願い叶った場所で 1
      ※ 990000Hitリクエストです。キリ番ゲッター碧様に捧げます。
      ※ メインは青慎ですが、未来夫婦設定です。




 ―――その年、僕は長年の夢だった官吏登用試験に合格した。


 几鍔さんや友達などの身近な人には直接報告しにいって、それぞれからお祝いの言葉をも
 らった。
 お世話になった人達への挨拶回りには姉さんが一緒に行ってくれるらしい。
 陛下…じゃなかった、義兄さんの仕事が落ち着いたら来るとのことだ。

(あ、姉さんが帰ってくるなら食材を買い足しておかないと。)
 一度帰ってから買い物に出かけようと今後の予定を組み立てながら、青慎は自分の家の門
 をくぐった。




「ただいまー」
 誰もいない家に返事があるはずもないけれど、ついいつもの癖で言ってしまう。
 少し前なら、姉さんが
「おかえり!」
 と、抱きつく勢いで飛んできて… というかむしろ抱きつかれていた。

「おかえりなさい! 青慎!」
 そう、こんな風に――――……

「…って、え!?」
 ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる力は苦しいくらいで、この痛さからして夢ではないらしい。
 目をぱちくりさせながら… 本当に驚いたことに、目の前の光景は現実だと知った。

「…帰るのは、ある程度仕事が片付いてからじゃなかったの?」
 ちょうど今は忙しい時期で、ある程度落ち着いてからだと聞いていた。
 だからきっとまだ先のことだと思ってたのだ。
「早くしないと夕鈴に置いて行かれそうだったから頑張ったよ。」
 姉さんの肩越しに見える義兄さんは苦笑いしている。

 うん、この姉ならやりかねないと思ったのは、自分が愛されているという自覚が自惚れで
 はなくあるからだ。
 姉さんがいっぱい愛してくれたから、僕はここまでこれたのだと思っている。
 姉さんが、自分のことを後回しにしてまで僕の幸せのために動いてくれたからだ。

「だって早く言いたかったんですよ!」
 パッと離れた姉さんが後ろを向いて言ってから、またこちらに向き直る。
「おめでとう! 青慎は私の自慢の弟だわ!」
「ありがとう…」
 きらきらと輝く笑顔で告げられて、僕は照れで赤くなった顔のままでそれだけ答えるのが
 精一杯だった。

 他の誰からの言葉より、姉さんにもらった言葉が一番嬉しい。
 誰より応援してくれたのが姉さんだったから。
 だから、姉さんのその言葉と笑顔だけで頑張った甲斐がある。

 官吏になりたいという夢は昔からのものだった。
 最初は姉さんを楽にしてあげたくて頑張っていたけれど、今の姉さんには必要ない。
 それでも止めなかったのは、いつしかそれは自分自身の夢になっていたからだ。
 もちろん登用試験合格は最終目標ではなく出発点でしかないけれど、努力が報われたこと
 は本当に本当に嬉しい。


「さぁて 張り切って作るわよ!」
 意気込む姉さんの手にはいつの間にやらおたまが握られていた。
 奥からは何かが煮立つ音と良い香りもするし、どうやら食事の準備の途中だったらしい。
「みんなからお祝いってたくさんもらったの。」
 僕に対して言葉だけだったのは、その前に姉さん達に渡していたからだったようだ。
 下町の繋がりと仲の良さはいつだって変わらない。僕はそんな下町の温かさが好きだった。
 「さすがは私の青慎っ 愛されてるわね!」と言われたのには、どう答えたらいいのか分か
 らなかったけれど。





 二人とも夜には戻らないといけないらしく、食べながらこれからの話をしていた。
 せっかくのお祝いだし美味しい食事だけを楽しみたいところだけど、こればかりは仕方が
 ない。

 義兄さんが教えてくれたのは、王宮では接触しないことと出会っても他人のふりをするこ
 とだった。
 もちろんそれは僕を守るためのものだろうということはすぐに理解できた。

「…それは、僕に接触してくる人がいるからですか?」
「うーん、それもないわけじゃないけど…」
 歯切れ悪く答えながら、義兄さんがちらりと隣の姉さんを見る。
 それを受け継いだ姉さんがバンッ!と勢いよく机を叩いたので、慌ててお味噌汁のお椀を
 持った。
「青慎の実力が疑われるのが我慢ならないのよ!」
「……はい?」
 わざわざ立ち上がって言うほどのことなんだろうか?
 力いっぱい元気いっぱいの姉を前にして、青慎は曖昧な返事しか返せない。
「まあ、そういうわけなんだ。」
 そんな姉を肩を押して座らせ宥めながら、義兄さんが僕に向かって優しく笑った。

「君の合格は純粋に君の実力だよ。自信をもっていい。」
「あ、はい!」
 青慎の返事に義兄さんは笑みを深める。
 その隣で姉さんも笑っていた。


 官吏になることは小さい頃からの夢だった。
 ずっと頑張ってきて叶えたものだった。

 その夢を、自分の手で叶えられたことを誇りに思った。





















 くしゃみ一つさえ響き渡りそうな静寂の中、この年の合格者達が整然と並んでいた。
 中央の玉座には我らが王、そして両脇には主なる重臣の方々。あまりの重圧に身体がびし
 りと固まる。
 けれどそれは自分だけではない。ちらりとのぞき見た隣の人も、同じようにがちがちに見
 えたことに少しだけ安心した。

 今日から僕はここで働く。
 国を支える官吏の一人として、この国のために力を尽くすのだ。


(でも、本当に王様なんだ……)
 普段は気にならない…というか、気にしていなかった。
 下町での義兄さんは、いつもにこにこしていて姉さんが大好きだという態度を隠さない、
 フリーダムな人だ。
 正体を明かされるまで狼陛下と同一人物とは思えなかったし、実は今までもあまり実感し
 ていなかった。
 威厳に満ちた声も雰囲気も、まさに『狼陛下』の名に相応しい。本物を前に、最近やっと
 それを実感している。

 …とはいっても、顔なんて遠すぎて見えないけれど。
 響いた声で義兄さんだと分かったくらいだ。
 しかも、知識として知っているからこそ気づけるくらいだ。

 遠い。顔すらも分からないほど遠い存在。
 これが僕達の本当の距離なんだと認識させられた。

 いつか、近くに行けたら。
 自分の力で、あの人達の目に入るところまで行きたい。

 それが新しい目標だ。












*











「青慎、上手くやっていけるかしら…」
 夜になっても夕鈴の関心は弟に向けられていた。
「夕鈴…」
 その隣で、苦笑いを含んだ…少し切なげな声が聞こえる。
 が、それは夕鈴には届いていない。
「虐められたりしたらどうしよう…っ」
「ゆーりん……」
「あの子、人当たりは良いけど強く言えないタイプだし…」
「ゆー…」
 髪へと触れようとしたタイミングでいやいやと首を振ったのはもちろん拒絶ではない。
 弟のこれからを勝手に想像し、それを否定するためだ。
 決して、本人にそのつもりはないのだ。
 だから、肩を落としてうなだれる夫も無視したわけではなく気づいていないだけだ。
「ゆーりぃん…」
「青慎…」
 やりとりはいつまでも一方通行で、いつまで経っても交わらない。
 自他ともに認めるブラコンの夕鈴は、可愛い可愛い弟が心配でたまらなかった。


 広間に集められた今期の合格者は数多く、顔も分からないほど遠かったけれど、夕鈴には
 青慎がどこにいるかすぐに分かった。愛(ブラコン)に不可能はない。
 青慎がずっと官吏になりたいと思っていたのも知っているし、全力でサポートしてきた身
 として、あの場に青慎がいたことはとても嬉しい。
 …でも、王宮がどんなところかを知っている身としては心配でたまらないのだ。


「―――夕鈴」
「!?」
 放っとかれすぎた夫がついに実力行使に出た。
 大きな手のひらで両頬を包み込み、無理矢理自分の方を向かせる。
「僕も構ってほしいなぁ…」
 大きく目を見開く夕鈴の瞳いっぱいに己を映し、彼は夕鈴にしか見せない拗ねた顔をして
 見せた。
「ちょ、な…っ!?」
 反射的に引きかけた夕鈴をもちろん逃がすようなヘマはしない。
 逆に、いつの間にか腰に回していた腕が身体ごと夕鈴を引き寄せる。

「あの子はしっかりしてるよ。」
「っ分かってますよ! でも心配なんです!」

 几鍔にも「お前より何倍もしっかりしてる」と言われたことがあるし、夕鈴だってそれく
 らい分かっている。
 夕鈴が勝手に心配しているだけで、手助けなんて要らないのも知っている。
 でも、頭では理解していても心ではそういかないから仕方がない。

「以前より身分による差別はなくなってきているとはいえ、まだ貴族の中には自分達の方
 が優位だと思っている輩もいます。実力に関係なく言いがかりを付けてくる馬鹿もいると
 思います。私の青慎がそれに負けるとは思いませんけど、そんな場面を見てしまったら私
 は自分の立場も忘れて飛び出していってしまいそうです…」
「……あ、うん… そうだね……」
 一気に言い募る夕鈴に、彼も頷くことしかできない。
「もちろんそれが青慎の不利になることは分かってますから抑えますけど!」

 可愛い弟のためだと思うからこそ、我慢するしかないと分かっている。
 正しいことをすると不利になるなんて、本当に王宮とは不条理な場所だ。


「……ほんと あの子の存在は貴重だね。」
 深くため息をついた陛下がぽつりと呟いた。
 口調は穏やかだけれど、声音は少しだけひんやりとしている。
「どういうことですか…? っ!」
 ふと変わった空気を疑問に思って夕鈴が顔を上げると――― その先にいたのは構っても
 らえなくて拗ねた小犬ではなく、この国を統べる王だった。
「―――夕鈴、」
 僅かに強ばった夕鈴の様子から感じ取ったのか、瞬時に表情を柔らかなものに変えて笑む。
 …まだ、ちょっと狼は隠せていないけれど。そこをわざわざ指摘する気はなかった。
「今日の青慎くんの場所、かなり遠かったでしょ。」
「あ…はい。」
 突然の話題転換に逆らうこともせずにコクリと頷く。

 夕鈴としては、たとえ末席であろうとあの関門を突破したのは素晴らしいことだと思う。
 けれど、彼の視点は夕鈴とは違っていた。
「でもね、青慎くんの成績って結構良かった方なんだよね。本来ならあんなに後ろのはず
 がないんだよ。」
「え!?」
 それは知らなかったと夕鈴は目を丸くする。
「まあ、上位数名を除けば成績順って厳密に決まってるわけじゃないんだけど、暗黙の了
 解ってやつでそう見られるんだ。前の方が僕の目に留まりやすいしね。」
 夕鈴もあの場の順番は成績で決められたものだと思っていた。
 でも、そうじゃなかった。…それを知っている人はどのくらいいるんだろうか。
「きっと貴族の馬鹿息子達が金積んで前の方にしてもらったんだろうねぇ。今まで気づか
 なかったことに青慎くんのおかげで気づけたよ。」

(あ、なんかすっごい怒ってる…)
 肌がピリピリとした痛みを訴えてくる。
 空気がひんやりとして冷たいのも、夜のせいではないというのも分かっていた。

 怒りの対象が自分じゃないと分かっているけれど、緊張してしまうのは仕方ないと思う。

「…この件については、明日 周にも言っておく。」
「……」
 それに対して、夕鈴が何か言えるわけがなかった。






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2016.4.23. UP



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青慎がいつ頃登用試験に合格するかは分かりませんが。
なので時期は曖昧にしています〜
ブラコン夕鈴の中は青慎でいっぱいww
 


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