花咲く 2




☆

「―――な、なんで?」
 特に何も言われるでもなく、無事に瑠霞姫様が滞在されるお屋敷に入ってゆっくりして。
 ちょっと肩の力が抜けた翌日の夜。

 現在、夕鈴は混乱の境地にいた。


 おかしい。
 私はさっきまで―――正確には夕方近くまで、瑠霞姫様の部屋にいた。
 そこでいつものように瑠霞姫様のお着替えごっこにお付き合いしていたはず。

 …人形になるのはいつものことだし、慣れているから良いのだけれど。
 おかげで今着ているのは蒼玉国の流行の服だったりする。
 露出が多いので個人的にはあまり好みではないのだけれど。

 …と、そういうことはどうでも良くて。問題はもっと深刻だ。


「なんで、二人っきりでお食事なんですか!?」
「叔母上に許しは得ている。」
 目の前にいるのは白陽国の国王陛下。優雅にお茶を飲んでいらっしゃる。…何故。
 何がなんだか分からずにぐるぐるしていたら、ふと顔を上げた陛下と目が合って……笑わ
 れた。

「この国に来たら会いに来て欲しいと言っただろう? "夕花"」
「〜〜〜!?」

 完全にバレていた。
 わざとゆっくり名前を呼ばれ、夕鈴の顔がさぁーっと青くなる。

「叔母上から話は聞いた。旅の小楽団が叔母上の提案だということも。」
「あああの、騙すつもりはなかったのですが、すみません…」
「良いよ。問題はそこじゃないから。」
「…え?」

 問題って?

「―――私に会いに来るつもりはなかった?」
「へ?」
 なんだか雰囲気が違うような気がしないでもない。
 何だろう… 狼というより小犬みたいな。
「それとも、会いに来てくれたの?」
 ことりと、茶杯を卓に置く音がやけに響いた。
 同時に胸の奥でドクリと何かがはねる音も。
「あ、あの…」
 向かいから手が伸びてきて、結い上げた髪からこぼれた一房に触れられる。
「この簪を付けて私の前に現れた意味を教えてくれないか。」
 じっと見つめてくるのは、吸い込まれそうな紅い瞳。
 逸らしたいのに逸らせない。強い意志を持ったそれに魅入られる。


 ―――違う、やっぱりこの人は狼だ。


「"夕花"」
 有無を言わせぬ雰囲気に、ついに夕鈴も諦めて小さく息を吐いた。
「……"夕花"としてはもう会いに来れないことは分かっていたので、母の代わりに瑠霞姫様
 に付いて来ました。簪は…すみません。気付いてくださるかなと、ほんの悪戯心です。」
 こんなことになるとは思わなかったから。
 本当に軽い気持ちでやった行為に今は心から後悔している。

「―――そうか。」
 言葉と共に雰囲気が緩んだ。
「あの、怒ってらっしゃるのではなかったのですか?」
 その反応が意外だったから、思わず聞いてしまった。
 すると陛下はちょっとだけ困った顔をしてから苦笑いする。
「いや。むしろホッとしたよ。」
「?」
 今のどこにホッとする要素があったのか謎だ。
 とりあえず、怒っているわけではないというのは良かったけれど。

(…でも、それならばどうしてここに呼ばれたのかしら?)


「…ねえ、"夕花"。」
 陛下が、触れていた髪をくるりと指に絡めて軽く引く。
 そうして夕鈴の意識を彼に向けさせる。

「君の名前を教えて。君の、本当の名前。」
 あの時と同じ。
 あの時より少しだけ遠いけれど、射抜く紅色は同じでまた心臓がはねた。

「…夕鈴、です。」
 今はもう隠す必要もないし、"夕花"はもう使わない名前だ。
 素直に答えると、陛下はフフと嬉しそうに小さく笑った。
「夕鈴か。君らしい可愛い名前だ。」
「は、はあ…」
 そういうことをサラッと、何の躊躇いもなく言うなんて。
 きっと息を吐くようにいつも言ってるんだわ。この人。

(…この人、絶対タラシだ。)
 ぐるぐる考えて、陛下への印象をそう結論づけた。


「夕鈴」
「はい。」

「夕鈴」
「はい…」

「夕鈴」
「はい。って、何なんですか!?」
 しつこいと怒れば、相手は答えずに笑う。

 よく考えれば不敬なことこの上ないけれど、この時は思い浮かびもしなかった。
 陛下も怒るどころか、嬉しそうに笑っていたから。


「夕鈴。」
「? 何でしょう?」
 さっきまで向かい合っていなかったかしら?なんて思う暇もなく。
 気が付けば陛下は隣に座って夕鈴の手を取っていた。
「君にお願いがあるんだ。」

 やっぱり綺麗な人だなって思う。
 本来は、こんなに近い距離で見つめ合うことなんて、あり得ない人。
 この方は国王陛下で、自分は他国の侍女でしかなくて。
 ちくりと痛む何かには、気づかないフリをした。

「ここにいる間だけでいい、私の話し相手になって欲しい。」
「……え?」

 うん、意味が分からない。
 今自分の立場を再確認したはずなんだけど。
 遠い人なんだって今思ったばっかりなんだけど。
 どうしてそうなるのか謎だ。

「あの、私は瑠霞姫様の侍女で、」
「知っている。だが、私は君と話がしたい。あの時はあまり話す時間もなかったし。」
「私は舞姫ではありませんので…」
「ああ。私は夕鈴、君と話がしたいんだ。」
「………」
 どうやらこの王様。人の話を聞く気がないらしい。
 良いと言うまで手も離してくれなさそうだ。

(…自由すぎるわ この人。)
 このくらい強引じゃないと王様なんてやってられないのかもしれないけれど。


「えーと、……瑠霞姫様が良いと仰るならば…良いですよ。」
 今の夕鈴は瑠霞姫の侍女なのだから。上司の許可は必須だ。
「分かった。」
 何故そこで頷くのだろう。そして嬉しそうなのだろう。
 普通あり得ないことのはずなのに。

 だから、瑠霞姫が断れば終わり。そう思っていた。―――のに。


 それでまさか、本当に許可もらってくるとは思わなかった。
 しかもそれから毎日一緒に庭をお散歩して、お話しすることになるなんて…

 この時は全く思いもしなかったのだ。










★

「明日はお会いできなくて…すみません。」
 日課となった散歩の途中で、夕鈴が頭を下げて謝ってきた。
 ちょうど明日の予定を聞いたときだ。
 理由を問おうとして、その前に明日のことを思い出した。
「ああ、叔母上のあの日か。」
「はい。」
 願望故に忘れそうになっていたが、彼女は私のものではなく叔母上の侍女だ。
 叔母上の予定の方が優先になるのは仕方がない。

 叔母上は明日 白華園を貸し切り、親しい友人を招いて"ピクニック"をすると聞いている。
 時間があったら来て欲しいと誘われたが、興味がなかったから即断っておいた。

「君も参加するのか?」
 それなら興味も持てるんだが。そう聞けば、彼女にまさかと笑われる。
「私は侍女ですよ。貴族のお姫様方と話ができるはずないじゃないですか。」
「それもそうか。」
 彼女の身分は国ではそう低くはないと思う。
 しかし、今の彼女の立場は侍女だ。真面目な彼女はきっと職務を全うしようとするだろう。

「それに、私は数名いらっしゃる男性方のお世話ですから。」
「え!?」
「え?」
 驚いたら、驚いたことに驚かれた。
「男も来るのか!?」
 それは聞き捨てならない。
 夕鈴に他の男の相手をさせるなんて、叔母上は一体何を考えているんだ。
「はい。瑠霞姫様のお知り合いのご子息の方々だそうです。」
 冷静な彼女にも腹が立つ。
 真面目すぎるのも困りものだ。
「どうして君が?」
「私が一番近いからと仰られたので、たぶん、年齢のことだと思うんですけど。」
 夕鈴も事情はよく分かっていないようだ。
 命じられたからその仕事をこなそうと思っているだけだ。

(なんと腹立たしいことだ…)

「…なるほど」
「え?」
 やはりあの人は自分の叔母だ。"嵐姫"の名は飾りではなかったか。
「陛下…?」
「何でもないよ。」
 夕鈴へはにこりと笑い返すも、内心は黒い感情が渦巻いていた。
 叔母上の思惑には乗りたくもないが、乗らなければ後悔することは明白だ。

「……明日、頑張ってきてね。」
「はい。……?」
 感情が漏れていたのか彼女がビクビクしていたので、大丈夫だよとまた笑って見せたら肩
 の力を抜いていた。


(さて、どうしてくれようか…)





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2017.5.6. UP



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まだもう少し続きます。
陛下が落とす気満々すぎるwww
 


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