。 「どこまで人がいいのか…」 怒りたいのに、彼女の優しさがくすぐったくて苦笑いしかできない。 李順殿からもう一度ため息が漏れた。 「ともあれ、決められたのは陛下です。貴方がどんなに納得いかなくても、どうすること もできません。」 あの可愛い人は一体何を考えているんだろうと思う。 だが、黎翔のために決めたのならどうにかできるかもしれない。 嫌われたわけではないのだから。 「…私の後は、新しい臨時を雇うのか?」 どこまで話が進んでいるのか、そこが問題だ。 もう次が決まっているのならもう少し考えなくてはならない。 「しばらくは空位でしょうが…… 陛下も決心なさったようですし、正式な婚姻について話 が進められることになるでしょう。」 「―――婚、姻…」 それは思ってもみない言葉だった。 次も自分と同じような立場だと思っていたのだ。 「今のところは蒼玉国の王子が有力ですね。」 それ以降の李順の言葉がほとんど入ってこなかった。 どうやら彼女は本気で自分を引き離そうとしているらしい。 しかも、たかがこんな傷一つのせいで。 「そんなこと、許すはずがないだろう…?」 低く小さな呟きは、李順にまで届かなかった。 「―――よく来たわね。」 夜、いつものように部屋に通され、何事もなかったかのように迎え入れられる。 「貴女がお呼びならば、私はどこへでも参上いたします。」 彼女が差し出した手をすくい取り、黎翔は指先に軽く口付ける。 それに満足そうに微笑み、彼女は女官達を下がらせた。 「座ってて。お茶を入れるわ。」 女官達が下がってしまうと彼女は女王の仮面を外す。 手際よくお茶を入れる準備を始める夕鈴を、定位置の椅子に座りながら黎翔は目で追って いた。 女官達はにこにこしていたし、夕鈴の態度は変わらないし。 つい、昼間のことは本当なのだろうかと思ってしまう。 ―――しかし、彼が黎翔に嘘を言う必要もない。 彼女は自分を手放して、他の男の手を取る… それは彼女がすでに決めてしまったことな のだ。 もちろん、到底許せるものではないが。 「陛下、」 「何?」 自分の前に茶杯を置いて離れようとした彼女の手首を掴む。 袖から覗く肌は白く細く、黎翔が強く握れば折れてしまうかもしれない。 二人の力の差は歴然で、だからずっと加減して触れてきた。 彼女を壊さないように、傷つけてしまわないように。 けれど、それが彼女を遠ざけるのなら、もう遠慮はしない。 「陛下は僕を捨てるの?」 「!? 人聞きの悪いこと言わな―――…って、そうよね。そういうことになるわよね。」 小犬を装って尋ねてみれば、彼女は最初こそ反論しようとしたものの、すぐに認めてしお らしくなった。 力なく黎翔の隣に座り、俯く彼女の表情は見えない。 「聞いたのね。……今まで嫌な思いをたくさんさせたわ。」 ごめんなさい と呟く声はとても小さく、泣いているかのように震えていた。 違う。そう思って首を振る。…彼女には見えていなかったが。 「嫌だと思ったことなど一度もありません。」 「気を使わなくていいわ。」 「使ってなど……」 ずっと、そんな風に思われていたのだろうか。 "女王陛下"に気を使って嫌ではないふりをしていたと、そこに黎翔の意志はなかったのだ と。 このお人好しの女王は――― 一体どこまで鈍いのか。 「私のせいであんな大けがをしてしまったわ。下手をすれば死んでいたかもしれない… それでも、貴方は嫌ではなかったと言うの?」 「陛下、あれは私の不注意が招いたことです。貴女のせいではありません。」 「…いえ、私のせいよ。」 震えた声で、彼女は黎翔の否定をさらに否定した。 責任感が強すぎる彼女はどうしても自分のせいにしたいらしい。 「貴方をここに留めなければ、貴方が私を庇ってけがをすることはなかった!」 膝の上で握りしめた小さな手の上に、ぽたりぽたりと雫が落ちる。 まさか泣いているのかと、伸ばしかけた手は強く振り払われた。 「へい…」 「優しくしないで。」 顔を上げた彼女の目尻には予想通り涙が溜まっている。 「―――元々期限は私が飽きるまで、だったわ。」 それでも彼女は黎翔に何も求めなかった。 それどころかこの手を離し、他の男の手を取ろうとしている。 「――――――」 ……もう一度、心の中で呟いた。 「もういいの。私も夢から目を覚まさなければ…」 「そうして、貴女は私以外の男のものになるのですか?」 「…え?」 自分でも冷たい声だなと思う。 細い身体を乱暴に引き寄せ、戸惑う顔をこちらへ向けさせる。 醜い感情に支配された自分は彼女の瞳にどう映っているだろうか。 「黎翔? 何を言って――― ッ」 化粧をしていなくとも紅く色づく唇を文字通り塞ぐ。 初めて触れたその場所は、思っていた以上に柔らかかった。 「……ゃ、!」 びくりと震えた身体が後ろに下がろうとするが、当然許すはずがない。 腰と頭へまわした腕に力を込めてさらに密着させる。 腕の中に閉じこめた兎から匂い立つ香りは甘く、煽られるままに何度も奪った。 「れ、…んぅ!」 このまま彼女の全てを奪ってしまえば、彼女はどこにも行けなくなるかもしれない。 手を離される前に捕まえてしまえばいい。 酔ったような思考の中で浮かんだものはひどく魅力的に思えた。 軽い身体をゆっくりと長椅子に押し倒す。 驚愕に見開かれた瞳の端に光る雫を指でぬぐい取り、滑らかな頬をそっと撫でる。 自分がどんな顔をしているかは分からない。笑っていたのかもしれない。 「夕鈴……」 「――――――!!」 白い首筋に食いつこうと近づいたとき―――パシンと乾いた音が響いた。 「無礼者。」 頬に鈍い痛みと熱を感じる。 呆然として見下ろせば、そこにいたのは鋭く冷えた瞳の女王陛下。 涙はもう消えていた。 「離れなさい。……聞こえないの?」 「………あ、はい。」 回らない思考のまま、声に従い彼女から退く。 さっと身を起こした彼女は乱れた襟元と裾を整えてから天井に声をかけた。 「浩大!」 「呼んだー?」 いつもの軽い声と共に浩大が降りてくる。 その頃になってようやく黎翔の思考も冷静になってきた。 けれど、声を挟める雰囲気はなくて。 「この男を部屋まで連れていきなさい。目を離さずに、確実に。」 ひやりとした空気ににやにやしていた浩大も笑みを引っ込め、氷の女王はその雰囲気のま ま黎翔を睨みつける。 「黎翔。私が呼ぶまでその姿を見せないで。」 「…………ハイ。」 今頃冷えた頭で後悔しても遅い。 弁明の機会さえ与えられず、黎翔は部屋から追い出された。 「で、何やらかしたの?」 浩大は黎翔が傍にいるときは夕鈴から離れていることが多い。 呼ばれるまで屋根の上にいたから分からないと言いながら、首だけ振り返った浩大がから かって尋ねてきた。 「……馬鹿なことをしたと思っている。」 そんな浩大から目を逸らし、黎翔は重苦しく深い息を吐く。 いつもなら無視を決め込むか睨んで黙らせるのだが、今日はそんな気力も起きない。 少し考えれば馬鹿なことだと分かるのに、あの時の自分は何を考えていたのか。 できることなら時間が戻らないかと無駄なことを願ってしまう。 「ふーん。じゃあ近づかないの?」 「………陛下の怒りが収まるまでは仕方ない。」 別れ際の彼女は氷を纏っているかのようだった。 いつものように怒鳴ってくれた方が安心できたのだが… おそらく今までになく怒らせた のだろう。 今は何を言っても聞いてくれそうもない。それどころか言えば言うほど怒りを煽ってしま いそうな雰囲気だった。 傍を離れるのは身を切るような辛さだ。 しかし、自分の過ちを考えれば今は甘んじて受け入れるしかない。 「それまで我慢するしかないな…」 「―――収まるまで、ねぇ……」 月に向けられた呟きは風に流されそうなほど小さく聞き取りにくい。 「浩大?」 含みのある言い方に疑問を投げかけてみるも、掴み所のない優秀な隠密殿はそれ以上何も 言わなかった。 「このまま引き離すつもり?」 窓辺から月を眺めていると、屋根の上から声が降ってきた。 浩大には全て見透かされていたらしい。 「……ちょうど良いでしょう?」 彼相手に隠す気もなく、夕鈴は月を見たままあっさり認める。 「そんなに大事?」 「―――ええ。」 大事よ。二度もあんな姿見たいとは思わないほど。 彼の命を危険に晒すくらいなら、別離の痛みくらい耐えられると思うほどには。 「馬鹿だね。」 「自覚してるわ。」 浩大の言葉を否定することなく、夕鈴は自嘲気味に笑って言った。 →2へ 2014.10.5. 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--------------------------------------------------------------------- 前回も長かったですが、今回もそれなりに長い予定です。 夕鈴が黎翔さんを手放そうとする話です。 黎翔さんはちょっとヘタレかもしれませんww


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