夢のままで終わるなら -夕鈴編-




 夕鈴は1人で回廊から後宮の庭を眺めていた。
 春の穏やかな風が吹き込み、頬を撫ぜて通り過ぎていく。

 この庭はいつも美しく整えられているけれど、移りゆく四季の中でも色とりどりの花が
 咲き乱れる今が一番美しい。

「……って、春?」
 今は冬だった気がして夕鈴は首を傾げた。

 ところで私はどこに何をしに行くつもりだったのかしら?


 視線を巡らせたところで、ポスッと何かが足にしがみつく。
 何だろうと見下ろすと、3才くらいの女の子がこちらを見上げていた。
 小さな手を一生懸命伸ばしてきたので夕鈴は優しくその子を抱き上げる。
「どうしたの?」
 迷子か何かだろうか。
 にこりと微笑みかけてみたけれど、幼子は無言で首に手を回した。
 そうしてぎゅっと縋りつく。

 子ども特有の高い体温があたたかい。
 ふんわりとした気持ちになって、夕鈴はその子をそっと抱えなおした。

「…眠いのね。」
 行動から理解して、夕鈴はその子の背中を叩いてあやす。
 いなくなったと分かれば誰かが探しに来るだろう。
「かあ、さま…」
「え?」
 耳元で甘えるように言われて目が点になった。

 えっと、間違えているのよね…?



「お后様!」
 いつも優雅さと気品を崩さない宮廷の侍女が珍しく焦った様子で駆けてくる。
 それでも夕鈴の目の前まで来ると彼女はさっと立ち止まり、切らした息を無理矢理抑え
 込みながらきちんと礼をした。
 さすがは選び抜かれた宮女だ。…と、感心している場合ではない。
 その彼女が焦っているのだからそれなりのことだろう。
「どうしました?」
「…あの、」
 言いかけて、彼女は夕鈴の腕の中の幼子に気がつく。
 それを確かめた彼女は心底ホッとした顔を見せた。
「突然姫君がいなくなってしまわれたので心配したのですが…」
 彼女が探していたのはこの子らしい。
 その幼子は夕鈴の腕の中で安心しきってすっかり寝入っている。
「やっぱり姫君もお母様の傍がよろしいのでしょうね。」
 小さく笑った彼女の言葉を夕鈴は咄嗟に理解し損ねた。
「…え?」

 今なんて?
 そういえば、さっきも何か聞き違えのような名で呼ばれたような?

「お后様? どうされました?」
 今度は侍女が夕鈴に尋ねてくる。
 しかしその問いかけは、夕鈴にしてみれば、やっぱり聞き違えではないようだと分かっ
 ただけだったのだが。

「わ、私が… ってゆーか、この子が私と誰の…?」
「お后様?」
 独り言を呟きつつ青くなっていく夕鈴を侍女が心配そうに見ている。
 でも彼女に返せるほどの余裕も今の夕鈴にはなかった。

 何それ、どういうこと??


「―――夕鈴」
 背後からかけられた声とともに、幼子ごと夕鈴はその腕に捕らわれる。
 突然のことに驚いて飛び上がりそうになったが、それすらもかなわないほど強く抱きこ
 まれた。
「こんなところでどうしたんだ?」
「へ、陛下…」
 かなり遅れてだが、何とか演技を思い出して声を絞り出す。
 侍女が控えるすぐ傍で、彼は最愛の妃へのみ向ける顔で夕鈴を見つめた。
「部屋に行ってみれば君も我が子もいないから探しに来てしまった。」
「すみません…」
 頭はまだ動揺したままだが、ここはとりあえず謝っておこう。
「謝る必要はない。ただ2人目ももうすぐ産まれるのだから、自分の体を大事にして欲
 しいと思ったんだ。」
「……え。」
 さらに爆弾を落とされて、もう何がなんだか分からないが。
 そこで夕鈴の思考は混乱の極地に達した。


 嘘でしょ―――ッ!?










「有り得ない!!」
 自分の叫び声で目を覚まし、夕鈴は勢いのまま寝台から飛び上がる。
「…って、あれ?」
 きょろきょろと辺りを見渡すと薄暗いが見慣れた部屋――― 後宮で夕鈴に宛がわれた
 部屋の寝室の風景があった。

「ゆ、夢…」
 なんて夢を見てしまったのか。
 まだバクバクと大きな音を立てている胸を押さえる。
 あんな夢、心臓に悪すぎる。

「絶対老師のせいよ!」
 老師が世継ぎだなんだと毎日のように言うからだ。
 だからこんな変な夢を見てしまったのだきっと。
「こ、子どもだなんて…」
 夢の光景を思い出して赤面してしまう。
 これじゃ絶対、陛下に会ったときにも思い出して挙動不審になる。

「陛下にどんな顔して会えば良いのよ……」

 自分の夢のあまりの恥ずかしさに、夕鈴はどうしようかと本気で悩んだ。






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2011.3.2. UP



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ギャグっぽく夕鈴編。
2人目はたぶん男の子だと思う〜(笑)



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