星空の約束 1
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 夜の涼しげな風に誘われて、夕鈴はふらりと外に出る。

 天上には満点の星空。
 月明かりに邪魔されない、星だけが輝く夜。


「そういえば、"あれ"は明日よね… 今年は行けなくて残念だわ。」
 この前の青慎の手紙にも書いてあったことを、星空を見ていたら思い出した。
 明日は、毎年下町の人々が楽しみにしている行事がある日だ。

 しかし、今の夕鈴は後宮で臨時花嫁のバイト中。
 あの鬼上司から休暇をもぎ取らなければ家には帰れない。つまり実質参加は不可能。
 残念、ともう一度呟いて、夕鈴は溜め息をこぼした。


「―――どこに行くんだ?」
「っ!?」
 突然真横で声をかけられ、驚いて思わず飛び上がりそうになる。
「へ、陛下! おかえりなさいませ。」
 相変わらず心臓に悪い登場の仕方をする人だ。
 気配を消して近づかないで欲しいと思う。…単に私が気づかなかっただけかもしれないけ
 れど。

「で、どこに行くの?」
 女官も侍女も傍にいないので、陛下は小犬の顔でもう一度聞く。
 一体どこから見られ聞かれていたのだろう。全然気がつかなかった。
「行きたいなぁです。行けませんから。」
「?」
 当たり前だが、何のことだかさっぱり分からないと彼から説明を促される。
「明日は下町でお祭りがあるんです。」

 本来は何かの祈願だったか何だったか。
 星が輝く夏の夜に、毎年そのお祭りは行われていた。
 お年寄りに聞けば由来なんかも分かるのかもしれないけれど、夕鈴にはとりあえず騒ぎた
 いだけという印象しかない。

「面白そうだね。」
「はい。一晩中大騒ぎするんですよ。だから次の日はみんな眠そうにしてて。」
 話しながらくすくすと笑う。

 大人も子どもも一緒になってはしゃいでいた。
 夕鈴もいつも明玉達と一緒に夜店を歩き回って、普段買わないものを買ってみたりして。

 ほんの一年前のことなのに、何故か懐かしい気持ちになる。

「だから、行きたかったなって。」
「――――じゃあ明日は一緒に遊びに行こうか。」
 あまりにあっけらかんと言われたものだから、理解するまで数秒かかった。
「って、見つかったら大変ですよ!?」
 なんてったって彼はこの国の国王陛下だ。
 大騒ぎどころの話ではない。
「大丈夫。夜だし、ちょっと変装すればそう簡単には分からないよ。」
 そういう問題なんだろうか。甚だ疑問だ。
 けれど僕も行ってみたいなぁなんて言われてしまって、その上切ない顔をされてしまえ
 ば、夕鈴には否なんて絶対言えない。

 …そして後は彼に流されるまま。

 部屋にいる侍女達に聞こえないように小声で作戦を考え、下町に抜け出す計画は着々と
 進んでいった。















*















 翌日の夕方早く、早めに仕事を片づけて陛下は後宮に戻ってきた。

「お帰りなさいませ陛下。今日はお早いお帰りですね。」
 出迎えた夕鈴も打ち合わせ通りだから今日は驚かない。
 お妃演技で尋ねつつ、内心ではおかしくて笑いを堪えていた。
「早く君に会いたくてな。」
 陛下の仲良し演技はいつも通り。
 けれど今日は時間がないので、過剰な部分は入らない。
「お前達はもう下がれ。」
 さっさと2人きりにしろと言わんばかりの態度をとると、心得た侍女達は微笑みながら
 下がった。


「今宵は長い夜を過ごせそうだ。」
「まあ、陛下…」
 白々しいほどの夫婦演技で侍女達が下がるのを見送る。
 これで明日の朝まで誰もここには近づかない。




「―――さて、準備を始めようか。」
 彼女達の姿が消えるのを確かめてから、陛下はぱっと夕鈴から離れた。
「衣装は?」
「老師にお願いして、こっそり用意してもらいました。」
 夕鈴の分と陛下の分、隠しておいた2つの服を奥から引っ張り出す。

 昼間の掃除婦バイト中に、老師に相談と同時にお願いしたのだ。
 老師は嬉々としてすぐに準備してくれた。
 その時に「お忍びデートじゃな!?」と目をキラキラさせて言われたことは聞き流して
 おいたけれど。


 ただ遊びに行くだけだもの。
 デートだなんて、そんなんじゃないわ。










「わぁ、おだんごだー可愛い。服の色もいつもと違うね。」
 奥から着替えて出てきた夕鈴を、すでに着替え終わっていた彼が手放しで誉める。
 言われるがままにくるりと回ってみせると、また手を叩いて喜ばれた。
「私、自分では藤色とか似合わないと思ってたんですけど。」
「似合うよーすごく。」
 狼陛下なら演技だし、ぎゃーとか叫べば良いんだけど。
 にこにこと小犬な陛下から邪気なく言われてしまうとどうにも照れる。
「あ、ありがとうございます。…次は陛下の番ですよ。座ってください。」
 誤魔化すように陛下を無理矢理椅子に座らせて、夕鈴はその後ろに回った。


 さらさらの黒髪はちょっと羨ましい。
 紅珠や侍女達の髪にも憧れたけれど、陛下のもやっぱり同じで良いなと思う。
 櫛の通りも滑らかで、羨ましく感じながらも、それをいじるのは正直楽しかった。

「左側をちょっと垂らして…後ろを結んで、付け毛も一緒に…っと。できました!」

 髪型を少し変えるだけでも印象はだいぶ変わる。
 髪を結んだ陛下というのも新鮮だなぁと思いながら、念のために陛下には掃除婦バイト
 用の伊達眼鏡も渡した。





















 昨日と同じ、星明かりが輝く空。

 夕鈴を抱えたまま、陛下は朱塗りの壁の上から飛び降りる。
 下りた先にも人気はなく、ひとまず脱出は成功したようだった。

「手慣れてますね…」
 衛兵の見回りの死角をついた見事な脱出。
 これは彼らの怠慢ではなく、陛下の手際が良すぎるのだと思う。
「昔はよく抜け出してたからねー」
 あっさりとそんなことを言うけれど、それはさぞかし李順さんも苦労したことだろう。
 そんなに何度も抜け出して何をしていたのかとか、興味がないわけでもないけれど。

(…深いところは聞かないことにしよう。)

「―――ま、今夜は遊び倒しましょう!」
 とりあえず今日はお祭りを楽しむために抜け出したのだ。
 今は全部忘れて楽しいことだけ考えよう。
「うんっ そうだね。」


 それから陛下が知る裏道を通り抜け、2人は夜の街へと足を踏み入れた。






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2011.5.13. UP



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今回はほのぼの路線で突っ走ります。
前置きが長くなったんですが、リク本番は後半になります。
 


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