幸せな日々 1
      ※ 66666Hitリクエスト、キリ番ゲッターニコニコ様へ捧げます。
      ※ ちなみに、2人は結婚してる前提の未来話です。




「それは奥の部屋にお願いします。」
 後宮の一室で、てきぱきと指示を出す声が響く。
「ああ、その花器はそこの棚に置いてください。」




「夕鈴? 君は何をしているんだ?」
 昼休みに彼女の部屋を訪れたら彼女は不在で、女官にどこかと聞いたら黎翔の部屋だと言
 われた。
 そうして自室に戻って来てみれば、何故か彼女は精力的に活動中。
 それを見た自分が呆れた口調になってしまっても仕方のないことだろう。


「何って… もうすぐ衣替えの季節ですから、ついでに部屋の配置替えもと思って。」
 何を言っているのかと言わんばかりに、彼女は疑問もなくあっさり答えた。

 確かに、夫の部屋を整えるのも后の―――後宮の主として当たり前の仕事だ。
 だが、それは通常であるならばの話。

「…安静にしていろと言わなかったか?」
 何のために無理矢理夕鈴を全ての政から遠ざけたのか。
 咎める声は幾分低くなるが、彼女は意に介さず からっと笑った。
「大丈夫ですよ。病気じゃないんですから。」
「…明日にも産まれるって体で何を」
「陛下は心配しすぎです。」
 顔を顰める黎翔を見ても夕鈴は大丈夫だと返す。

(心配するに決まってるだろう…)
 聞かない彼女に不機嫌さを増した黎翔は、無言でじとりと彼女を睨んで深く溜息をついた。


 ―――夕鈴のお腹には今、2人目の子どもがいる。
 しかもいつ産まれてもおかしくない状態だ。

(…のはず、なんだが。)

 けれど、そんなこと彼女は全くお構いなしだ。
 大きなお腹を抱えているのに、全く気にせずに立ちっぱなし。
 せめて座ってくれれば良いのに、じっとしているのが苦手な彼女は自ら動かないと気が済
 まない。
 しかもそれを誰も止めないのがまた腹立たしかった。



「あ、そこの貴女。女官長に言伝をお願いできるかしら。」
 たまたま近くを通った女官を呼び止める。
「午後の仕立屋との打ち合わせに、私も同席すると」

「―――夕鈴。」

 これ以上はと、黎翔は彼女の言葉を遮って腕を引いた。
 まだ何かやるつもりなのか。
「はい?」
「今すぐ部屋に戻って休め。」
「でも、」
 不満そうな顔をする夕鈴に、黎翔もまたむっとする。
 衣替えや配置替えなどどうでも良いから、自分の身体を大事にして欲しいのに。


「聞かないならば…」

 細い腰を引き寄せ、顎を上向かせる。
 触れるか触れないかの距離で見つめると、やっぱり彼女は赤くなって固まった。
 いつまで経っても変わらない彼女を愛しく思いつつ、表面上は狼の瞳で真っ直ぐ射る。

「―――今ここで堕とそうか?」

 ひやりと冷える声音と、口端だけの冷ややかな笑みと。
 言葉の意味を悟った夕鈴は今度はさっと青くなった。

「ッッ戻りまーす!!」
 腕の中の兎は賢明にも身の危険を察したらしい。
 望む通りの返事に満足して、ひょいと彼女を抱き上げる。
「え、ちょ、陛下っ??」
「捕まえていないとまたふらりといなくなりそうだからな。私が部屋まで連れていく。」
 戻る途中に気が変わって、別のことでも始められたら厄介だ。
 それが杞憂で終わらないことも経験済み。
 自覚があるのか彼女もぐっと黙り込む。


「―――ということだ。後のことは全て女官長に任せる。」
「…御意。」
 女官が頭を下げると夕鈴を抱いたままで黎翔は悠然と背を向けた。






























「ははうえー」
 座っている夕鈴の膝の上に、幼子がぴょこっと顔を出す。
 気がついた夕鈴も、卓の上に置いて読んでいた本から顔を上げた。
「あら、凛翔。」

 凛翔は夕鈴達夫婦の第1子で、現在2歳の男の子だ。
 色彩も容姿も父親とそっくりで、少々不満げな夫とは反対に夕鈴は大いに満足している。
 性格の方は今のところ無邪気で素直。
 このまま育ってくれることを願うばかりだ。

「ちちうえはー?」
 小さな手をいっぱいに伸ばして、凛翔はじっと見上げてくる。
 どうやら夕鈴が抱きかかえられてここまで来たのを見ていたらしい。
「お仕事よ。」
「おしごとー」
 その彼は夕鈴を置いてすぐに王宮へ戻っていた。
 もちろん、きちんと釘を刺すことも忘れずに。


「…怒られちゃった。」
 凛翔の頭を撫でながら、夕鈴は苦笑いする。
「おこられたー?」
 幼子が繰り返して首を傾げるのに、"そう"と言って艶やかな黒髪を優しく手で梳いた。
「お父様は優しすぎるのよ。」

 出ていく際に彼からこの部屋から出るなと言われた。
 そして、今日は早めに帰ってくるから大人しくしているように、とも。

「ちちうえ、やさしーの。」
「そうね。優しくて甘いわ。」
 あの人と同じ顔を見つめてふわりと微笑う。


 夕鈴以上に夕鈴の身を案じてくれる。
 いつも変わらず私に甘い、優しくて大好きな人。

 言葉の全てが私のためだと分かるから、こうして大人しく従っている。



「…どうしたの?」
 凛翔がじっとお腹を見ているのに気づいてクスクス笑う。

 だんだんと膨らんでいくそこに、好奇心旺盛な幼子は興味を持っていた。
 だから、よく意味は分からないだろうと思いつつも、乳母の華南と一緒に新しい命の話を
 して聞かせたのだ。
 もちろん分からなかったが、何かに会えるというのは分かったらしくて。

「いつ、あえる?」
 小さな手で膨らみに触れる。
「そうねぇ… もうちょっとよ。」
 夕鈴もその手に重ねて、そっとお腹を撫でた。



 私も早く会いたいわ。
 私とあの人の、新しい絆に…





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2011.8.7. UP



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視点は交互に入り交じりつつ。

溜まりに溜まってこんなに遅くなりました…orz
土下座しつつ、後半に続きます。
 


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