花咲く 3




☆

 本日は風も心地よく空は快晴。まさにピクニック日和だ。
 そんな麗らかな日の下で、白華園には優雅な雰囲気と笑い声があちこちからあがっていた。


「…ビックリしたわ。」
 そことは少し離れた湖畔の四阿が、夕鈴の今日の仕事場…のはずだった。
 そこで数名の殿方の世話をするのだと聞いていた。
 が、現れた彼らに唖然とし、笑う二人に促されるまま席に座る。

「久しぶりだな。」
 先に口を開いたのは方淵だった。
 普段は仏頂面だが、気の置けない仲の前だと少し和らぐ。
「思ったより早い再会だったね。」
 穏やかに言ったのは水月。
 何故か夕鈴の代わりに彼がお茶の準備をしている。
 …彼が淹れた方が美味しいから良いけど。

 彼らは知っていたのか、特に驚いた様子はなかった。
 まあ、夕鈴へは瑠霞姫様が意図的に隠していたのだろうけれど。

「…瑠霞姫様も教えてくだされば良かったのに。」
「君を驚かせたかったんだと思うよ。あの方はそういう方だから。」
 フフと笑いながら水月が茶杯を渡してくれたので受け取る。
 温かいお茶を一口含むとホッと力が抜けた。やっぱり美味しい。

「あいつらは?」
 飲み干した茶杯を卓に置きながら、方淵が軽く周りを見渡す。
 ここで5人揃わなければおかしいと思うのは夕鈴だけじゃなかったらしい。
「克右さんは周辺の護衛をしてるの。浩大はたぶんその辺にいると思う。」
「その辺って酷いなぁ。どこにいるかくらい知ってるくせに。」
 ケラケラ笑いながら浩大が上から降ってきた。
 当然のように水月から出されたお茶を一気に飲み干し、ついでに目の前の菓子に手を伸ば
 す。
 客より先に手を出すなと言いたいところだけれど、メンバーがメンバーだから今更かと止
 めておいた。
「あっちもそろそろ来ると思うよ。」
 そんなことを話していると視線の先に克右さんの姿が見えて、みんなで手を振って出迎え
 た。





 最初はそれぞれの近況報告。
 方淵は近々補佐官として政務室付きになること、水月もようやく出仕する気になったこと。
 蒼玉国組はそう変わりないが、克右さんが正式に瑠霞姫の護衛に昇格したことをそれぞれ
 報告し合った。

「陛下にはお会いした?」
 水月の何気ない問いかけにドキリとして、夕鈴は茶杯に伸びた手を止める。
「え、ええ」
 お会いしたどころか毎日お散歩とか食事とかしちゃってるけど。
 この前なんか高価な耳飾りを贈られてそれはダメだって突き返したりもしたけど。
 そうしたら今度は大量の花とかお菓子とかのプレゼント攻撃してくるようになっちゃった
 けど。
 でもこれって言って良いのかどうなのか分からな
「絶賛口説かれ中だよねー」
「浩大ッ」
 い…って、今考えてたのにあっさりバラされた。
 しかも事細かに全部話してるし。
 まあ、浩大が言うなら問題ないってことだろうから良いんだけど。

「…陛下は、今日のことはご存知なのですか?」
 そうしたら、何故か水月が青い顔になった。
「姫さんが言ったから知ってるね。」
 浩大はそう言って意地悪く笑う。
 何故か水月の顔色がますます悪くなった。
「…なるほど。それで我々はここに。」
「何の話だ?」
 納得した水月の隣で方淵は首を傾げている。
「瑠霞姫に試されているということだよ。」
「誰がだ?」
 方淵はまだ分かっていない様子。
 浩大はにやにやしているからきっと分かっている。
「…罠と分かっていて来るか来ないか。」
 克右さんも分かってるみたい。
「だから、何の話だっ」
 本当よ。もっとはっきり言って欲しいわ。
 どうやら分かってないのは方淵と夕鈴だけのようだ。
「ここに陛下が来るかもしれないということだよ。」
「どうして陛下が来るのよ?」
 本気で分からない。
 今の話の流れでどうして陛下がここに来ることになるのか。
「…ああ、なるほど」
 ちらりとこっちを見た方淵が、納得したように頷いた。
 え、今ので何が分かったのよ。一人だけ抜け出さないでよこの裏切り者。
「って、分からないのって私だけなの!?」

 ちょっと、憐れんだような目で見るのは止めて!
 それ絶対馬鹿な子って呆れてる方よね!?









★

 普段は庶民にも開放している庭園だが、今日はいつもと雰囲気が違っていた。
 …今日は貴族しかいないから当然なのだが。
 自分が現れた途端にざわめき出す彼女達は慌てて膝を付く。
 馬上から辺りを見渡せば、多くの視線がこちらに向けられていることに気づいた。

 …彼女以外の視線など、煩わしいだけだというのに。
 彼女の視線ならいつまでも独り占めしておきたいと思うのに。その彼女だけがいない。

「叔母上、夕鈴はどこにいる?」
「…まあ。そんなに急いでどうされましたの?」
 全て分かっているくせに白々しい。
 ゆったりとした足取りで黎翔の元へやって来た彼女は、わざとらしくゆったりとした口調
 で笑いかけてきた。
 愛馬から下りて供の者に預け、不機嫌なままで再度彼女の居場所を問う。
「夕鈴はどこだ? 彼女に用がある。」
「―――あの子は今仕事中ですわ。ああ、よろしかったら陛下もぜひご一緒にいかが?」
 彼女がちらりと後ろに視線を送る。
 ずらりと並んで控えた女性達は、おそらく叔母上が選んだ妃候補達だ。
 叔母上が選んだのだからおそらく自分にも有益な相手なのだろう。
 …だが。
「興味ないな。私の用は一つだ。」
 他の誰も彼女には敵わない。
 初めて見たときから惹かれ、焦がれ続けている彼女以外は見えない。

「……ご案内しますわ。」
 扇の向こうでため息を付いた叔母上がくるりと背を向ける。
 ちらりと見えた横顔には、呆れとも諦めともつかない表情が浮かんでいた。



「…夕鈴って誰?」
「さあ? 私の知る限りでは聞いたことないわ。」
「陛下がわざわざ迎えに来られるなんて、一体何者?」
 囁くような声がいくつも聞こえる。その上何故かぞろぞろ付いてきたが放っておいた。
 皆、狼陛下が執心している娘が気になるのだろう。





 叔母上を先頭にした一行は湖畔へと辿り着き、その先で楽しそうに話している男女が目に
 入った。
 夕鈴の他に男が4人。全員見覚えがある。―――夕鈴の旅仲間だ。

「あら、水月兄様…」
 叔母上の隣にいた少女が驚いたように、少し呆然とした声音で呟いた。
 それを目敏く聞きつけた叔母上が視線を横へとずらす。
「そういえばあの方は紅珠様の兄上でいらしたわね。」
 紅珠に水月… ああ、氾家の子息かと思い至る。
 氾水月は黎翔が即位してから家に引きこもって全く出仕しないと聞く。だから顔も知らな
 かった。
 氾家ならば蒼玉国と親交も深く相手としては申し分ない。…そこまで考えて胃が焼ける感
 覚がした。
「はい。その節は兄がお世話になりました。…兄は、そちらではいつもあのような様子だっ
 たのですか?」
「ええ、そうですわね。あのメンバーでいる時は、ですけれど。」
 確かに黎翔から見ても仲の良いメンバーだった。
 ずっと一緒に旅をしていたのだから当然だと思いつつも、あんな楽しそうな夕鈴の顔を見
 てえしまえばその信頼関係が憎らしい。
「あんな風に笑うお兄様を初めて見ました。水月兄様はお優しくて私にも笑いかけてくれま
 すけれど、あんなに楽しそうには笑って下さいませんでしたもの。」
 私の前でも夕鈴はあんな風には笑わない。
 少し遠慮がちに笑い、躊躇うように声をかける。もどかしいほどに。
「あの5人は国でもとても仲が良かったのですわ。」
「そうですのね。」
 氾家の娘に話しているようで、実のところは黎翔に向かって言っているのだろう。
 敵は的確に黎翔の傷を抉ってくる。
 だが、それで諦めるくらいなら、初めから捕らえようとは思わない。

「―――だから、旅にも出したのか。」
 知らずに握りしめていた手を解放し、叔母上を睨みつけた。
 振り返った彼女は狼陛下の睨みなど意に介さないとばかりに嫣然と笑む。
「諦めさせようとお思いか?」
「前にも言いましたけれど… 私はあの子に誰より幸せになって欲しいだけですわ。」
 ハラハラしているのは周りの方で、黎翔と彼女はじっと相手を見据えながら言葉を紡ぐ。
 端から見れば一触即発に見えるのだろうが、彼女が手に入るか否かの状況では構ってはい
 られなかった。
「私、あの子に言いましたの。貴方が望めばどんな相手でも…たとえ王族でも他国の貴族で
 も嫁がせてあげるわって。」
 この叔母上なら可能だろう。
 かつて自らもそうやって己の愛する人の元へ嫁いだのだから。
「では、他国の王でも?」
「―――あの子が望めば。」
「分かった。」
 短く返して彼女の脇を通り過ぎる。
 叔母上が引き留めることはなかった。






「夕鈴」
 ゆっくりと愛しい者の名を呼ぶ。
 誰が聞いても特別だと気づく甘い甘い声音で。

 途端に談笑がぴたりと止み、男達はさっとその場に控える。
 ただ1人、夕鈴だけがぽかんとして立ち尽くし、幽霊でも見たかのような目でこちらを
 じっと見ていた。

 ―――ここに"私"がいる意味に、きっと彼女だけが気づいていない。

「陛下!? どうしてこちらに?」
 彼女がハッとして礼を取る前に、素早く手を引いて留める。
 あと一歩で腕の中に囲われるほどの近さは、彼女だけに許された距離だと周りに知らしめ
 るため。
 周りで息をのむ音がした。

「…夕鈴、戻る準備を」
「え、でも、まだ仕事が……」
 黎翔の意図には全く気づかずに、彼女はただ戸惑う。仕事の途中では戻れないと言いたい
 らしい。
 真面目な彼女のために、黎翔は振り返って叔母上を見た。
「叔母上。彼女を連れ帰っても良いだろうか?」
「お客人方が良いと仰るなら構いませんわ。」
「だそうだが?」
 今度は夕鈴の後ろの男達に視線を向ける。
 立場的に答えるべきなのは自分かと、水月はため息を付きながら前に出た。
「…どうぞ、陛下の御心のままに。」
「―――だ、そうだ。」
 許可を得て、夕鈴へと視線を戻す。
 口元だけで笑うと彼女は観念したかのように息を吐いた。
「分かりました…」
 行くのが嫌だったわけではなく、仕事の途中放棄が嫌だっただけらしい。
 あっさりと切り替えると、彼らの方に向き直った。
「皆様、申し訳ありません。私は先に戻ります。では、また。」
 人前だから侍女らしく挨拶をして、夕鈴は先に歩み出した黎翔の後へと続く。
 黎翔が馬の背に乗せようとするのも特に異を唱えずに素直に従った。

「夕鈴」
 名を呼ばれ、腕の中の夕鈴がぱっと顔を上げる。
 今呼んだのは黎翔ではない。
 彼女の視線の先を追えば、彼らがそれぞれ優しげな表情で見つめていた。
「お前はそのままで良い。お前らしくいろ。」
「貴女がどこにいてもどんな選択をしても、私達は貴女の味方ですから。」
「大丈夫。オレの仕事はアンタを守ることだしね。」
「―――つまり。好きなようにやれってことだ。」
 それぞれがそれぞれの言葉で彼女に言葉をかける。
 黎翔には入り込めない彼らと夕鈴との絆を再確認させられたような気分だ。

「ありがとう」
 その言葉に込められた意味を、黎翔は図りかねた。







 帰り道に特に会話はなかった。急いで帰りたかったから馬を飛ばしていたのもあるし、夕
 鈴も気を遣ってか腕の中で大人しくしていた。

 普段、夕鈴との沈黙は心地良い。しかし今は別だ。
 夕鈴はどことなく上機嫌で、それが黎翔には面白くない。原因はさっきの彼らだからだ。

 叔母上は言っていた。
 彼女が望むなら、どんな相手でも嫁がせると。
 つまり、彼らの中の誰かを望む可能性もあるのだと。

 ―――そんなこと、許せない。









「陛下?」
「どちらへ?」
 彼女を馬から下ろした後も下には降ろさず、腕に抱いたまま移動する。
 戸惑う彼女も周りも無視して向かった先は奥の庭園だった。
 人払いしてさらに奥へと進み、確実に誰もいない場所まで来てからやっと彼女を降ろして
 やった。

「陛下? 何か用があったのでは?」
 彼女はまだ分かっていないらしい。

 あれ以上彼らの側に置いておきたくなかった、絆を見せつけられるのが嫌だった。ただそ
 れだけだ。
 夕鈴を他の誰にも渡したくないという、ただの醜い独占欲。
 八つ当たりだと分かっているが気づかない彼女も腹立たしい。

 …それとも、もう選んでいるから気づかないフリをしているのか?
 そう考えた瞬間に、どす黒い感情が抑えきれずに溢れ出た。

「君は、あの中の誰かと結婚するのか?」
「は!? 一体何の話ですか??」
 余程予想外だったのか、夕鈴は目をまん丸に見開いて素っ頓狂な声を上げる。
 それでもまだ疑惑は晴れない。
「叔母上は君が望むなら、たとえどんな相手でも嫁がせると言っていた。」
 叔母上の後見があれば、氾水月でも柳方淵でも結婚は可能だ。
 だから全ては夕鈴の気持ち次第。

「そ、それを知ってどうするんですか?」
「ん? 決闘でも申し込むか。私もそう簡単に君を諦められはしないからな。」
「へ!!?」
 ぽんっと音を立てる勢いで、彼女の顔が真っ赤になった。
 思ったよりもあっさりと気づかれてこっちがびっくりしたくらいだ。
「え、嘘… 浩大達が言った通りなの……?」
 何やらブツブツ言っているが、どうやら彼らのおかげのようだ。

「え、だって、話し相手は滞在してる間だって…」
「その間に口説き落とすつもりだったからな。」
「…私、口説かれてたんですか?」
「なかなか気づいてはもらえなかったが。」
 真っ赤な顔して、頭を抱えて唸る姿も可愛い。
 くすくす笑うと恨めしそうに見上げてくるのも可愛くて仕方がない。

「私は君が好きだよ。鮮やかに舞う姿に惹かれて、話す度に君をもっと好きになった。」
「っっ」
 今ならきっと、ちゃんと伝わると思った。
 告げた言葉に夕鈴はこれ以上にないくらい赤くなって固まっている。
「返事は急がないが、断られても諦めるつもりはないから覚悟してほしい。」

「わ、私!」
 異を決したように口を開くから、もう告白の返事かと思った。
 諦める気はなくても用意もなく聞くのはさすがに勇気が要るので身構える。
「その…、小さい頃からこの国のことがすごく気になってて。」
 …違った。
 安堵すればいいのか残念がればいいのか分からない、複雑な心境ではあるが。
「浩大と克右さんが白陽国の人だって聞いていつも追いかけては話を聞いてました。留学生
 として水月と方淵が来てからは彼らにも。」
 その流れで旅のメンバーがああなったのか。
 だが、何故今その話をするのかが分からない。
「…ずっと、この国を見てみたかった。ずっと来てみたかったんです。」
「そう。来てみてどうだった?」
「―――とってもいい国でした。もっと知りたくなるくらいに。」
 おや、と思った。
 試すかのように、彼女は上目遣いでこちらを見てくる。

「陛下。貴方は、どんな白陽国を見せてくださいますか?」
 正解など分からないが。
「君が望むもの、すべてを。」
 君が見たいというならば、知りたいと思うならば。
 己の全力を以て君の願いを叶えようと思う。

「ありがとうございます。」
 思う通りの答えだったのか、夕鈴がにっこりと笑った。

「では、見せてくださいね。―――貴方の隣で。」



 これからしばらくの後、蒼玉国から王族と縁戚関係にあるという姫君が白陽国に嫁いだ。
 それについては炎波国等一部の国から詮索も受けたが、本人達を見てあまりの仲睦まじさ
 にあてられて、深い追求はされなかったという。



 狼陛下と姫君がどこで出会い恋に落ちたのか、

   その真実を知る者はほんの一握りである―――…




2017.5.6. UP



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お題:花舞うの続き(夕鈴に翻弄されつつな感じで再開からくっつくまでの2人)

「初恋の行方〜凛翔編〜」がエピソード増やしたら書き上がらなくなり。
息抜きでこっちを書いていたらリクエストがやって来た奇跡☆
なので、一気に書き上げました〜
うん、思ったより長くなって自分でもビックリです。
あと、旅メンバー組がわちゃわちゃ楽しそうなのも好きですが。
あんまり入れられなくて残念…

yuki様、ものすごく良いタイミングでのリクエストありがとうございました!
請け負うより先に完成させちゃってスミマセン…
あと、気付くのが遅くてスミマセンでした…(連休前くらいにキリ番に気付きました…)
夕鈴に翻弄されるというか、互いに翻弄されてる感がなきにしもあらず(笑)
苦情等は随時受け付けておりますので!許して下さい!!




↓以下、後日談のようなオマケを置いておきます。↓
→オマケへ


 
   ←連絡用(TOPに置いてるものと同じ)

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