夢のままで終わるなら -黎翔編-




「ここは…?」

 王宮ではない、貴族の屋敷でもない。
 質素な佇まいは、居心地が良く暖かさに満ちた場所。
 見覚えがある。自分はここに来たことがある。

 ―――ああ、そうだ。ここは夕鈴の家だ。

 憧れた"普通"の家。
 彼女と同じ優しさに包まれた家だ。

 カタンと物音がした方を振り返ると、女性が大皿を食卓に置いたところだった。
「夕鈴?」
 いや違う とすぐに思い直す。
 すごく似ているけれど、黎翔が知る彼女よりずっと大人びた女性だ。

「!」
 ふと顔を上げた彼女と目が合った―――はずなのに、彼女はその向こうを見る。
 黎翔の後ろには窓があって、開かれたそこからは青い空が見えていた。
「今日もいい天気ね。」

 彼女には僕が見えていない?
 …そういえば、僕は何故ここにいるんだろう。


「母さま!」
 パタパタと軽い足音がして、幼い子どもが部屋に入ってくる。
 その3才くらいの男の子が足元にやってくると、彼女は微笑んで抱き上げた。
「お父様はもう起きた?」
「うん。もうすぐくるよ。」
「ありがとう。」

 夕鈴と同じ栗色の髪の、彼女によく似た女性と幼子。
 僕は一体何を見ているのだろう。

「ねえ、母さま。また王さまのお話して。」
「朝食の後でね。」
 彼女が答えると、少年はえーと抗議の声を上げる。
「たべながらじゃダメ?」
「お行儀が悪いわ。…でも、本当に貴方は王様の話が好きね。」
「だって狼陛下ってつよくてカッコいいんだもん。母さまも好きでしょう?」
 苦笑いをした彼女に、少年は目をキラキラとさせて言った。
「…そうね。好きだった。懐かしい思い出だわ。」
 遠い出来事を思い出しているのか、彼女の視線は遠くへ向かう。

 まさかとは思うけど…

「ゆう…」


「夕鈴。」
 声は黎翔とは別の方向からかけられた。
 2人はその声の方をふり返る。
「あら、おはよう。」
「おはよう、父さま!」
 彼女が少年を下ろすと、その子は今度は父親の方に抱き上げられた。
「何の話をしていたんだ?」
「王さまの話! 母さまも好きなんだって。」
「へえ。」
 無邪気な子供の言葉に男の瞳が鋭くなる。
「昔の話よ! 私は懐かしいって言ったの。」
 慌ててそう言うと、彼女は黎翔の方―――いや、その向こうの空を見た。

「夢のような日々だった。でもあれは本当に夢だったの。」

 夢だなんて言わないで。
 君にとって僕はもう過去なの?

「…あそこを去ったことに後悔はしていないのか?」
 そう聞いた夫に対して、夕鈴は首を振りながら"ない"と答えた。
「貴方達がいて私は今とても幸せだわ。これ以上望むものなんてないくらい。」
 彼女は父子の方に向き直ってやわらかく微笑む。
 その言葉に偽りなどないと分かってしまうほどに。

「さあ、朝食にしましょう。」


「ッ夕鈴!」
 黎翔がどんなに呼んでも声は彼女に届かない。
 絵に描いたような幸せな家庭の光景がただただ黎翔の胸を焦がす。


 こんな未来なら見たくなかった。
 私以外の誰かと幸せになっている未来なんて…知りたくもなかった!











「―――――!」
 ハッとして目を見開くと、自分は自室の寝台に横たわっていた。
 室内は真っ暗でまだ夜明けは遠いらしく、たぶん寝てからそんなに時間も経っていない
 ようだ。

「夢……」
 それを理解して、どっと疲れが増す。

 悪夢だ。
 どうして他の男と夕鈴の子どもの夢など見なくてはならないのか。
 どうせ夢なら自分と夕鈴の子どもが見たかったと思う。



 ―――何に怯えているのだろう。
 最近 似たような夢ばかり見ている。

 彼女がいずれここを去ると分かっているからか。
 その先に私との未来を見出せないからか。


「手放せないと分かっているのに…」

 これが夢のままで終わるならいい。


 ―――それは祈りか、欲なのか






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2011.3.2. UP



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ちょっとシリアスめに黎翔編。
実はこっちが先にできあがりました。
最初書きたかったものと少し違うのですが…



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