※ 45000Hitリクエスト、キリ番ゲッターJUMP様へ捧げます。




「はあ!?」
 手紙を読んでの夕鈴の第一声は、あまりに妃らしからぬ声だった。
 ただしここには彼女しかいないので、幸いにもそれを聞く者はいない。


 実家とは定期的な文のやりとりをしているが、いつも返事は青慎ばかりだった。
 それが父さんからだなんて珍しいと思ったら。

「また面倒なことを…ッ」
 クシャリと手紙を握りしめる。
 でも、放っておくわけにもいかない。
 仕方ないと立ち上がって、上司にお願いすべく夕鈴は部屋を出た。












    心の在処 1
「実家に帰らせてもらいたい?」 「はい。」 書類から顔を上げ、李順は姿勢を正した夕鈴を向き直る。 帰りたいとは珍しいと言われて、そういえばそうだなと思った。 別に今回は帰りたくて帰るわけではないし、ダメならそれでも構わないのだけれど。 「それで、理由はなんですか?」 「う…っ それは―――…」 当然といえば当然のことを聞かれて、すぐには答えられずに言い淀む。 「きちんとした理由がなければ許可できません。」 彼の言い分はもっともだ。それには異論も反論もない。 避けては通れないことだと諦める。 「…あの、誰にも内緒ですよ?」 もちろん陛下にも…と言いおいてから、声を潜めて耳打ちした。 「―――見合い、ですか。」 簡単な説明を受けて返す李順の声は、夕鈴の意を汲んでか多少控えめだ。 それに応えて夕鈴はコクリと頷く。 「はい。父がどうしても断れなかったからと言うので。…それに、1度会うだけで良いか らということですし。」 いきなり結婚とかだったら行かなかったけれど、会うだけというなら良いかと夕鈴も思っ たのだ。 「だから、その日だけでも帰らせていただけないかと。」 「そういうことなら… 準備もあるでしょうから前日から許可しましょう。」 無理なら良いですと言おうとしたところで、意外にも承諾の答えが返ってきた。 「あ、ありがとうございます!」 ダメ元だったので驚いたが、ここは素直にお礼を言っておくことにする。 「これを逃したら次はないかもしれませんからね。」 「それは余計なお世話です!」 そんなの自分が1番よく分かっていると、失礼な上司に叫んだ。 ―――それから、陛下には里帰りのこともギリギリまで言わずにいましょうと提案されて 夕鈴も承諾する。 今回はさすがに付いて来られたら困るのだ。 そして、それが李順から陛下に知らされたのは本当にギリギリの―――― 里帰り前日の ことだった。 「夕鈴、実家に帰るって本当?」 忙しいから今夜は行かないと言っていたが、それを確かめるためだけに会いに来た。 また仕事に戻らなくてはならないから長居はできない。それでもそれだけは確かめたかっ たのだ。 「たった一泊二日ですから。いないのは明日の夜だけですよ。」 外泊をあっさりと肯定した夕鈴は、こちらの心情などお構いなしに軽い調子で言う。 「一晩でも長いよ。」 「仕事がお忙しいと聞きました。どうせ会えないんですからいてもいなくても同じじゃな いですか?」 「……」 諦め悪く縋ってみたけれど、彼女からは素気ない返事。 …確かに彼女の言う通りだけど。 同じ屋根の下にいるのと、すぐには会えない距離にいるのとでは気分的に全然違う。 そういう風に思うのは僕だけなんだろうか。 「用事があるのはお昼ですし、夕方には戻りますよ。」 項垂れているのが分かったのか、夕鈴はようやくフォローを入れてくれた。 それでも里帰りをする理由が気になる。 僕にギリギリまで黙ってまで、帰らなければならない用事とは何だろうか。 「何があるの?」 「え、いや、たいしたことではないんですけど… ちょっと、家の用事で…」 「ふぅん…」 はぐらかすところが何か怪しい。 じっと見ると視線が泳ぐところも。 けれど何故だか僕に理由を教える気はないらしい。 「お土産は焼きギョーザで良いですか?」 彼女はわざとしく話題をはぐらかす。 "狼陛下"で無理矢理聞いても良いけれど、聞いて泣かれたらどうしようもないし。 これ以上頑固な夕鈴から聞き出すのは難しいと思って諦めた。 「…お土産は良いから、早く帰ってきて欲しいな。」 代わりにワガママを一つ。 しょぼくれて呟くと、それに弱い夕鈴は慌てる。 「わ、分かりましたからっ 終わったらすぐに帰ります!!」 彼女が「帰る」と言ってくれたことに内心喜びつつ。 いつか本当にここが君の帰る場所になってくれればと、ささやかな望みを願った。 * 「おかえりー」 門の前で待っていた親友は、夕鈴の姿を見つけると軽く手を振る。 それにぱっと顔を明るくして夕鈴も彼女の方へ駆け寄った。 「明玉!」 久々の再会に2人は手を取り合ってはしゃぐ。 「来てくれたのね!」 「もちろんじゃない。青慎に聞いてすぐ休みを取ったのよ。」 今回の件に関しては、上司に頼んで特別に1、2度の手紙を交わす許可をもらっていた。 その間に明玉にも頼みごとをしていたのだ。 「ありがとうっ 私1人じゃ分からなくて。」 「任せて! 明日のためにとびきりおめかししなきゃね。」 ウインクで応えた明玉と笑い合って、2人一緒に早速街中に出かけた。 夕鈴と明玉は連れ立って賑わう街を歩く。 下町はみんな顔見知りだから、「おかえりー」だの「元気かー?」だの、誰でも気さくに 声をかけてくれる。 それに笑顔で返しながら、露店をいくつか物色してみたりして。 今日は陛下もいないので心なしか気分も軽かった。 「最初に服を見ないと分からないわよね。」 互いに目的を忘れかけていたところで明玉が先に気が付く。 「そっか。まず明玉の家に行ってみないとね。」 衣装は明玉の隣に住むお洒落好きのお姉さんが貸してくれることになっていた。 装飾品もその時いくつか見せてくれるとのこと。 それで納得できなかったらまた街に出て、さっき目星をつけたものを買えば良い。 「…しっかし夕鈴がお見合いなんてね。」 意外だと明玉に言われて、自分でもそう思うと夕鈴は肩を竦めた。 「上司からの頼みだから父さんも断れなかったみたい。」 「なぁに? じゃあ断るつもり?」 勿体ない、と明玉から呆れられる。 嫁き遅れと言われているのだから、このお見合いはチャンスだというのは自分でも分かっ ていた。 「それは会ってみないと分からない、けど…」 でも、どんなに良い人でも今はダメな気がする。 "あの人"より誰かを好きになる自信がない。 「―――お前を嫁に欲しいとか、奇特な男がいたもんだな。」 後ろから声をかけられた夕鈴は振り向き様に睨む。 それが誰かだなんて確かめなくても分かった。 「几鍔っ アンタには関係ないでしょ!?」 周囲から見れば幼馴染、夕鈴からすれば腐れ縁の天敵。 威嚇しても慣れた彼は笑って軽く受け流す。 「その本性は隠しとけよ。バレたら逃げられるぞ。」 「ぐっ 何も言い返せない…っ」 悔しいが、この性格が災いして今まで男に縁がなかったのは確かだ。 そんな私がお見合いだなんて、一体何事だと自分でも思うけど。 「だからって、アンタに言われる筋合いはな――――」 「兄貴ー」 猫目の男が遠くから几鍔を呼ぶ。 話している相手が夕鈴だと気づくと少し躊躇ったようだったけれど、几鍔は気にした様子 もなく声に応えて行ってしまった。 「几鍔さんも気が気じゃないわよね。」 彼がいなくなってから明玉はクスクスと笑う。 「あんな風に言ってるけど、きっと心配してるのよ。」 「明玉ったらまだそんなこと…」 またかと夕鈴は呆れてそれを否定した。 照れでも何でもなく、本気でそう言っているところが明玉には不思議に思うところなのだ けど。 どうしてか、夕鈴は彼を嫌っているような態度をとる。 端から見ても、彼が夕鈴を特別扱いしているのは誰にでも分かるのに。 今頃きっと相手の男について調べさせているはず。 気づかないのはこの子だけ。 「苦労するわよね…」 「何が?」 「何でもない。」 いつかは気づいてくれるだろうと、今回の説得は諦めた。 夜中に黎翔は夕鈴の部屋を訪れた。 侍女達は夕鈴の帰宅に合わせて休みを取らせたので、今夜は誰もいない。 ―――誰もいないこの部屋に、一人ぼんやりと佇む。 少しでも彼女の欠片を見つけたくて。 自らの手で明かりを一つ一つ灯していく。 蝋燭の淡い光に照らされて、部屋は少しずつ明るくなっていった。 どんなに明るくしたところで、彼女の姿は見つからないと分かっていても。 「夕鈴…」 部屋に残る彼女の欠片を探して視線が彷徨う。 そんな未練がましい自分に、黎翔は自嘲気味に嗤った。 明日には帰ってきてくれると約束したのに。 離ればなれの夜がこんなに寂しいなんて思いもしなかった。 いつも彼女が勧めてくれる定位置の椅子、2人でお茶を飲む卓、端に片づけてある碁盤。 それらをゆっくりとした足取りで確かめながら、今度は寝室の帳を押し上げる。 窓から白い月明かりが差し込んで、中は明かりが必要ないほど明るかった。 手持ちの燭台を入り口脇の台に置いて、黎翔は中に足を踏み入れる。 寝台、化粧箱が乗った鏡台、文机――― 「…あれ?」 ふと机上に放り出された手紙を見つける。 夕鈴は今朝慌ただしく出かけていったと聞いたから、片づけるのを忘れたのだろうか。 里帰りの理由は結局夕鈴も、許可を出した李順も教えてくれなかった。 話すほどの理由ではないともとれるが、夕鈴の態度はかなり不自然だったから怪しい。 教えてもらえないからこそ逆に気になる。 ごめんと心の中で謝りながらもついその手紙に手を伸ばした。 娘を案じる文面から始まる手紙。 父親からは珍しいと、微笑ましさから笑っていられたのは最初だけ。 読み終わる頃にはその表情は一変していた。 信じたくなくてもう一度同じ箇所を読んでも、やはり間違いはない。 「……見合い?」 思ったよりも冷たい声は、誰もいない室内で静かに響いた。 →2へ 2011.7.18. UP
--------------------------------------------------------------------- 何故だかやたらと長い話になってしましました。キャラが多いせいかな? そのせいで遅くなったというのはただの言い訳です本当にすみませんと、次に続きます。 最長記録更新してますのでご注意ください。


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