想いは伝わらないまま 1
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 怖いことからも危ないことからも、全部全部遠ざけて。

 ただ優しい場所で君を守れたら―――…



「それでは意味がありません。」
 黎翔の呟きを李順はばっさり切り捨てた。
「何の為の臨時花嫁ですか。」
「…縁談を断りやすくするためだろう?」
「不穏分子の炙り出しもです。」
 それも確かに事実で、黎翔は執務机に頬杖をついたまま黙り込む。


 彼女のおかげで煩い輩を追い払うことはできている。
 しかしそれは彼女を危険に晒すことと同義。
 もちろんちゃんと守る気だが、それでも何度怖い目に遭わせているか。
 いつ彼女が辞めたいと言い出すかいつも不安に揺れている。

 けれど、そんな僕の気持ちなど李順はお構いなし。
 有能な側近は常に仕事に忠実で冷静だ。

 彼には何を言っても無駄なので諦めた。


「……、何か不審な動きをしている者は?」
 仕方なく仕事に切り替え、ただ開いていただけだった書簡を閉じて尋ねる。
 それを受けた李順は報告書を手にメガネを押し上げた。
「動きはまだありませんが、いくつか気になる家があるとの報告が―――」









 *









「あの、少し良いですか?」
 数日後の朝、夕鈴が李順の執務部屋を訪れた。
 ひょっこり顔を出した彼女を書簡から顔を上げて出迎える。
「今は掃除の時間では?」
「これから行きます。でも、ちょっと気になることがあって…」
 彼女の表情がいつになく真剣だったので、李順も書簡を丸めて中に入るように言った。


 
「最近視線をずっと感じるんです。」
 互いにそんなに時間がないので、夕鈴は最初に本題から切り出す。
「視線? 柳方淵ではなく?」
「あんな真正面からじゃないんです。後ろから刺すような… でも、ふり返っても誰もい
 なくて。」

 初めは気のせいかと思っていた。
 けれど、毎日毎日その状態ではさすがに気のせいとは思えなくなった。
 そして周囲に注意を払ってみれば、その回数があまりにも多いことに気がついて。

「それはどの辺りの話ですか?」
 話を聞く彼の目が鋭く光る。
 何か思い当たることでもあるのだろうか。
「後宮や政務室の中では感じません。でもそれ以外の場所―――外や回廊ではいつもで
 す。」
 ここに来るまでは感じたが、今は感じていないとも伝えた。
「監視されているような気がして… とにかく気味が悪いんです!」
「…まだいましたか。」
「はい?」
 小さい声だったのでよく聞こえなかったけれど、今何か不穏なことを言われたような気
 がする。
 聞き返すと、当然のことながら何でもないと言われてしまった。
「とりあえず、しばらく様子を見ましょうか。」
「それって危険じゃないんですか!?」
 あの視線にまだまだ晒されろと。
 相手はいつ近づいてくるかも分からないのに。
「後宮と政務室以外なら範囲も広くないでしょうし。」
 仕事に忠実な鬼上司はさらっとそんなことを言うけれど、それで危ないのは彼ではなく
 夕鈴だ。
 広くはなくてもゼロじゃない。

(絶対囮に使う気だ この人!)

 キラリと光るメガネがそれを物語っている。
 しかしそれを撥ねつけるだけの力はバイトの夕鈴にはない。
 彼に言われたらやるしかないのだ。


「〜〜〜危険手当を忘れないで下さいよ!?」
 仕事として割り切る代わりにこちらも最大限の権利を主張する。
 渋い顔をされつつも、契約なので了承は得られた。
「…しっかりしてますね。」
「当然ですっ」

 だてに家計を預かる主婦をしていない。
 借金もかかっていると、力強く夕鈴は答えた。








 *









「夕鈴、視線を感じるって?」
 李順から報告を受けていた黎翔は、お茶を手渡す彼女にありがとうを言ってからそのこ
 とを尋ねた。
「あ、はい。」
「怖くない?」
「いえ、怖いとかはあまり。気味が悪いし、お妃演技の気が抜けないので緊張はします
 けど。李順さんに伝えたのでもう少しだと思えば大丈夫ですよ。」
 その名前を聞いて、報告を聞いたときと同じように胃がチリッと焼ける感じがする。
 彼女は何気なく言うけれど、黎翔にはどうしても納得できないところがひとつ。

「どうして僕じゃないの?」
「? 何がですか?」
 彼女は意味が分からないようで首を傾げる。
「最近ずっと感じていたんだよね? 僕とは毎日会うんだから、すぐに言ってくれれば良
 かったのに。」

 どうして僕よりも先に李順の方に言うんだろう。
 一緒にいる時間は僕の方が長いのに。

 じっと見ると、彼女は困ったような顔をした。
「最初は気のせいだと思ってましたし… 李順さんに言わないと何をすれば良いか分から
 ないので…」
 彼女を臨時花嫁として雇っているのは李順だ。
 だから彼女の言うことは正しい。

 でも、臨時でも彼女は今ここにいて、彼女は僕の花嫁だ。
 たった1人の愛する妃。彼女を愛しく想う僕の気持ちは本物。
 彼女を守るのは、僕の役目なのに。

「夕鈴は何もしなくて良いんだよ。」
 彼女を思って言ったのだが。彼女は不機嫌そうに眉を寄せる。
「…それはただ黙って狙われていろと?」
「そうじゃなくて。君は僕が守るから、何も心配しなくて良いんだよ。」

 優しい場所で君を守りたいんだ。
 君を怖い目に遭わせたくない。危険に晒したくない。

「嫌です。」
 けれど、そんな思いを無視するように、彼女はきっぱりと言う。
「夕鈴…」
 困った顔をしても、夕鈴は少し怒った様子で黎翔の言葉を否定した。
「それじゃ私がいる意味ないじゃないですか。守られているだけで貴方の役に立たない
 なんて、何の為の臨時花嫁か分かりません。」
 彼女が言うのは李順と同じ言葉。
 君までもそれを言うのかと、胸の奥が鈍く痛む。


 違う。君はここにいるだけで十分なんだ。
 君がここでおかえりと笑ってくれるだけで、僕は幸せなんだよ。

 役に立たないなんて、そんなこと絶対ないのに。


「とにかく、犯人が特定できるまでは1人にならないように…」
「つまり、足手まといだから余計なことはするなということですか。」
 何に怒っているのか、彼女の眉間の皺は解けない。
「いや、そういうつもりじゃ…」
「だってそういうことじゃないですか。」
 言葉だけでは思いが伝わらないのだろうか。
 何を言っても彼女の機嫌は悪くなるばかりだ。

「夕鈴、」
 伸ばされた手を彼女は強く振り払った。
 そのまま2人の距離は触れられないくらいに離れる。

「ただ黙って守られてるだけの花嫁が良いなら、人形とでも結婚すれば良いじゃないで
 すか!!」

「!? 待って…」
「知りませんっ」

 とっさに手を伸ばして掴んだ上着だけがするりと脱げて、彼女は寝室へと消える。
 帳が揺れて落ち、黎翔は1人部屋に取り残された。

 追いかけようとも思ったが、足が動かない。
 だって、何と声をかけたら良い?

 彼女は――― 泣いていたのに。




 彼女が残した抜け殻にそっと口づける。
 ほのかに残るは彼女の香り。
 心を縛りつけて離さない、愛しい彼女の欠片。

「人形では私の心は動かない… 君だから惹かれ焦がれるんだ……」



 言わない言葉、胸に秘めた言葉

 誤解されたまま、想いは伝わらないまま……






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2011.3.17. UP



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抜け殻にキスに萌えたいところですが、私の表現力では追いつかず…orz
役に立ちたい夕鈴と守りたい陛下。想いは互いに相手に向かうのに噛み合わない。
そんな感じです。

何故だかやたらに前置きが長くなりました… 書きたいところは後半なんですが。
そのリクエスト内容はあとがきに書きます。
 


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