※ 870000Hitリクエストです。キリ番ゲッター佐智様に捧げます。




 ―――それは、旅の途中であったかもしれない、とある日のお話。


「助けてください!」
 そう言いながら自分に駆け寄ってきたのは、涙目の少女。
 普通ならここで快く人助け、というところだが。
 …その相手が、我が主ご執心の娘さんとなれば話は別だ。

「……どうしたんだ? 娘さん?」
 ものすごく面倒なことに巻き込まれる予感がした。














    受難 1
「あの人が何を考えてるのさっぱり分かりませんッ!」 こちらが聞く姿勢を見せると彼女は真っ赤な顔をして不満を爆発させる。 その後ろでは隠密がにやにやと笑っているが、そこは無視することにした。 どうせ何を聞いてもはぐらかすだろうし、相手にしてもこちらが苛立つだけだ。 「な、なんであんな……ッ 人前なのに!!」 彼女の怒りの叫びはまだ続く。 それをまあまあと宥めつつ、ここまで彼女を怒らせた我が主の行動を思い出していた。 船での移動も馬での移動も休憩中も、とにかく彼女の側にいて、こっちが目を疑うほどの 甘さを見せていた我が主。 以前王都の下町で会ったときにも感じたが、彼女への扱いは今までの誰とも全く違ってい た。 「あの人は掃除婦相手に何がしたいんですか!?」 (娘さんを構いたいだけだと思うが…) 声に出すとものすごく否定されそうな気がしたので、ツッコミは心の中で留めておく。 それはさすがにあの方が不憫だ。 (しかし、あの方がこの娘さんを、ねぇ…) 普通なら考えられないと、不思議な気分で彼女を見下ろした。 彼女は見た目も中身も本当に普通のお嬢さんだ。 善良というか素直というか、疑うことも知らずに育った―――主とは真逆の人生を歩んで きたであろう少女。 二人がどこでどのような経緯で出会い、主が彼女のどこに惹かれたのかは非常に気になる ところ。 後宮の悪女と呼ばれる絶世の美女よりも、おそらくこちらが主の本命。非常に興味がある。 だが、興味はあるが――― 深く関わるのは止めておこう。命は惜しい。 「―――で、どうしてほしいんだ?」 助けてほしいと彼女は言った。 本当はものすごく気が進まないが、彼女は本当に困っているらしい。 「あ、そうでした! あのですね…」 そこでハッとした彼女は、克右に屈むように手招きしてから、こそっと耳打ちしてくる。 彼女の切実な―――とんでもない要望を聞いて、途端に克右は青ざめた。 「いやいやいやいや! それはいくらなんでも」 それは命の危険が伴うと、全力否定で首を振る。 というか殺される。あの怜悧な瞳で射殺されるのではなく、物理的に!! 「お願いします!こんなこと頼めるの他にいないんですー!」 なおも縋ってくる彼女が困っているのは分かっている。分かっているのだが。 主のために命を捧げる覚悟はあるが、こんなことで主に殺されたくはない。 「う、後ろの隠密もいるじゃないか…っ」 「浩大じゃ兄弟にしか見えないって言われました…」 とっさの逃げの提案を即座に返され、否定もできずに唸る。 「しかし、」 「一日だけでいいんです! 私の心の平穏のために!」 「あー…」 断っても良かった。本気で断れば彼女も無理強いはしないだろう。 だが、今にも泣きそうなその顔と震えている手を見てしまうと、 (…俺も人がいいよなぁ) 結局は、断りきれずに頷いてしまうのだった。 活気溢れる宿場町。 行き交う人々に紛れて、狼陛下(お忍び旅行)ご一行様も降り立つ。 「さて、今夜の宿を見つけないといけませんね。」 この旅を仕切るのは李順。無駄がなく完璧な旅程を組んでくれるので、任せておけば安心 だ。 いつもよりゆっくりなのは、旅が初めての娘さんを気遣ってのことだろう。 …まあ、そこは主の命令かもしれないが。 「ならば、それは李順に任せて、ゆー」 「克右さん!」 いつものように引き寄せようとした陛下の手をすり抜けて、彼女は克右の腕に抱きつく。 勢いがつきすぎてぶつかられた感じだが、軍人として鍛えられた克右には大した衝撃には ならない。 ―――問題はそこではなく、 「っ」 途端に凍り付く空気と、こちらに向けられる殺気に身震いする。 背中を向けていて良かった。目を見ていたらその場で固まって動けない。 「…どうしたんだ? 娘さん。」 持てる気力を総動員して、彼女に笑顔を向ける。…多少はひきつっているかもしれないが そこは許してほしい。 「一緒にお土産を見に行きませんか? ここは木彫り細工が有名だと聞きました。」 こちらを見上げてくる彼女は何だかわくわくしている様子だ。 いや、これは気合い十分という感じか? 「ああ、確かに。宝飾品から家具まであるし、見て回るのは楽しいだろうな。」 「本当ですか?」 うん、何だろう。鬼気迫る何かを感じる。 後ろのあれを思考から追い出してるのかもしれない。…できれば俺もそうしたい。 「夕、鈴…?」 (…怖!!) 言葉は娘さんに向けられたものだが、殺気はこっちに向けられている。 娘さんがぎゅっと掴む力を強くするとますます視線が強くなる。何だ この拷問は。 「―――そうですね。夕鈴殿は彼に任せて私達は宿を探しに行きましょう。」 その空気を断ち切ったのは呆れた顔をした李順だった。 (ナイスだ 李順!) その声は天からの助けにも等しく、思わず縋る視線を向けてしまう。 「いや、私は」 反論しようとした陛下を、李順は睨んで黙らせた。 あいつの後ろに見えるのは蛇か? 「李翔様とはお話ししたいこともありますからね。……いろいろと。」 おおぅ、こっちも怖かった! 「わぁ… すごく細かい!」 木彫り細工の箱を手に取り、彼女は目を輝かせて魅入る。 こういうところも本当に普通のお嬢さんだ。さっきから、目に入る店に次々入ってはいろ んなものに目を輝かせていた。 それを微笑ましく眺めているうちに、彼女は壊さないようにそっと元の位置に戻し、今度 は隣の一回り小さな箱を手にしている。 見慣れた自分とは違い、彼女は珍しい品々を前に本気で楽しんでいるらしかった。 「気に入ったのはあったかい?」 「どれも素敵です!」 脅かさないように隣に並んで声をかければ、彼女はきらきらとした目でこちらを見上げる。 絶世の美女ではないが、生命力に満ち溢れた笑顔は自然と人を惹きつける。陛下はここに 惹かれたのだろうか。 「可愛い彼女さんに一つくらい買ってやらないか?」 二人の様子を見ていた店の主人がからかうように言ってくる。 「え? あ、いや」 「可愛いって言われちゃいました。」 違うと否定する前に、娘さんが照れたように小さく笑った。 (その顔はマズイぞ 娘さん! そしてそこは否定してくれ!!) わりと真剣に俺の命がかかっている! 思わず周囲の気配を探ってしまったが、幸い陛下は近くにいないらしい。…隠密はいるか もしれないが。 「えーと、買うかい?」 ここは乗っておいた方が無難かと思って聞いてみれば、彼女は少し考えてから首を振った。 「…いえ。もうちょっと見て回ってから決めます。」 うん、助かったよ 娘さん。 物的証拠が残ったら、それこそ俺の命がないからな。 「お、おお?」 腹ごしらえでもしようと饅頭を購入して道脇に座り込んだ途端、猫に囲まれてしまった。 そのうちの一匹が克右の膝に丸まってくつろぎだしたのを見て彼女は笑う。 「人懐っこいですねー」 娘さんが背中を撫でても逃げていかない。 ふむ…と呟いた彼女は、次に足下に寄ってきた猫を抱き上げて膝に乗せた。その子も逃げ ないので彼女は上機嫌だ。 「っ!?」 突然背中に爪を立てられて痛いと思ったら、肩にのぼった子猫が頬ずりをしてきた。 可愛いと娘さんは微笑ましく見てくるが、はっきり言って身動きがとれない。…何でこん なに猫が多いんだ ここ。 「克右さんって、猫好きなんですか?」 振り落とすのも可哀想だしどうしたものかと思っていると、彼女が素朴な疑問とばかりに 聞いてきた。 本当に邪魔なら下ろせばいい。でもそうしない自分に彼女は気づいたらしい。 「んー? まあそれなりにな。どうしてか向こうから寄ってくるんだが…」 「…本当ですね。」 肩に一匹と膝に一匹。脇に三匹、足下にあと二匹。そして娘さんの膝の上にも一匹いる。 どこからこんなに現れたのかという数を前に、彼女はクスクスと笑う。 「きっと、克右さんが優しいことを知ってるんですね。」 そうかぁ、人の良さのせいか。 だが、そのせいで今命懸けてる状態になってるんだが。 「私も何だか安心できます。」 ………。 それ、誤解されるからあの方の前で言わないでくれよ…? →2へ 2015.2.15. UP
--------------------------------------------------------------------- ちょっと長くなってしまったのでここで一区切り。 後半は克右さんの命に危険が迫ります(笑)


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