※ 70000Hitリクエスト、キリ番ゲッターりぃ様へ捧げます。
      ※ ちなみに、『もしもの話(長編)』前提の話っぽいです。(かすり程度に)




「――――…?」
 後宮に入ったところで、自室で待っているはずの彼女の楽しげな声が聞こえた。

(待ちきれなくて外に出たか?)
 元々じっとしていられない性格の彼女だ。有り得ない話でもない。
 だが、それはすぐに違うと気づく。
 話し声はふたつ、他にも誰かいるようだ。

(…誰だ?)

 老師か浩大か。いや、あの2人とは表では話さないはず。
 その他と言われれば、彼女と談笑できる者など皆無に等しい。
 疑問に思って視線を巡らせれば、すぐにその疑問は解消された。
 ―――夕鈴と外で堂々と会話ができる人物、だが今日という日には予想外の。

 …分かると同時に、苛立ちも覚えてしまったのは致しかたないこと。
 現在その人物とは、夕鈴を挟んでの恋敵ともいえる立場だった。











    蓮の花見 1
「突然来てしまって申し訳ありません。」 申し訳なさそうに謝る紅珠に、夕鈴は首を振ってから微笑む。 「そんなこと… おかげで素晴らしいものが見れたのですから。」 「はい! ぜひお妃様に見ていただきたくて、すぐにお持ちしましたの。」 勢いづけて言った後で、彼女はぽっと頬を赤らめる。 (ああ、可愛いわ…) すっかり懐かれてしまった。 でも純粋な好意は嫌ではないし、妹ができたみたいで嬉しかったりもするのだ。 後宮には他にこんな風に話せる相手がいないので、紅珠という友人の存在は夕鈴にはとて も貴重だった。 「それにしても、本当に美しい絵だわ…」 卓の上に広げられているのは、評判の絵師が描いたという絵巻物。 そこには美しい男女の姿が描かれていて、衣装から装飾品の細部に至るまで丁寧に描き込 まれている。 この、一体いくらなのか分からない高級品を、手に入ったからとわざわざ見せに来てくれ たのだ。 「これを手に入れるのは大変だったのでは?」 何てったって人気絵師。描いてもらうにも順番待ちだったりするはずだ。 けれど紅珠はいいえと言って首を振る。 「実はお兄様がその方とお知り合いなのですわ。」 その伝手で特別に描いてもらったとのこと。 さすが氾家。人脈もハンパない。 それを全く驕ることなく、当たり前のように言うところもまた、彼女の家柄の凄いところ なんだろうけれど。 「―――夕鈴。」 「陛下! もうお約束の時間なのですね。」 彼の姿が見えると、夕鈴が慌てて立ち上がって迎え、その後ろで紅珠も控えて礼をとる。 紅珠の方には一応の相槌だけ返して、夕鈴の傍へ寄った彼は彼女にだけ見せる顔で微笑ん でみせた。 それに夕鈴が赤くなって俯いてしまうのはいつものこと。 その奥の感情に彼は気づかない。 「―――何故氾家の娘がここに?」 今日は誰かと会う約束などなかったはずだが…と、警戒を含む低い声にどきりとして顔を 上げる。 睨むように相手を見るその横顔は、機嫌が悪いと一目で分かるほどあからさまだった。 「素晴らしい絵巻物が手に入ったので、お妃様に一番にお見せしたかったのですわ。」 気づかないふりなのか、紅珠はそれににこやかな笑みで返す。 「とても繊細で色鮮やかなんですよ。」 それを継いで夕鈴も、にこにこと広げられた絵巻物を指し示した。 夕鈴が笑顔を向ければ、彼は幾分表情を和らげる。 「そうか。我が妃のためにご苦労だったな。(用事が済んだならさっさと帰れ)」 「ええ、大好きなお妃様のためなら労力は惜しみませんわ。(来たばかりなのに誰が)」 絵になる2人の静かなやりとりは、端から見れば優美で周りも見惚れてしまうほど。 間に散る火花は誰にも気づかれることはない。 (? 何故かしら… 何だか空気が冷たい気が……) 雰囲気の違和感は感じるものの、残念ながら夕鈴にも冷気の正体は気づけなかった。 「夕鈴、そろそろ行こう。」 白々しい芝居は早々に切り上げて、陛下が夕鈴の手を引く。 「あら、どちらに?」 興味を持って紅珠が尋ねると、夕鈴は嬉しそうに小さく笑った。 「今日は陛下と一緒に奥庭の蓮を見に行く約束をしていたのです。」 「まあ、そうでしたの。」 そこで、身を引くのが普通。だが彼女は違う。 「―――ですが、陛下は今日でなくても良いではありませんか。今日は私に譲ってくださ いませ。」 ふわふわとした笑顔で、陛下に向かってはっきりと言ってのけたのだ。 「…私と夕鈴は3日も前から約束していたのだ。身を引くべきは私ではないと思うが?」 すっと陛下の眼光が鋭くなる。 「「……」」 今度は夕鈴にも分かるほどの険悪なムードになってしまった。 無言で見つめ合う様子は遠くからなら熱っぽく見えないわけでもないけれど、近くで見る と凍りそうになるほど空気が冷たい。 夕鈴と方淵が出会えば冬でも暑いのと正反対で、この2人だと真夏でも吹雪が吹き荒れそ うな。 控える侍女達からもはらはらといった雰囲気が伝わってきた。 「でしたら、紅珠も一緒にどうかしら?」 「夕鈴?」 陛下の隣から提案すると、彼が驚いたように見下ろしてくる。 それを無視して、紅珠へと微笑みかけた。 「絵巻物のお礼に。ね?」 夕鈴をじっと見た紅珠は、その隣の陛下もちらりと見てからふぅと溜め息をつく。 いかにも渋々といった様子が見て取れた。 「…仕方ありませんわ。陛下もご一緒で構いません。」 「―――何故私がついでのように言われねばならんのだ。」 再び機嫌を悪くした陛下が睨むも、紅珠は気にせず挑戦的に見返す。 「割り込んできたのは陛下ですもの。」 「邪魔をしているのはそちらの方だろう。」 再び険悪なムードになって夕鈴は慌てた。 いけない、また侍女達が怯えてしまう。 「早く行きましょう! ね!?」 陛下と紅珠を交互に見て言うと、2人は互いを一睨みしてから、夕鈴に対してはこれ以上 なく優しく微笑んだ。 奥庭の小さめの池一面に深緑の葉が浮いている。 その中から伸びたいくつもの茎の先に、幾重にも重なる白い花弁がほころび開いていた。 池の周りには観賞を楽しむために小道が設けられていて、少し行けば池に張り出した四阿 もある。 3人は夕鈴を真ん中にして、いつもよりゆっくりとしたペースで散策を続けていた。 …それを"楽しむ"、と夕鈴が思えないのは、両脇の2人のせいだ。 「お妃様、満開ですわ。」 紅珠が腕を引けば、 「あちらの方が開き方が美しい。」 陛下が奪うように腰を浚う。 「ね、お妃様」 「夕鈴、どうだ?」 「…え、ええ。どの花も見頃ですわね。」 じっと2人に見つめられれば、他に言いようもなくて笑顔で誤魔化すしかなかった。 後ろに控える侍女達は、「さすがお妃様」とよく分からない賛辞と共に笑顔で見守ってい るし。 (つ、疲れる…ッ) 右に左に振り回されて、夕鈴は内心でぐったりと溜め息をつく。 最近の紅珠は陛下に対して冷たいというか辛辣だ。 …その原因は夕鈴にあって、誤解が混じっているせいもあるのだけれど。 (それにしても紅珠ったら、狼陛下と対等に話してるわ…) 演技だと分かっていても怖がってしまう私とは大違い。 今の彼女なら、陛下の隣に立っても誰も文句は言わない。 (羨ましい…) ちくりと痛んだ胸をそっと押さえる。 陛下のことは好きだけど、その先を望もうとは思っていない。 来たるべきその日まで、私は彼の傍にいられれば良い。 ―――だから、この感情は理不尽なもの。 何度目かになるか分からないそれをまた自分に言い聞かせた。 「夕鈴? どうかしたのか?」 「ッ!」 覗き込まれた顔があまりに近くてドキリとする。 声に出すのをギリギリ我慢して、真っ赤な顔で何でもないと首を振った。 「お疲れになられたのでしょう。お妃様、あちらの四阿で休憩いたしましょうか。」 「そうね。ありがとう、紅珠。」 気遣ってくれる紅珠に礼を言うと、反対側の陛下が機嫌を損ねてむっとする。 「ならば私がそこまで連れていこう。」 言うが早いか夕鈴をいつもの調子で抱き上げた。 「相変わらず軽いな。」 「へ、陛下…」 紅珠や侍女達の手前、暴れて抵抗するわけにもいかない。 小さな抗議の声ではもちろん聞き流されてしまう。 「抱き心地も良い。」 (うぎゃ――っ!) 心の中で奇声を上げるが、当然誰にも気づかれない。 (だからどーして平然と言えるのよ!!) 演技でも恥ずかしい。というか、やりすぎだと思う。 すぐ目の前の四阿までくらい、どんなに疲れていても歩けないはずはないのに。 「お茶の用意をお願い。」 横では紅珠が侍女達に指示している。 誰もこの状況に何も疑問はないらしい。 (って、私の出番がないわ…) 至れり尽くせりのこの状況を、真面目な夕鈴が楽だなんて思えるはずもなく。 陛下の腕の中に収まったまま、夕鈴は一人静かに凹んだ。 →2へ 2011.8.20. UP
--------------------------------------------------------------------- うわ、またリクをいただいてから一ヶ月近く…(汗) そろそろ土下座じゃすまなくなりつつ後半に続きます。


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