心ときめかす愛の薬 1
      ※ 22222Hitリクエスト、キリ番ゲッターJUMP様へ捧げます。




「疲れとるようじゃの。」
 雑巾を絞りながら大きな溜息をつく夕鈴に老師が話しかける。
 応える代わりに振り向きつつ、彼女は大きな欠伸を一つ漏らした。
「…昨日の宴が、ちょっと…遅かったので。」

 寝不足と気疲れで頭がボーッとしているのだという。
 それでも今日は掃除のバイトの日だからと、無理矢理起きてここに来ているらしかった。

「辛いときは陛下に頼ると良かろうに。」
 半分趣味を兼ねたバイト、引き留めたいと思っている陛下ならすぐに休ませそうだが。
「そんなことできませんよ。私より陛下の方が忙しいんですから。」
 けれどこの娘はあっさりと否定する。

 我が儘放題で国を傾ける妃もいる中で、この妃は少々真面目過ぎた。
 臨時という部分を抜いても、もっと欲を出すのが普通だろうに。
 それが彼女の美点でもあるが、少しくらい頼られた方が男は嬉しいものなのだ。

(…一肌脱ぐとするかの。)


「―――仕方ないの。ほれ、栄養剤じゃ。」
 老師が投げるようにして、どこかで見たことあるような小瓶を渡す。
 思い出せそうで思い出せないそれに夕鈴は首を傾げた。
「とある確かな筋からの頂き物じゃ。部屋に戻ったら飲むと良い。」
「ありがとうございます。」
 基本的に疑うことをしない夕鈴は、特に躊躇うこともなくそれを受け取った。








 こっそり着替えて自室に戻ってから、夕鈴は袖に仕舞っておいた小瓶を取り出す。
 老師は部屋に戻ってから飲めと言っていた。
 午後からは政務室に行かなければならないし、確かに飲むなら今しかない。
 そう思って、きゅぽんと栓を抜くと一口で飲み干す。

「――――…甘……」
 てっきり苦いのかと思っていたら、意外にその液体は果実水のように甘かった。
 流れ落ちるように喉にじんわりと甘みが広がっていく。

 ドクンッ

「!?」
 当然心臓が大きく波打った。
「…あ、れ……?」
 視界が揺れて、目眩を起こした夕鈴は思わず手をつく。
 その拍子に小瓶が転がったけれど、手を伸ばして拾うことは叶わなかった。

「…っな、」
 何が起こったのか自分にも分からない。
 苦しくて胸元をきつく握りしめる。

 アツイ、ツライ、クルシイ…!

「な…に、これ…ッ」
 耐え難い苦痛が夕鈴を襲う。

『辛いときは陛下に――――』
 その時ふと、老師の言葉が頭をよぎった。
 そうだ、陛下ならきっとどうにかしてくれる。

「陛下… どこ……?」
 ふらりと覚束ない足取りで、夕鈴は供も付けずに部屋を出た。













「お妃様? 如何なされました?」
 突然の訪問に驚きながら、陛下の部屋付きの女官が夕鈴に声をかける。
 普段なら供の侍女が先に訪れを告げるはずなのだから当然だ。

「陛下、は…?」
 けれど頭が上手く働かず、考える余力もない夕鈴にはそれだけ聞くのがやっとだった。
「まだお戻りではありませんが…」
「そう…」
 返事を聞いた夕鈴は肩を落として踵を返す。
 頭がボーッとしているせいで、陛下が仕事中だというところまでは考えが及んでいなかっ
 た。
 仕方ないから部屋に戻ろう。午後からの予定はキャンセルして部屋で休めば良い。


「…大丈夫ですか?」
 ふらふらしている夕鈴を彼女は本気で心配し始める。
 尋常な様子ではないと気づいたのだろう。
 心配かけないためには、ここで「大丈夫よ」とでも一言言えば良かったのだろうが。
 …やっぱり頭は働いていなかった。

「胸が、苦しくて… だから、陛下に…」
「! 大変ですわ!!」
 素直に答えてしまうと、さっと青ざめた女官が夕鈴を急いで部屋に招き入れる。
「こちらでお休み下さい! すぐに陛下をお呼びしますので!」
 1人の女官が夕鈴を長椅子に座らせ、その間に別の女官が慌てて部屋を飛び出していった。













「夕鈴!?」
 呼ばれてすぐに黎翔は部屋へ戻ってきた。
 その視界に入ったのは、長椅子でぐったりしている最愛の妃の姿。
 何があったのかと傍にいる女官に説明を求める。
「―――最初はお座りだったのですが、熱が上がられたようなのです。」

 それより前のことはよく分からないという。
 分かるのは、彼女が一人でここまでやって来たということ。そして黎翔を捜していたとい
 うことだけだ。


「……へいか?」
 ぼんやりと目を開けた夕鈴が黎翔を見つけて手を伸ばす。
 握り返すと確かにいつもより熱かった。
「どうしたんだ?」
「体中が熱くて、苦しいんです…」
 弱々しく答える彼女に、何故かぞくりと背筋が冷える。

(――――何だ?)
 慣れない感覚にわずかに警戒心を抱いた。

 声は甘く、潤んだ瞳が心の何かを刺激する。
 常の彼女らしくない雰囲気に黎翔は眉を寄せた。

「熱は…」
「っっ」
 首筋に手を当てるとびくりと肩が反応する。
 さっきよりも熱い。
(―――これは…)
「侍医をお呼びしましょうか?」
 後ろの女官から心配げに声をかけられたが、それは良いと首を振る。

 こういうときの適任は、侍医よりも―――

「…老師を呼べ。」
「はい。」


 そして黎翔は、軽い彼女の体を抱き上げた。





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2011.5.28. UP



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時間がかかったのは、単に書く時間がなかっただけで、大いに萌えて勢いで書きました!
この後は、陛下の理性との戦いです(笑)
えーと、「指先」とか「痺れる〜」を見ても平気な方は普通に見れると思います…
 


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