恋はうらはら? 1




『ありがとうございます。』

 王宮での宴の際、思わず落とされてしまった扇を拾って差し上げたときのこと。
 少し恥ずかしげに仰られたお妃様の、その可憐さに胸を突かれた。

 言葉を交わしたのは、その時ただ一度きり。
 けれど、あの可愛らしさが目に焼き付いて離れない。

 それから一目会いたいと、並々ならぬ努力と少々のコネで政務室に出入りできる立場にな
 り…近くで見るほど惹かれていった。

 日に日に想いは募るばかり。
 そして私は、ついにそれに手を出してしまった。



「――――お妃様。」
 お妃様は話しかければ誰にでもにこやかに返して下さるとても優しい方だ。
 そのため、陛下がご不在の時に話しかける官吏も少なからずいる。私もその1人だ。
「はい? なんでしょう?」
 室内に人気がないのを見計らって歩み寄ると、彼女はいつも通りに笑顔で返してくれた。
 不自然ではないはずだ。
「お疲れでしょう。お茶でも飲まれませんか?」
 できるだけ自然に、手に持っていた湯呑みを差し出す。
 少し震えていたかもしれないが、彼女は気づいてはいないようだった。
「まあ。ありがとうございます。」
 笑顔で受け取って、疑いなく飲み干すお妃様を見つめる。

 とあるルートから入手した"惚れ薬"をお茶に混ぜた。
 効果は少し薄れるかもしれないが、なくなるわけではないと渡した男は言っていたし。

「…あら……?」
「大丈夫ですか?」
 目眩がしたらしく、頭を押さえて倒れ込む彼女の肩を支える。
 ふわりと香る花の香りにドギマギしつつ、それを押し隠して少しだけ身を離した。

 あとは、最初に私の姿を見て下されば――――

「どうしたんです?」
 入り口からかかった声に、ハッとして顔を上げる。

 そこにいたのは、政務室で常に陛下の傍らに控える、、

「李順様ッ」
(しまった…)
 動揺してしまって、声が上擦りそうになってしまった。
 予想よりだいぶ早い。

「それが… お妃様が急に気分が悪くなられたようで…」
 彼の様子から、薬のことはまだバレていないはずだ。
 曖昧に誤魔化すと、彼は自分の隣に膝をついた。
「それはいけませんね。」
 彼女の額を押さえて顔を上げさせる。
 躊躇いなく触れることができる李順殿を恨めしく思うが、私よりも格段に接する機会が多
 いのだから当然といえば当然か。

「部屋に戻りますか?」
「…は、」
 その時、ぱちりと彼女の目が開く。
 2人の目がぴったり合った。

「〜〜〜っっ」
「夕鈴殿?」
 途端にぱっと頬を赤らめた彼女が慌てて視線を落とす。
 挙動不審な彼女の態度に、李順殿が怪訝な顔をした。
「顔が赤いですよ?」
「な、なんでもありませんっ」


「―――夕鈴がどうかしたのか?」
 続いて聞こえた声に、ひやりと空気が冷えた。


 実年齢に似つかわしくないほどの威厳と風格を持ち、その激しさと厳しい手腕でこの国を
 統べる絶対の王。
 そして、お妃様を見出して後宮に迎え入れた御方。

 思わず固まってしまった私など視界に入れず、彼はお妃様の元へ寄る。
「陛下。」
 李順殿が少し身を引くと、陛下は彼女の傍らに立った。
「…少し、ご様子がおかしかったようですので。」
 説明を受けてから、陛下は気遣わしげに彼女の頬に手をかけ上向かせる。

 誰にでも等しく厳しい狼陛下は、お妃様にだけは殊更に甘い顔をされるのだ。
 それだけ愛しておられるのだろうと、誰にでも分かるほどに。

「侍医に診てもらうか?」
 声さえも優しい。きっと彼女以外に誰もそれを聞くことはできない。
「いえっ 大丈夫です。」
 ぶんぶんと首を振った彼女は、言いながら視線をそっと脇の李順へと移した。

「…夕鈴?」
「はい?」
 様子がおかしいお妃様に、陛下もまた怪訝な顔をされる。

 見間違いだと思いたかったがやはり間違いはないらしい。
 マズいと思った。そして同時に、己の作戦の失敗も悟った。

「李順に何かあるのか?」
 何もご存知ない陛下は、お妃様の顔を再び自分の方へと向かせる。
「えっ いえ、そういうわけでは…」

 そう弁解しつつも、ちらりと隣を覗き見る。
 それはまさに恋する乙女の輝く瞳だ。

「……、やっぱり部屋に戻って休んだ方がいい。」
 即座に侍女を呼ぶようにと李順殿へ指示を出し、嫌がるお妃様を無理矢理政務室から出し
 てしまう。



「――――さて、話を聞こうか。」
 彼女を見送り振り返った陛下の視線は、真っ直ぐに青ざめた私の方へと注がれていた。








「どういうことか説明してもらおうか。」
 椅子に座し、足を組んで見下ろす陛下の威圧感は半端ない。
 足下に縮こまって、ただただ肩を震わせていた。
「正直に言いなさい。」
 傍らの李順殿の口調も厳しい。

 ここで嘘でも言おうものならこの場で首を刎ねられそうだ。
 …真実を言っても刎ねられそうな気もするが。


「…あの、実は、惚れ薬入りのお茶を……」
 震える声は小さくて、最後はすでに消え入りそうだった。
「「は?」」
 間の抜けた声とともに一瞬だけ場が緩んだ気がしたが、気のせいだったのか再び硬いもの
 になる。
「お妃様をお慕いして数ヶ月… 日々重くなっていく想いに耐えきれなくなってしまい、商
 人の口車に乗ってしまいました…」

 ある日突然現れた怪しげな商人。
 決して安くはないが、法外な値段でもなかったのでつい手にしてしまった。

「人騒がせな…」
 深い溜息とともに、李順殿は額を押さえる。
 今なら自分でもそう思うが、その時はいっぱいいっぱいでとにかく必死だった。
「ほんの一時でも、私の方を見ていただきたかったのです…」
 愚かな行為だと思う。
 でも、私もそこまで追いつめられていたのだ。


「―――彼女は、薬で想いを叶えるのは違うと言っていた。」
 陛下の静かな声が降り、肩がびくりと震える。
「このことを知ったらどう思うだろうな。」

 …軽蔑されるのは確実だ。
 本当に愚かなことをしたのだと胸が痛む。

 感情に踊らされ、彼女の意志を無視していた。
 上手くいかなかったのはきっとその戒めなのだろう。

「お前の処遇は後に決める。それよりも今は妃のことだ。それで効果はどれくらい続く?」
 どれくらい、とは言われなかった。
 当然だ。効果が有限では誰も手にしない。
「わ、分かりません… ただ、お茶で薄めたので長くはないと思われます…」
 それはちょっと聞いたから確かだ。
「解毒の方法…など、お前が知るはずもないな。」
「は、はい…」

 もちろん解毒薬など手に入れていない。
 これ以上役立たずの私は、早々にそこを追い出された。





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2011.5.28. UP



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前半は人騒がせなオリキャラ官吏視点でした。
後半は陛下視点です。
ついでにいうと、このキャラは後半出番無しです(笑)
 


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