恋敵は熊? 1
      ※ 960000Hitリクエストです。キリ番ゲッター桜様に捧げます。




「やっぱりうちの弟は優秀ね!」
 弟くんからの手紙を読む時の夕鈴は、独り言でも声が弾んでいる。

 可愛い可愛い弟からの手紙は、窮屈な後宮暮らしの中での夕鈴の楽しみの一つ。
 そして、そんな夕鈴を見ているのが僕の楽しみの一つ。

 彼女はまだこちらの存在には気づいていないけど、見てるだけで飽きないからそこは構わ
 ない。
 邪魔しちゃいけないと思って、少し遠くから黙って見守っていた。


「―――あら、龍兄が帰ってくるのね。」
 と、彼女の声に知らない名前が混じる。

(? りゅーにー??)
 この前下町に行った時には聞かなかった名前だ。

「ちょうど青慎の学費のことで学問所に相談しに行こうと思ってたのよね… んー 会える
 かしら?」

 ひょっとして下町に行く気なのかな。
 だったら当然僕も一緒に行くべきだよね、うん。


「どうしたの?」
「!!?」
 今来た風を装って声をかけると、彼女の体がびくっと跳ねた。
「…って、陛下!?」
 どうやら、本当に全然気づいていなかったらしい。
 焦った彼女は手紙を放り出す勢いで置いて慌ただしく立ち上がる。
「気づかなくてすみません!」
「いいよー 弟くんからの手紙を読んでるんだろーなって知ってて来たんだし。」
 こっそり見ていたことは黙っておくことにして、彼女の隣に腰かけた。

「何か面白いことでも書いてあったの?」
「え? どうしてですか?」
「部屋の外まで聞こえてたけど、すごく楽しそうな声だったよ。」
「え!? す、すみません……」
 恥ずかしさに少しだけ頬を赤らめながら、夕鈴は広げた手紙の文字を指で辿る。
「えっと、遠方に行ってた知り合いが帰ってくるみたいで。予定が合えば会いたいなーっ
 て思ってて。」
「へぇ… あ、手紙見て良い?」
「どうぞ。」
 特に見られても問題ないことばかりなのか躊躇いなく渡される。
 彼女が辿った辺りを見ると、確かにそんな風なことが書いてあった。
「龍に…じゃなかった、龍樹兄様は国中を旅していて、年に一回…いえ 二年に一回?くら
 い帰ってくるんです。」
「お兄さん、なの?」
 夕鈴に兄がいるという話は聞いていない。
 不思議に思って聞いてみると、違うと首を振られた。
「近所に住んでた人で、いつも小さな子達の面倒を見てくれてたんです。とっても優しく
 て、みんな大好きだったんですよ。」
「ふーん…」

 夕鈴の口から他の男が好きという言葉を聞きたくないなと思う。
 それが、たとえ親愛の情であったとしても面白くない。
 しかもその男に会いに行きたいと言う。

 ダメだと言えば真面目な彼女は従うのだろうけれど、表情を曇らせてしまうのも確実だ。
 どうしたら良いのか、表情を変えないままで考えを巡らせる。

「…10日程待ってくれたら僕も一緒に行けるから、それなら」
「そんなに待ってたら龍樹兄様がまた旅に出てしまいます!!」
 言い終わる前に抗議を受けてしまった。
「用事を済ませたらすぐに戻ってきますから! 行かせてください!!」
 このままだと、自分のことを待たずに下町に行ってしまいそうだ。
 それは非常に困る。というか、嫌だ。
「…ちょっと待って」

(あれとこの前のあの件は後回しにできるし、あとはあれとあれが片付けば―――…)

「―――よし、明後日まで待って。急ぎのものだけ終わらせるから。」
「え、終わるんですか?」
「うん、大丈夫。」
 官吏達が倒れるかもしれないけどそれはどうでも良い。それよりも夕鈴を一人で下町に行
 かせる方が問題だ。
 半信半疑なのかじとっとした目で見られたので、もう一回大丈夫だと言っておいた。


「ところで、そのお兄さんってどういう人なの?」
 まずは"敵"を知ること。
 ということで、できる限りのさり気なさを装って聞いてみる。
「…熊?」
「へ?」
 ところが返ってきた答えは、なんというか予想外ものだった。
「いえ、ホントに大きな人なんです。私が子どもだったこともあって、熊みたいだなーっ
 て思ってたんですよね。」

 そういうのが夕鈴の好みなんだろうか。
 僕も狼とは呼ばれているけれど、熊って感じじゃない。
 そういえば幼馴染の彼も鍛えてはいるけど細身の部類だった。
 夕鈴が熊みたいな人が好みなら、彼に興味がなかったのも納得がいく。

(…だから、僕にも興味ないのかな?)
 自分で行き着いた答えに地味に凹む。

 彼女は自分の味方だと言ってくれる。笑顔を向けてくれる。
 狼陛下は怖がられているけれど、それでも逃げずに近づこうとしてくれている。

 けれど、それは彼女が優しい人だからだ。
 決してそういう意味での好意からではないと分かっている。

 でも、彼女の一番でいたいんだ。
 せめて、彼女がここにいてくれる間は。


(熊… 勝てるかなぁ…?)
 終いにはそんな明後日の方向の考えに至り―――

 この後、半ば本気で「熊の倒し方を知ってるか?」と浩大に聞いて大爆笑されたのは、
 夕鈴には秘密の話。





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2015.10.7. UP



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書いても書いても書き上がらなくて、こんな量に…(汗)
ただし前半は短めに。後半からオリキャラさんの登場です。
 


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